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愛される郷土料理 愛媛の鯛めし、食べ比べ(愛媛県) 北条鯛めし・宇和島鯛めし 愛される郷土料理 愛媛の鯛めし、食べ比べ(愛媛県) 北条鯛めし・宇和島鯛めし

真鯛の旬である「桜鯛(※1)」の季節を迎えた。愛媛県では、県魚の真鯛を使った2種類の「鯛めし」が根付いている。1つは主に松山市などの中予地方で愛されている炊き込み形式の「北条鯛めし」。もう1つは南予地方で食べられる「宇和島鯛めし」だ。

いずれも長い歴史があり、北条鯛めしは神功(じんぐう)皇后とゆかりがあると伝えられている。また、宇和島鯛めしは水軍たちが考案したとされている。近年は観光客を惹き付ける食のコンテンツとなっており、文化庁の全国各地の「100年フード(※2)」にもそろって認定されている。この2つの鯛めしに加えて、近年は老舗洋食屋が考案したハイカラな鯛めしも話題に。それらの料理から、愛媛県民の真鯛愛、鯛めし愛を探っていく。

※1.桜が咲き始める3月から5月頃にかけて獲れる、桜色の真鯛のこと
※2.多様な食文化の継承・振興のため、地域で世代を超えて受け継がれてきた食文化として、文化庁が認定するもの

瀬戸内海に浮かぶ鹿島(かしま)は北条鯛めしゆかりの地

瀬戸内海に面した松山市北条は、市街地から近いリゾートエリアとして人気の地区。近年は穏やかな海景色に魅力を感じて、移住してくる人も多い。この地区の象徴ともいえるのが、北条港の沖合400mに浮かぶ鹿島だ。その名の通りに、県の天然記念物に指定された鹿が生息しており、海水浴場やキャンプ場も整備されている。島内にひっそりと佇(たたず)んでいるのは、武甕槌命(たけみかづちのみこと)、経津主神(ふつぬしのかみ)、事代主神(ことしろぬしのかみ)を祭った鹿島神社だ。

この鹿島神社と深い関わりがあるのが、松山市の郷土料理として知られる「北条鯛めし」。米の上に真鯛を丸ごとのせて炊き込み、炊き上がったら真鯛の身をほぐして飯に混ぜ込んだものだ。鯛めしについて地元に伝えられている逸話を教えてくれたのは、太田屋旅館七代目の岩渕貴之(いわぶちたかゆき)さん。

「弥生時代(3世紀)、三韓征伐に向かっていた神功(じんぐう)皇后が鹿島に寄港し、鹿島神社に戦勝と道中の安全を祈願したといわれています。その際、地元の人たちが、米の上に真鯛をのせて炊いたものを献上しました。それが鯛めしの始まりとされています」。

醤油の原形とされる醤(ひしお)が生まれたのは奈良時代(8世紀)とされる。当然のことながら、その当時は現代の炊き込みご飯に付き物である醤油は使われず、海水で炊いたと考えられる。以降、北条地区では、祝いの席の料理として鯛めしが受け継がれてきた。

01_鹿島は周囲約1.5kmの小さな島。渡船の乗船時間は約3分だ

02_神功皇后が戦勝祈願のために立ち寄ったとされている鹿島神社

03·05_北条鯛めしはシンプルな料理。「それだけに丁寧な下ごしらえを心がけています」と話す岩渕さん。硬いうろこをしっかりと除き、身の真ん中に切れ込みを入れて、真鯛のうまみを十分に引き出す

04_真鯛丸ごとを炊き込んだ鯛めしを注文した際には、釜をテーブルに運んで炊き上がりの状態を見せてくれる

06_北条店には江戸時代から受け継がれた欄間が店内装飾に使われている。生き生きとした鯛の透かし彫りが見事

江戸時代創業の老舗旅館が蔵元と共に開発した白醤油

江戸時代、北条地区は大部分が松山藩に属していたが、一部が大洲藩の領地であった。そのため、地区内には関所が設けられていた。藩をまたいでの移動には制限があり、取り締まりのために旅人たちが足止めされることもしばしば。そのため地区内には何軒もの旅館があった。太田屋旅館もそのうちの1軒として、1853年(嘉永6年)に開業した。宿泊者へのもてなしに用意したのが、神功皇后にゆかりのある鯛めし。釜のふたをあけて丸ごとの真鯛を見せ、客たちを大喜びさせたことが想像される。場所柄、お遍路さんの利用も多く、愛媛らしいもてなしは好評を博した。他の宿でも鯛めしで宿泊客をもてなしており、鯛めしはたちまち北条地区の名物として定着した。

戦後、岩渕さんの祖父母が食事処としての営業を開始し、鯛めしは地元の人の口にも届きやすくなった。「同じ時期、鹿島店も開業しました。行楽客の口コミで鯛めしの知名度がぐんぐんと上昇したようです」と岩渕さん。

そんな鯛めしをさらに進化させたのが、岩渕さんのお父さん。「本来の鯛めしは海水で味付けしたのだから、ご飯に醤油の色が付いていなかったはず」と考えて、地元の醤油蔵に相談。透明な淡い琥珀色をした白醤油の開発を依頼した。大豆の量を変えて試作を繰り返し、色だけではなく香りも味も納得のいくものに仕上げることができた。

ご飯にしっかりと染みた地物天然真鯛の滋味

白醤油もさることながら、太田屋旅館の鯛めしの最大のこだわりは、主役の真鯛にある。「うちで使うのは地物の天然真鯛のみ。愛媛県はどの海域でもおいしい真鯛が水揚げされますが、適度に潮流があるこの地域の真鯛は、身が締まり過ぎず、ふんわりとしています。ご飯と混ぜたときの相性が抜群です」。

真鯛を丸ごと釜に入れるのにも理由がある。魚は骨からも良い出汁が出る。この調理法は、真鯛のうまみを余すことなく生かせるのだ。そのため太田屋旅館の鯛めしは炊きたてだけではなく、冷めてもおいしいと評判。折詰で持ち帰り、自宅で味わう人も多い(予約制)。

時が流れ、かつて北条地区にたくさんあった旅館は閉業し、鯛めしを出す飲食店も減ってしまった。だが、「誕生日などの記念日に、鯛めしでお祝いをしたいと来てくださるお客さまの笑顔が励み」と岩渕さんはほほ笑む。代々受け継がれてきた鯛めしをその歴史と共に味わいたい。

07_瀬戸内海で水揚げされた天然真鯛のみを使用。鮮やかな赤色やピンと張った胸ビレが天然真鯛の特徴

08_骨が混ざらないように細心の注意を払って、身だけを取りほぐす

09_真鯛のアラで出汁を取ったお吸い物付き。飯と汁の両方で鯛のうまみを味わい尽くす

10_特注の有田焼の茶碗には、愛らしい鹿の姿が染付されている

11_手頃な宿泊料金と心のこもったおもてなしで、お遍路さんやビジネスパーソンら常連宿泊客も多い北条店。1階は小上がりの食事スペース、2階には広間もある

12_三方を海に囲まれた鹿島店は、爽快なロケーションもご馳走。海を眺めながら真鯛料理に舌鼓を打ちたい

通常は真鯛の身をほぐした状態で提供(1人前880円)。真鯛丸ごとを炊いた鯛めしは予約制(1釜4人前6,000円前後、価格は真鯛の大きさにより異なる)。また持ち帰りは1人前700円~(予約制)。食事のみの利用は、11月初旬~4月下旬は北条店、それ以外の時期は鹿島店で対応。

太田屋旅館 北条店
住所 愛媛県松山市北条774
電話番号 089-993-0021
営業時間 11:00〜14:00(LO)/17:30〜20:00(LO)
定休日 水曜日(祝日営業、振替休業もあり)
駐車場 あり
宿泊 通年宿泊利用可(北条鯛めし付き宿泊プランあり)
太田屋旅館 鹿島店
住所 愛媛県松山市北条辻1596-3
電話番号 089-993-0012
営業時間 11:00〜16:00(LO)(16:00〜20:00は要予約)
定休日 水曜日(8月は無休、悪天候時は休業)
駐車場 北条港側に有料駐車場あり
宿泊 営業期間中は宿泊利用可
水軍たちの船上料理に磨きをかけて郷土料理へ

宇和島市の沖合、豊後(ぶんご)水道に浮かぶ日振島(ひぶりじま)は、古代から海上交通の要衝で、海の大名とも称される伊予水軍の根拠地となっていた。水軍衆は船の上で酒盛りをし、酒が残った茶碗にご飯をつぎ、醤油をかけた刺身をのせて豪快に混ぜ合わせて食べていたという。その食べ方が漁師たちを通じて受け継がれて、徐々に洗練されたのが「宇和島鯛めし」であるといわれている。

現在の鯛めしは、薄く切った真鯛の身を醤油やみりん、生卵などで仕立てたタレに漬け、熱々のご飯にタレごとかけて食べる。魚を使った郷土料理は全国各地にあるが、意外なことに生の魚とご飯の組み合わせは珍しい。その希少性とおいしさが相まって、今や知名度は全国区だ。

宇和島鯛めしの人気を支えているのが、生産量日本一の愛媛県の養殖真鯛。ここ30年以上、愛媛県はトップの座を守り続けており、シェアは50%以上だ。養魚場の多くは宇和島市に集まっている。

水軍や漁師が食べていた「船上飯」が発祥とされている宇和島鯛めし。真鯛の切り身はタレに軽く漬けてからご飯の上にのせて味わう。このスタイルの魚飯(いおめし)は他の地域では見られない
自然と人が協働し一年中真鯛を生産

漁師歴50年の大塚太一さんは、ブランド真鯛の1つ「愛鯛(あいたい)」の生産者。愛鯛は養殖家と愛媛県漁業協同組合宇和島事業部が長年研究し、2006年(平成18)に売り出した。その特徴は琥珀色を帯びた肉質。もっちりと弾力があり、程よく脂がのっている。「おいしさの秘密は餌と飼育方法、そして豊かな漁場にあります」と大塚さん。飼料は天然のミネラルやビタミン、たんぱく質、脂質などを独自配合。また、12m四方のいけす1基あたりの養殖数を約6,000〜7,000匹に制限している。これは通常のいけすの密度より1割程度少ない。「おかげで魚にストレスがかからないんです」。

さらに宇和島市の多くの漁場がそうであるように、大塚さんの漁場も入り組んだリアス海岸の湾内にある。太平洋から流れ込む黒潮の力で潮の通りが良く、プランクトンが豊富。「この恵まれた環境のおかげで一年中、旬の味を提供できるんです。もちろん私たちも締め方など工夫をし、より良いものを届ける努力を続けています」と大塚さん。日本一の養殖真鯛の品質は、自然と人の協働により生まれているのだ。

01_「また会いたい、そんな真鯛にしたいという想いから愛鯛の名が付けられました」と話す大塚さん。手にしている愛鯛は2kgを超える大物だ

02_大塚さんは湾内に数カ所ある養殖いけすで、餌やりや状態のチェックを行う。稚魚から出荷までは1年半から2年必要

03_大きく成長し、出荷を待つ愛鯛

「協同組合」を設立し地域団体商標登録を実現

宇和島鯛めしの知名度が上がるにつれて、「宇和島市まで食べに来てくれるお客さまを増やすために、料理店ができることはないか」と考えたのは、旬膳・郷土膳 和日輔(わびすけ)の清家達也さん。そこで宇和島市内の料理店主に声をかけて「宇和島鯛めし協同組合」を設立した。組合設立の目的は主に2つ。宇和島鯛めしはシンプルな料理だが、それだけにタレの味付け、薬味の取り合わせなどに個性が出せる。情報交換がしやすい場をつくり、お互いが切磋琢磨することを第1の目的とした。第2は商標登録証(地域団体商標)の取得だ。「宇和島鯛めしは、この地に根差した料理。そのことを明確にするために、商標登録証の取得を目指したんです」と清家さん。そのかいあって2017年(平成29)に認証取得がかなった。

和日輔の鯛めしは愛鯛など宇和島産の真鯛を使用する。その味わいに合うように、研究を重ねてタレの味を追求した。塩味を抑えることで鯛の甘みを引き出し、まろやかな風味に。わざわざ宇和島に行って食べたいと思わせる味わいだ。

このタレをしっかりと絡ませた鯛とご飯を口に入れた瞬間、美しい真鯛の漁場が目に浮かぶに違いない。

04_宇和島鯛めしを地域ブランドとするために奔走した清家さんは、和日輔の会長

05_「愛鯛はドリップがほとんど出ないので、生臭さがありません。生食に適した真鯛です」と山本義男料理長は太鼓判を押す

06_なまこ壁をあしらった外壁が風情ある店舗。店内には小上がりやテーブル席、掘りごたつの個室などタイプの違うくつろぎ空間が用意されている

07_海藻やネギ、ゴマなどの薬味は切り身と一緒にタレに入れる

08_タレには生卵がポンと落とされている。まずはよくかき混ぜてタレとなじませる

09_「鯛ちりめんみそ」や「鯛もろみ」など真鯛を使ったオリジナルの珍味は、店頭やオンラインショップで販売している

宇和島鯛めしは、単品1,595円。一品料理付きの宇和島鯛めし御膳1,980円などもあり。オンラインショップでは、冷凍の宇和島鯛めしセット1,850円、宇和島鯛めしのタレ(360ml)650円などを販売。タレは店頭でも手に入る。

旬膳・郷土膳 和日輔
住所 愛媛県宇和島市恵美須町1丁目2-6
電話番号 0895-24-0028
営業時間 日〜木曜日 11:30〜15:00(LO 14:00)/17:00〜21:30(LO 20:30)
金・土曜日、祝前日 11:30〜15:00(LO 14:00)/17:00〜22:00(LO 21:00)
定休日 水曜日
駐車場 あり
URL https://sk-wabisuke.com
まかない料理から進化した洋食屋さんの鯛めし

西条市のマルブン小松本店は、1923年(大正12)創業の老舗洋食屋。「私の父である会長が修業時代、まかないとして食べていた料理が原形」と話すのは、「焦がしバター醤油五代目鯛めし(1,320円)」を考案した代表の眞鍋一成さん。会長は舌平目で作っていたそうだが、同店で使用している養殖真鯛「鯛一郎クン」を使うことを思い付いた。皮目をパリッと焼いて、身はふっくらと仕上げており、リピーター続出の名物料理となっている。

ふくよかなバターの風味と香ばしい真鯛が相性抜群。多店舗展開しているマルブンだが、「焦がしバター醤油五代目鯛めし」は小松本店のみで提供
マルブン 小松本店
住所 愛媛県西条市小松町新屋敷甲407-1
電話番号 0898-72-2004
営業時間 11:00〜15:00(LO 14:30)/17:30〜21:00(LO 20:30)
定休日 月曜日、ほか不定休
駐車場 あり
URL https://marubun8.com