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 温かい料理が恋しい季節になると、食卓には鍋物やおでんが並ぶ機会が増えてくる。これらの料理に欠かせない食材といえば、豆腐とこんにゃく。 豆腐は、「畑の肉」とも呼ばれる大豆を主原料としており、山里では貴重なタンパク源として重宝されてきた。 こんにゃくは「お腹の砂おろし」「胃のほうき」と呼ばれて、食物繊維が摂れる健康食品として、日本の食卓に定着している。 いずれも、製造工程においては、たくさんの水を必要としている。 徳島県と高知県の清流のほとりには、昔ながらの製法を受け継いでいる製造所がある。そこには地域の食文化を守るために、奮闘する人たちの姿があった。

縄で縛っても崩れない祖谷の名物豆腐

 平家の落人伝説が残っている徳島県祖谷地方の郷土料理である「でこまわし」や「そば米雑炊」には、地元で作られる「石豆腐」が欠かせない。「石豆腐」は「岩豆腐」とも呼ばれ、その名の通り固く、通常の豆腐が1丁300〜400gに対して、800gの重さがある。「固くて大きいので、昔は縄で縛って持ち運びをしていたそうです」と話すのは、三好市東祖谷、祖谷川のほとりにある「吉田豆腐店」を営む谷口晃司社長。
 祖谷の豆腐がこれほどまでに固く仕上げられている理由には諸説ある。まず考えられるのは、貴重な大豆を無駄にしないため。かつて祖谷地方では、豆腐は各家庭で作るものであった。柔らかい豆腐だと成型に失敗してしまうことがある。そこで凝固剤の苦汁(にがり)を増やして固まりやすくした。次に持ち運びやすさ。柔らかい豆腐だと起伏の激しい祖谷の山道では型崩れしやすいため、固くすることで型崩れを防いだ。また、水分量の少ない石豆腐は腐りにくいため、日持ちが良くなるという利点もある。
 この地に住む人にとって、石豆腐がどれほど貴重な食材であったのかを物語っているのが、郷土料理の一つである「うちちがえ雑煮」だ。石豆腐を大きく切り分け、十字形にして椀に入れた雑煮は、正月のご馳走であったという。標高が高く、平地が少ない祖谷は稲作に向いておらず、かつての主食は大麦や稗(ひえ)、蕎麦など。「せめて正月ぐらいは、豆腐をお腹いっぱい食べようと生まれた雑煮だと言われています」と話すのは、谷口社長の妹の杉平みゆきさん。この雑煮は平家の落人が、刀をうち違える(交差させる)様子を豆腐で再現したとも言われており、武士としての誇りが息づいている。また、椀に沈めたヤツガシラ(里芋の一種)は、「ガシラ」が一団を統率するリーダーの昔の呼び方「かしら」の響きに似ていることから、出世への願いも込められていると伝えられている。
一度に作られる分量は15丁で重さは約12kgにもなる
祖谷地方の郷土料理である「でこまわし」にも、味噌を塗って香ばしく焼き上げた石豆腐が欠かせない
昔は縄で縛って持ち運びをしていたそう。それでも崩れないのが「石」や「岩」と呼ばれる所以
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祖谷地方の正月につきものの「うちちがえ雑煮」。豆腐と里芋だけで仕立てるのが昔流

多めに加えた苦汁と水抜きが固さの秘密

 吉田豆腐店では早朝5時、祖谷の山から湧き出る水に前日の夕方から浸しておいた大豆に水を加えながら磨砕(まさい)する。 これを約100度に加熱し、おからと豆乳に分離する。豆乳に苦汁を加えて撹拌(かくはん)し、型に流し込んで約40㎏の重しを30分以上載せて、しっかりと水を抜く。難しいのは苦汁を入れるタイミングと水抜きにかける時間。平成元年に専用の機械を導入し、工程の大部分は機械化されたが、苦汁と重しの工程は経験が物を言う。豆腐製造を担当している菅生温子(すげおいあつこ)さんは「温度や湿度で仕上がりが変わってしまうので、毎回、状態を見ながら、同じような固さになるよう調整しています」と豆腐作りの難しさを説明。 できあがった豆腐は、すぐに車に積み込み、三好市内の商店やホテルなどに運ばれていく。
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祖谷地方は日本の三大秘境の一つに挙げられる。山の高低差が約400メートルもあり、昔は生活必需品を背負い急峻な道を登るなど、苦労が偲ばれる
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一晩、山水に浸した原料の大豆は、この後、ミキサーにかけて磨砕する。「昔は石臼で挽いていたそうですよ」と菅生さん

地元の食文化を守るため石豆腐作りを引き継ぐ

 70年以上前に創業した吉田豆腐店は2年前、廃業の危機に瀕した。祖母や母から豆腐作りを受け継いだ3代目の宮西純子さんが病気療養のために仕事ができなくなったためだ。そこで事業を引き継ごうと名乗りをあげたのが、宮西さんの親戚にあたる谷口さん。豆腐店のそばで旅館と食品卸業を営んでおり、ただでさえ多忙であったが、「石豆腐は大切な地元の食文化。製造業者が減ってしまえば、それが廃れてしまうことになりかねない。さらに従業員が職場を失ってしまう」と一念発起。何より、谷口社長が営む旅館では、「でこまわし」など石豆腐を使った郷土料理がウリの一つにもなっている。「祖谷の味に舌鼓を打つお客さまの笑顔も、豆腐作りを受け継ごうという気持ちを後押ししてくれました」。
 しっかりとした歯ごたえのある石豆腐には、大豆の旨みがギュッと凝縮されている。そればかりか、食文化を守っていこうとする人々の気概もその味わいとなっているのだ。
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豆腐以外にも、こんにゃくを製造している。茹で上げる際に発生する蒸気が煙突からもくもくと出ている
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吉田豆腐店を引き継いだ「旅の宿 奥祖谷」の谷口社長(左)。妹の杉平みゆきさん(右)は、宿に併設された食事処の料理人
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JR大歩危駅前にある「歩危マート」に運ばれた、出来立ての石豆腐。このサイズ感に驚く観光客も

「この味を後世に残したい」とこんにゃく作りを生業に

 高知県仁淀川町では、昔から自生する蒟蒻芋(こんにゃくいも)で自家製のこんにゃくを作る習慣が根付いていた。 それを「池川こんにゃく」として商品化したのは、地元の女性グループ。 仁淀川上流の澄んだ水を使い、「バタ練り」という製法で作られる池川こんにゃくは、プリプリ、もちもちとした食感が特長。 町内のみならず、高知市内のスーパーなどにも出荷し、ファンを増やしてきた。 一方で、グループのメンバーが高齢化したことから、近年は生産中止も検討していた。 そんな中、後継者として名乗りをあげたのが、神奈川県出身の古城(ふるき)亜希子さんだ。 田舎暮らしに憧れて、平成25年10月に移住してきた古城さんは、「これまでこんにゃくの製造現場を見たことはなく、迷いはありました。でも、こんなにおいしいこんにゃくを食べたのは初めて。 この味を後世に残したい」と平成26年の暮れから池川こんにゃく製造の修業を始める。 そして2年後には自身が責任者となり、「山のめぐみ舎」を設立した。
左が仁淀川町産の蒟蒻芋を使った「むく」、右が「きび」。「きび」はキビ粉を混ぜ込んでいる
バタ練り機にミキサーにかけた蒟蒻芋を入れ、水を加えながらゆっくりと練り上げ、生地に空気を含ませる
手で生地をすくい取り、ヒビが生じないように注意しながら丸めていく
丸いお皿にのせて、形を整える

仁淀川の水を生かした伝統の丸いこんにゃく

 池川こんにゃくの原料は、3年以上かかって育つ蒟蒻芋。10月から12月にかけて収穫された蒟蒻芋をしっかりと乾かした後、約2時間かけて加熱し、一つずつスプーンを使って手作業で皮剥きをする。皮をむいた蒟蒻芋は冷凍して、1年分の原料として保存する。週1回の製造日には、前日に解凍しておいた蒟蒻芋をミキサーにかけた後、内部に羽の付いた攪拌機(バタ練り機)に入れて、水を加えながらゆっくりと練り上げる。このバタ練りの工程により、こんにゃくの内部に程よい気泡が生じて、味がしみやすくなる。成型は慣れが必要だ。手でくるくると丸めて、皿にのせて形を整える。その後、釜で炊き上げたら、川から引き込んだ濾過水に晒(さら)して粗熱を取る。
 池川こんにゃくは「むく」と「きび」の2種類がある。「むく」は蒟蒻芋と凝固剤だけで作り、「きび」はキビを挽(ひ)いて粉状にし、蒟蒻粉に混ぜ込んだもの。「むく」は煮物や田楽などがおすすめ。ほんのりとした黄色に仕上がった「きび」は、もちもち感がより強く、そのままスライスして酢味噌で味わうのが地元流の食べ方だ。
 「池川こんにゃくは、地元の水なしでは作れない、いわば仁淀川の味なんです」と古城さんは顔をほころばせる。
収穫したばかりの蒟蒻芋。ゴツゴツとしており、皮を剥く作業は骨が折れるという

小さな古民家カフェから仁淀川町の食文化を発信

 平成30年9月、古城さんは新たな取り組みを始めた。仁淀川のほとりの古民家で、「山のめぐみ舎cafe/workshop」を開業。店は土・日曜の週末営業で、池川こんにゃくを使ったランチやスイーツが味わえるほか、こんにゃくや保存食作りなどのワークショップも行っている(予約制)。「こんにゃくの新しい食べ方、地元産の野菜や山菜と組み合わせた料理のバリエーションを知っていただくことに加えて、仁淀川町の食文化を紹介する場所としたい」との想いを込めている。
 「移住前には、こんにゃく屋さんになるなんて想像もしていませんでしたが、今はこんにゃくと共に生きています」と古城さん。その表情は生き生きと輝いている。
「仁淀ブルー」として全国に知られるようになった仁淀川。その流れの側で昨年9月に産声をあげた「山のめぐみ舎cafe/workshop」
空き家だった鍛冶屋の建物を、癒し系のカフェへとリノベーション。ご近所さんからは「賑わいが生まれてうれしい」と歓迎されている
ランチの一例。煮物や和え物だけではなく、カレー風味の唐揚げなど、こんにゃくの目新しい食べ方を提案している
すっかり田舎暮らしが板についた古城さん。何事にも一生懸命な彼女を、地元の方たちも応援してくれている

吉田豆腐店
住所

徳島県三好市東祖谷京上16

電話番号 0883-88-2018
営業日・時間 月・木・土曜日 早朝〜12:00頃まで(日によって異なる)
備考 電話注文による取り寄せ可
旅の宿 奥祖谷
住所

徳島県三好市東祖谷京上161-3

電話番号 0883-88-2045
予約受付時間 チェックイン 16:00 チェックアウト 10:00
1泊2食付 7,000円〜(税別)
備考 売店・食堂にて石豆腐の購入可
山のめぐみ舎cafe/workshop
住所

高知県吾川郡仁淀川町岩丸7

電話番号 090-8024-5576
営業時間 11:00〜16:00(ランチは要予約)
営業日 土・日曜日
URL https://yamanomegumi.base.ec
備考 通信販売あり