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 愛媛県松山市にある道後温泉は「日本最古の温泉」といわれ、近年は「女子旅の聖地」としても注目を集めている。
 特に、アルカリ性の源泉をかけ流ししていることと、重要文化財に指定された「道後温泉本館」の佇まいが人気となっているようだ。滑らかな湯は肌にやさしく、美容に適していることから「美人の湯」とも呼ばれている。また、道後温泉本館は、アニメ映画のワンシーンに登場する湯屋のようで、風情を感じさせてくれる。さらに人気を後押ししているのが、平成26年から毎年開催しているアートフェスティバル「道後オンセナート」、「道後アート」だ。歴史ある温泉街に展開するアート作品は、絶好の撮影ポイントにもなっている。
 そんな中、満を持して平成29年12月に道後温泉別館 飛鳥乃湯泉がグランドオープンした。飛鳥時代をモチーフにした建物、愛媛の伝統工芸に現代的なデザイン性を加えた館内の飾り付けが魅力となっている外湯だ。グランドオープンから1年、新感覚の温泉文化の発信拠点として多くの観光客を迎え入れている飛鳥乃湯泉、その魅力を探った。

道後オンセナートとは

「温泉:ONSEN」と「アート:ART」を掛け合わせた造語が「オンセナート:ONSENART」。道後温泉本館が改築120周年を迎えたことを記念して平成26年から開催。その後「蜷川実花×道後温泉 道後アート 2015」、「山口晃×道後温泉 道後アート 2016」に引き継がれ、平成29年9月より4年ぶりとなる大規模なアートフェスティバル「道後オンセナート 2018」として展開。今年は25名のアーティストの作品が道後の街を彩る。
作品名:つばき 作家:大巻伸嗣(おおまきしんじ)
作品名:つばき
作家:大巻伸嗣(おおまきしんじ)
設置場所:飛鳥乃湯泉 中庭
平成31年2月28日まで
作品名:Echoes月光 作家:大巻伸嗣
作品名:Echoes月光
作家:大巻伸嗣
設置場所:道後温泉 椿の湯東出入口
平成31年2月28日まで
作品名:VJ Night  in Dogo, presented by Enlightenment 作家:エンライトメント
作品名:VJ Night in Dogo, presented by Enlightenment
作家:エンライトメント
開催場所:道後商店街
平成31年2月22・23日
作品名:融合しよう Let's Fusion 作家:石井七歩
作品名:融合しよう Let's Fusion
作家:石井七歩
設置場所:伊織(道後湯之町店)
平成31年2月28日まで
作品名:鷺の恩返し 第八章 その弐 ー朝六時、本日も湯が湧き人集うー 作家:浅田政志
作品名:鷺の恩返し 第八章 その弐
ー朝六時、本日も湯が湧き人集うー
作家:浅田政志
設置場所:道後観光案内所壁面
平成31年2月28日まで
日本最古の温泉地で新たな温泉文化を発信する拠点
 道後温泉本館は、明治23年(1890)に道後湯之町の初代町長となった伊佐庭如矢(いさにわゆきや)が、城大工を棟梁に迎えて改築工事を敢行。明治27年(1894)に現在の木造三層楼の建物となり、平成6年には国の重要文化財の指定を受けた。
 平成26年に始まったアートフェスティバルでは、日本最古の温泉と、アートを融合した斬新な取り組みが行われている。アートに興味を持つ女性や若者など新たなファンを開拓することができ、今では国内・海外から年間約90万人の宿泊者が訪れている。
 ところが、明治の大改築から120年以上が経過し、道後温泉本館を将来に引き継ぐための保存修理工事が必要な時期がきていた。関係者は、どのように改修を行うか、その期間の観光客の受け入れをどうするかを検討。そこで注目されたのが、それ以前から出ていた「本館や椿の湯に次ぐ外湯を」という意見だ。新たな外湯ができれば、観光シーズンに本館の周りに発生する大行列も緩和できる。こうして、平成27年から新湯の建設計画が具体化。同時に、飛鳥乃湯泉に隣接する椿の湯のリニューアルも進められた。
エントランスの天井部分の、白いレースのように見えるものが空気を浄化する作用があるというゼオライト和紙。ここで身心を清めて温浴へと誘うという意味合いを持たせている。中央にあるのは、道後の水の流れと香り立つ文化を意味する、書家・紫舟氏による書の彫刻「水流香」
エントランスの天井部分の、白いレースのように見えるものが空気を浄化する作用があるというゼオライト和紙。ここで身心を清めて温浴へと誘うという意味合いを持たせている。中央にあるのは、道後の水の流れと香り立つ文化を意味する、書家・紫舟氏による書の彫刻「水流香」
階段を上がりながら見られるのは、薬師寺西塔(奈良県)の再建でも使用された和釘が打ち込まれた、湯玉の装飾壁
階段を上がりながら見られるのは、薬師寺西塔(奈良県)の再建でも使用された和釘が打ち込まれた、湯玉の装飾壁
中庭を挟んで右手には椿の湯、左手には飛鳥乃湯泉。飛鳥時代の寺院の回廊をイメージした通路で2つの湯殿をつないでいる
中庭を挟んで右手には椿の湯、左手には飛鳥乃湯泉。飛鳥時代の寺院の回廊をイメージした通路で2つの湯殿をつないでいる
伝統工芸に現代の感性を吹き込んだアートな湯屋
 飛鳥乃湯泉の建設にあたり、飛鳥時代の596年に聖徳太子が道後に来訪したという話に着目。これにちなみ、「飛鳥時代」をコンセプトとすることが決定した。「法隆寺など飛鳥時代の寺院は、敷地内にある複数の建物を回廊で囲む配置が特徴です。これに倣(なら)い、飛鳥乃湯泉は、隣接する椿の湯と回廊でつなぐことで連動性をもたせています」と話すのは、松山市道後温泉事務所の山下勝義さん。外観に用いた配色や装飾も飛鳥時代を彷彿とさせるものとした。
 館内は1階にエントランスと大浴場、露天風呂があり、2階には大広間休憩室、5つの個室休憩室、2つの特別浴室(家族風呂)がある。この特別浴室は、本館にある皇室専用浴室の又新殿(ゆうしんでん)を再現している。
 各フロアでは『太古の道後』をテーマに、愛媛の伝統工芸を取り入れた芸術的な装飾がされており、なかでもエントランスは圧巻だ。天井からは「山門」をイメージしたゼオライト和紙のシェードが吊り下げられていて、その向こうには、道後のシンボルマークである「湯玉」を描いた装飾壁が見える。近づいてみると、古代建築物の修復や復元に欠かせない伝統の和釘が打ち込まれているのが分かる。
 「個室休憩室などでも、それぞれに異なる愛媛の伝統工芸の飾り付けを見ることができます」と山下さん。道後では病にかかった少彦名命(すくなひこなのみこと)を大国主命(おおくにぬしのみこと)が湯に浸らせたら、たちまち快癒したという「玉の石伝説」が知られている。そこで個室休憩室の一つ「玉之石の間」には、江戸時代から続く染色法「筒描染(つつがきぞめ)」で伝説を描いた壁面装飾を施している。伝統工芸士が手掛けた作品で彩られた飛鳥乃湯泉は、アート・ギャラリーさながらの趣なのだ。
 飛鳥乃湯泉にはグランドオープンから1年で約21万人以上が入湯し、本館との「はしご湯」を楽しむ観光客も少なくないという。また、昭和28年の開湯以来、地元の人に愛されてきた椿の湯は、飛鳥乃湯泉と一体感を持たせたことで観光客の利用も増え、本館の混雑緩和に一役買っているという。「中庭が新たなにぎわいの空間となったこともうれしいですね」と山下さん。湯上りにはベンチに腰掛けて、中庭にある椿の森や湯の川を眺めながら、ひとときを過ごすことができる。さらには砥部焼の絵付けワークショップなど、さまざまなイベントも開催されている。
大広間の休憩室。国指定の伝統的工芸品である大洲和紙と金属箔を融合させたギルディング和紙を天吊りシェードと照明に使っている
大広間の休憩室。国指定の伝統的工芸品である大洲和紙と金属箔を融合させたギルディング和紙を天吊りシェードと照明に使っている
大浴場・男子浴室には、奈良時代の歌人 山部赤人の歌にちなみ霊峰・石鎚山を描いた砥部焼の陶板壁画。女子浴室には額田王の歌をモチーフとして瀬戸内海が描かれている(写真は男子浴室)
大浴場・男子浴室には、奈良時代の歌人 山部赤人の歌にちなみ霊峰・石鎚山を描いた砥部焼の陶板壁画。女子浴室には額田王の歌をモチーフとして瀬戸内海が描かれている(写真は男子浴室)
「行宮(かりみや)の間」の壁面装飾は、道後にまつわる皇室の方々の来訪の世界を桜井漆器で表現。(2階個室休憩室)
「行宮(かりみや)の間」の壁面装飾は、道後にまつわる皇室の方々の来訪の世界を桜井漆器で表現。(2階個室休憩室)
「玉之石の間」に飾られた筒描染の染物は、えひめ伝統工芸士である若松さんの作品。一枚の布を折り返して壁に掛けることで裏面も見えるようになっている
                            (2階個室休憩室)
「玉之石の間」に飾られた筒描染の染物は、えひめ伝統工芸士である若松さんの作品。一枚の布を折り返して壁に掛けることで裏面も見えるようになっている (2階個室休憩室)
「湯桁(ゆげた)の間」は、西条だんじり彫刻で、「源氏物語」に「伊予の湯桁」として描写された当時の道後温泉の様子を表現している(2階個室休憩室)
「湯桁(ゆげた)の間」は、西条だんじり彫刻で、「源氏物語」に「伊予の湯桁」として描写された当時の道後温泉の様子を表現している(2階個室休憩室)
分湯場(ぶんとうじょう)の見学を通して源泉かけ流しをアピール
 飛鳥乃湯泉の温泉はどこから湧いているのだろうか。現在、道後温泉では温度の異なる18本の源泉があり、場所によって温度も湧出量も異なっている。最も低温の源泉は約20度、高温の源泉は約55度。これらをブレンドして入浴に適した約42度に調整しているのが、4つある分湯場だ。「分湯場では源泉を混ぜ合わせるだけで、加温も加水も行っていません。道後の3つの外湯では源泉かけ流しを満喫できるのです」と山下さん。この「源泉かけ流し」をPRしたいと、平成29年11月に道後温泉駅の北西にある道後温泉第4分湯場を改築。これまで知られていなかった「温泉ブレンド」の様子を、ガラス越しに見ることができる。また源泉に触れることができる手湯もつくられ、新たな観光スポットとなっている。
 四国有数の観光地である道後温泉、そのシンボルともいえる道後温泉本館は、平成31年1月に保存修理に入るが、休まず営業するという。その本館と椿の湯、飛鳥乃湯泉の三湯で、『日本書紀』や『万葉集』にも登場した湯の町の長い歴史を感じながら、「美人の湯」にじっくりと浸かることができる贅沢。湯上りの肌はしっとりと潤い、体は芯まで温まっており、町歩きをしながらその余韻に浸ることができる。個性的な佇まいの3つの外湯めぐりと湯上りの散策は、道後の新たな楽しみとなっていくことだろう。
2階の大広間休憩室の外にある濡縁(ぬれえん)からは、椿が植栽された中庭を見下ろすことができる
2階の大広間休憩室の外にある濡縁(ぬれえん)からは、椿が植栽された中庭を見下ろすことができる
貸し切りの特別浴室は2室ある。「特別浴室2」は、松やシャクナゲなど道後に来られた天皇ゆかりの模様を天井画で表現している
貸し切りの特別浴室は2室ある。「特別浴室2」は、松やシャクナゲなど道後に来られた天皇ゆかりの模様を天井画で表現している
道後温泉駅の北西にある道後温泉第4分湯場。建物は湯の蔵をイメージしたデザイン
道後温泉駅の北西にある道後温泉第4分湯場。
建物は湯の蔵をイメージしたデザイン
湯温の異なる源泉が貯湯槽に注がれ、ブレンドされることで適温となる様子をガラス越しに見ることができる(第4分湯場)
湯温の異なる源泉が貯湯槽に注がれ、ブレンドされることで適温となる様子をガラス越しに見ることができる(第4分湯場)
「飛鳥乃湯泉の中庭は、イベント会場など集いの場としても活用されています」と話す松山市道後温泉事務所の山下勝義さん(中央)
「飛鳥乃湯泉の中庭は、イベント会場など集いの場としても活用されています」と話す松山市道後温泉事務所の山下勝義さん(中央)
お問い合わせ
道後温泉別館 飛鳥乃湯泉
住所

愛媛県松山市道後湯之町19-22

電話番号 089-932-1126
営業時間 営業時間/7:00〜23:00(2階大広間休憩室・個室休憩室・
特別浴室は〜22:00)12月26日から6:00〜23:00に変更
無休(12月に1日臨時休館あり)
URL https://dogo.jp
料金 1階浴室コース/大人600円、小人300円
2階大広間コース※/大人1,250円、小人620円
2階個室コース※/大人1,650円、小人820円
2階特別浴室コース※/1組2,000円+大人1,650円、小人820円
・2階特別浴室は事前予約が必要・入浴コースは全て税込
※のコースは1階浴室入浴を含む
伝統工芸制作秘話
飛鳥乃湯泉の意匠制作を手掛けた愛媛の伝統工芸士に、作品に込めた想いを伺った

【伊予簀(いよす)/特別浴室】

漉簀(すきす)制作工房(愛媛県新居浜市)
井原圭子(けいこ)さん
 井原さんは全国に6人しかいない「簀」の職人。「簀」とは和紙を漉くための道具で、細い竹ひごを絹糸で丹念に編んで作り、愛媛県内で作られたものは「伊予簀」と呼ばれている。松山市から「その技術を活かして、飛鳥乃湯泉に飾り付ける御簾(みす)を制作してほしい」と依頼された井原さんは「装飾品としての美しさと同時に、耐久性を生み出すためにはどうすれば良いか」と頭を悩ませた。そこで通常より太い竹ひごと、御簾専用の太い糸を使用することを思いつく。そこから作品完成までには、1年もの歳月を費やした。苦労の末にできあがった御簾は、繊細な仕上がりで、特別浴室と和室を柔らかく遮り、入浴客を飛鳥時代の貴人になったかのような気分にさせてくれる。「この装飾を通じて、手漉和紙を後世に残していくために、私のような道具作りの職人がいることを知ってもらえばうれしい」とほほ笑む。
井原さんの作品は「特別浴室2」に飾られている
井原さんの作品は「特別浴室2」に飾られている
「簀」は、目がずれないように竹ひごを継いでいく。1cm編むのに数時間を要するという
「簀」は、目がずれないように竹ひごを継いでいく。
1cm編むのに数時間を要するという

【筒描染(つつがきぞめ)/個室休憩室】

地細工紺屋若松(じざいくこんやわかまつ)旗店(愛媛県八幡浜市)
若松智(さとし)さん
 地細工紺屋若松は江戸時代末期に創業した染物屋で、智さんは五代目だ。筒描染は手間がかかる手法で、京友禅や加賀友禅も同じように染められており、若松旗店では祭礼装束や神社の紋幕、大漁旗などの染物を手掛けている。松山市から「玉の石伝説をモチーフにしたオリジナル作品を」と依頼された智さんが最も苦労したのは、神話時代の神様をどう表現するか。髪型や衣装を研究し、神様の表情を何度も書き直して、下絵だけでも1年近くかかった。染めの作業は息子の崇(たかし)さんとの共同作業で行ったという。筒描染めの特徴は裏も表も綺麗に染め抜けること。そこで智さんは裏面も見える展示を提案した。「飛鳥乃湯泉で見ましたよ、と八幡浜まで足を運んでくださる方もおられます。苦労もしましたが、報われたような気持ちになります」。飛鳥乃湯泉の利用者は、美しい染物を目にすることで、道後の歴史に想いを馳せることができる。
智さん(左)と息子の崇さん
刷毛と染料で色付けを行い、鮮やかな模様が染め抜かれた若松さんの作品
刷毛と染料で色付けを行い、鮮やかな模様が染め抜かれた若松さんの作品
筒描染とは、柿渋を塗った和紙の筒に餅米などで作った糊を入れて防染剤とし、それを生地に絞り出す工程が特徴
筒描染とは、柿渋を塗った和紙の筒に餅米などで作った糊を入れて防染剤とし、それを生地に絞り出す工程が特徴