周桑手すき和紙は、愛媛県および西条市の伝統的特産品です。江戸末期より西条市の国安・石田地区で生産され、農閑期の仕事として発展しましたが、現在工房は数軒を残すのみ。2018年(平成30)より漆工房を営む田中智之さんの先代も、かつては国安地区で和紙製造を家業としていました。
早くに父を亡くした後、伝統工芸を学んでいた田中さん。和紙を使った漆芸技法に触れたことを機に、周桑手すき和紙を素地とした漆器「わしき」を着想しました。その根底にあるのは、「伝統工芸とは本来その土地の素材を活かすもの」という信念、そして「一度失われてしまった技術は戻らない」という地場産業への危機感でした。
地元の工房から仕入れた和紙を丸く切り抜き、周縁に折り目を入れて平皿状へと成形。素材感と特性を活かし、極力シンプルな工程で器にするために行き着いた形です。もともと木の繊維からできている和紙は、薄くても強度は十分。その上、特有のしなやかさがあるため、落としても欠けることがないといいます。
2021年度(令和3)には「わしき−星月夜(ほしづきよ)−」が「21世紀えひめの伝統工芸大賞」で優秀賞を受賞。今までにない軽やかさは評判を呼び、近隣の飲食店などを通じて認知度も高まってきました。「和紙と漆の間口を広げたい」と語る田中さん。いずれは後進の育成にも取り組みたい、とほほ笑みます。