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写真提供 左:愛媛県美術館
右:香川県デザイン協会
愛嬌のある菓子包みや自由奔放な筆づかいの紙袋、アールヌーヴォーの香り漂うポスターに、可憐な本の表紙…。
どこかで目にしたことのあるデザインではないだろうか。これらのデザインは、四国出身の2人のデザイナーによって作られたもの。
香川県出身の和田邦坊は昭和20年代から50年代にかけて、愛媛県出身の杉浦非水は明治末期から昭和初期にかけて、
それぞれ商業デザインの世界で才能を開花させた人物だ。
彼らのデザインは、時代の流れに伴い消費されゆく運命の商業デザインでありながら、
今なお愛される希有な作品として生き続けている。
作品の展示会や関連イベントの開催など、いま再評価の機運が高まっている二人の作品を通じて、その足跡を紹介する。
和田邦坊の世界
和田邦坊
 香川県琴平町に生まれる。本名、和田邦夫。
 幼少の頃から画家を志し、高松中学校(現高松高等学校)を中退。家出同然で上京し、出版社で漫画を描き始める。大正15年東京日々新聞(現毎日新聞社)入社。有名政治家に取材した政治・社会漫画を描き、ユーモラスな文章とともに人気を博す。昭和13年に新聞社を退職し、帰郷。昭和29年香川県庁嘱託、昭和40年讃岐民芸館館長就任。
時事漫画家からブランディングデザイナーへ転身
 和田邦坊とはどのような人だろうか。
 同氏の調査・研究をしている灸まん美術館の学芸員、西谷美紀さんに聞いた。
「邦坊は大正末期から第二次世界大戦前まで、時事漫画家、人気小説家として東京で活躍しましたが、商業デザイナーとしてのキャリアは、帰郷した昭和13年、40歳代頃から始まります」。
 静かな暮らしをしたいと香川県琴平町に戻ってきた邦坊だったが、昭和25年頃に和菓子店から請われ、店舗デザインや商品開発から、ロゴマーク、パッケージまで総合的なプロデュースに着手。ここで生まれかわったのが、香川を代表する銘菓「名物かまど」だ。これをきっかけに、さまざまなジャンルの商品開発や商業デザイン、さらにはコンサルティングにまで携わるようになる。
 「まんじゅうやせんべい、豆菓子、うどんなど、邦坊が手掛けた商品とそのパッケージは、香川県民なら誰もが見たことあるものばかり」と西谷さん。
 邦坊デザイン最大の魅力は、力強いタッチの筆文字に、自由奔放なイラストだ。まさに土着的で豪快な作品が数多く見受けられる。それはいつしか、香川という地域の物産の特徴として定着。「香川のデザインは邦坊のデザイン」と言われるほどになり、今なお現役で使い続けられている。
香川県庁に展示されている大作「讃岐の松」の作画風景(灸まん美術館提供)
香川県庁に展示されている大作「讃岐の松」の作画風景(灸まん美術館提供)
教科書にも掲載された時事漫画「成金栄華時代」(灸まん美術館提供)
教科書にも掲載された時事漫画「成金栄華時代」(灸まん美術館提供)
うどん屋を繁盛店へと導く
 邦坊のデザインを求めて、高松市牟礼町の老舗「うどん本陣山田家」を訪ねた。
 四国八十八ヶ所霊場第85番札所八栗寺。その表参道近くに佇む広大な屋敷が店舗。かつての庄屋であり、造り酒屋を営んでいたという旧家は、邦坊の実弟が養子に入った家であり、山田家の創業者は甥にあたる。
 山田家は「うどん屋をせい(しなさい)」という邦坊の一言で始まったという。東京時代に有名政治家たちの処世術を学び、経済界にも通じていた邦坊は、その知識と経験を遺憾なく発揮。うどんや出汁の味に始まり、値段、店舗設計、宣伝の仕方まで、店のすべてをプロデュースするほどの力の入れようだった。「わしの言うとおりにせい」と言うのが常で、甥っ子である店主にとって、その教えは絶対だったという。
 結果、店の雰囲気から、器の一つひとつ、お土産のパッケージに至るまで、一本筋の通った、今で言うところのブランディングが施され、今も香川県を代表する老舗うどん店の一つとして広く認知されている。
デザインで地域の活力を生み出す
 邦坊デザインは、高松市の栗林公園の入り口にある「かがわ物産館栗林庵」でも目にすることができる。ここには、邦坊がパッケージを手掛けたお土産物や絵葉書などさまざまな商品が並ぶ。
 また、邦坊が初代館長を務めていた讃岐民芸館(栗林公園内)には、邦坊が描いた大絵馬や版画の飾り団扇なども展示されている。これは、生活様式の変化によって需要が低迷していた県内の工芸品に付加価値を付け、新たな販路を見つけようとした邦坊の試みでもあった。
 地域の活性化のために、持てる限りの力を尽くした邦坊。だが、本人は商業デザイナーではなく、画家であることにこだわっていた。「邦坊のパッケージを手に取る機会があれば、ぜひ包装紙を外して広げてみてください」と西谷さんは勧める。そこには落款が押され、一枚の絵の中に画家邦坊の世界が広がっている。「邦坊らしい独自の作風は、若者や県外からの移住者を中心に、再び注目を集めているんですよ」と、西谷さんは笑顔で語った。
「かがわ物産館 栗林庵」。食品から工芸品まで多種多様な香川県産品をセレクトしている。
讃岐民芸館では、香川県内各地から収集された民芸品や邦坊が手掛けた大絵馬等の民芸品を展示。
西谷 美紀さん
灸まん美術館 学芸員
西谷 美紀さん
讃岐民芸館での学芸員時代、邦坊が描いた河童の絵付けほうろくを発見。その絵が持つ大胆さ、自由さに魅了され、邦坊研究を始める。2017年「和田邦坊デザイン探訪記」上梓。現在「和田邦坊リサーチプロジェクト」を展開し、2019年の生誕120周年記念事業に向け、精力的に調査研究を進めている。
お問い合わせ
かがわ物産館 栗林庵
住所

高松市栗林町1-20-16

電話番号 087-812-3155
URL http://www.ritsurinan.jp
営業時間 9:00〜17:00※閉店時間は栗林公園の閉園時間に合わせ季節によって変動します
定休日 なし
讃岐民芸館
住所

高松市栗林町1-20-16

電話番号 087-833-7411(栗林公園観光事務所)
入館料 入館料/無料(ただし栗林公園の入園料が必要)
営業時間 開館時間/8:30〜17:00
定休日 休館日/月・火曜日(祝日の場合、その翌日)
杉浦非水の世界
杉浦非水
杉浦非水の世界
愛媛県松山市に生まれる。本名、杉浦朝武(つとむ)。
松山で日本画を学ぶ。愛媛県尋常中学校(現松山東高等学校)を中退し、明治30年に上京。円山派画家、川端玉章に師事。東京美術学校(現東京藝術大学)日本画選科に入学。明治38年、中央新聞社入社。明治41年、三越呉服店(現三越伊勢丹ホールディングス)に嘱託入店。図案部主任に就任。後年は多摩帝国美術学校(現多摩美術大学)創立に参画、校長に就任するなど後進の育成に尽力。
デザインとの遭遇日本画家からの転身
 杉浦非水は愛媛出身の人物で、活躍の場は大都市東京。香川に根ざしたデザイン活動をしていた邦坊とは対照的だ。
 約7千点にもおよぶ非水コレクションを所蔵する愛媛県美術館の専門学芸員、長井健さんに話を聞いた。
 「非水はもともと日本画家を目指していたのですが、洋画の大家、黒田清輝(せいき)がもたらした、アール・ヌーヴォーとの出合いで人生が一変します」。
 アール・ヌーヴォーとは、19世紀末から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパで流行していた新しいデザインのこと。花や植物などをモチーフにした柔らかな曲線を特徴とする、装飾的でエレガントなデザインとの出合いはまさに衝撃的だったようだ。
 黒田から「技法を研究して、日本でも新しいデザインを生み出してみては」と勧められた非水は大いに発憤。デザイナーとしての一歩を踏み出すことになる。
デザインとの遭遇日本画家からの転身
デザインとの遭遇日本画家からの転身
三越時代〜非水の黄金期〜
 非水がもっとも活躍したのは、三越呉服店(現在の三越伊勢丹)時代だ。嘱託として入店し、昭和9年に退職するまで、子どもの贈答用のアルバムや文具セットといった商品自体のデザインから、PR誌や商品カタログやポスターなどの広告物まで、図案部主任として三越のあらゆるデザインを手掛けている。
 当時の三越は欧米のデパートに倣った近代的な百貨店づくりを目指しており、大衆を呼び込むための広告、デザインの重要性をよく理解していた。非水のモダンで洗練されたデザインは、流行を作り、都市部に暮らす人々をリードする存在になろうとした百貨店の方針とうまく合致。単なる西洋のものまねではなく、自分の中で再構築し、日本人に好まれる和洋折衷のデザインとして完成させた非水は、三越のブランドイメージづくりに大いに貢献し、いつしか世間から「三越の非水か、非水の三越か」と言われるまでに。「一人のデザイナーがトータルで企業のデザインを担ったのは日本で初めてのこと。近代日本で最も成功したブランディング事例ではないでしょうか」と長井さん。そればかりか、非水は三越に勤務しながら、他の企業広告や小説の装丁、雑誌の表紙デザインなども精力的にこなしている。
今なお愛される非水デザイン
 非水のデザインの根幹には、日本画家時代から培ってきた「写生」がある。非水の人気は、絵の美しさだけでなく、子どもでも何を表現しているのかが一目で分かる「明快さ」によるところも大きい。
 膨大な仕事の合間を縫って、創作意欲の赴くままに図案集を制作し、写真の撮影技術も習得。長年憧れていた欧州に渡り、数多くの資料を収集するなど、飽くなき探求心の人でもあった。
 「非水は、まだ世の中にデザインという言葉がなく、図案と呼ばれていた時代に、ゼロから試行錯誤して商業デザインの分野を開拓しました。その結果、デザイナーを職業として認知させ、地位を確立させたのも非水の大きな功績です」と長井さん。
 そんな非水は今また注目を集めている。平成28年、松山三越の開店70周年を記念し、非水オリジナルグッズを限定販売したところ、売り切れるものが続出。その後もお得意様への限定商品などに非水のデザインが使用されている。
 愛媛県美術館では、非水の生誕140年を記念して、平成29年に特別展を開催。県内外から多くの来場者を集めた。「非水のデザインは若い人からの人気も高い。特別展をきっかけに地元での知名度も少しは上がったかな」と長井さんは微笑んだ。
 多くの人にデザインで、郷土のアイデンティティを表現した邦坊、広告主と消費者のニーズを具現化した非水。どちらも一世代も二世代も前の商業デザイナーでありながら、進取の気風に満ちた感性や作風は現代まで生き続け、若い人たちに刺激を与えている。
平成29年に愛媛県美術館で開催された『生誕140年杉浦非水~開花するモダンデザイン~展』では、さまざまな非水作品をあしらったオリジナルグッズも好評を博した
平成26年春、非水が手掛けたPR誌「三越」「みつこしタイムス」のモチーフが、三越のウインドウ・ディスプレーとして華やかに店頭を彩った(写真提供:三越伊勢丹ホールディングス)
長井 健さん
愛媛県美術館 専門学芸員
長井 健さん
2017年の特別展「生誕140年 杉浦非水〜開花するモダンデザイン〜展」では、寄贈された非水の遺品などを含む膨大なコレクションを分類。デザイン作品だけでなく、絵画、スケッチ、写真、所持品など、非水のキャラクターが分かる展示を行う。非水担当学芸員としては4代目。
お問い合わせ
愛媛県美術館
住所

愛媛県松山市堀之内

電話番号 089-932-0010
URL http://www.ehime-art.jp
開館時間 9:40〜18:00(入館は17:30まで)
休館日 月曜日(祝日の場合、その翌日) 毎月第1月曜日は開館、翌日休館