毎年7月の第3土曜日と日曜日、高知県香南市赤岡町の町並みに、おどろおどろしい芝居絵屏風23点が飾られる「土佐赤岡絵金祭り」が開催される。「絵金」とは、江戸時代末期から明治にかけて活躍した絵師・弘瀬金蔵のこと。天才肌で、若くして土佐藩家老の御用絵師に登用された実力派でありながら、贋作(がんさく)騒動に巻き込まれたことで失脚したとされている。その後は町絵師となった。独特の作風で、今なお多くの人を魅了する絵金とはどんな人物だったのだろうか。彼の生涯の一端に触れながら、その作品の魅力を紹介していく。
「絵金」とも呼ばれた弘瀬金蔵は、髪結いの子として幕末の高知城下で生まれた。幼い頃から画才に秀でており、当時の最大画派である狩野派に属して腕を磨いた。狩野派でその才能を認められた絵金は、21歳の若さで土佐藩の家老の御用絵師として、武士の階級である「士分(しぶん)」を与えられるという大出世を果たす。御用絵師とは、幕府や大名などに召し抱えられた画家のこと。だが、33歳頃に贋作騒動に巻き込まれたことにより職を解かれた絵金は、高知城下から追放されてしまったとされている。本当に絵金が贋作を描いたのか、その真相は明らかではない。ただ、その後に描かれた絵馬や幟絵(のぼりえ)などが高知県各地に残されていることから、城下から追放されたと推測されている。「こうして町絵師となったことで、彼は代表作ともいえる芝居絵に腕をふるうことができたのです」と話すのは、高知県立美術館の学芸員・中谷有里さん。
絵金の芝居絵屏風23点は、赤岡町の個人宅に残されていた。絵金は、
弘化元年(1844)頃、御用絵師として人気を誇っていた絵金は、城下に住む古物商より狩野探幽(たんゆう)の「蘆雁図(ろがんず)」の模写を引き受ける。古物商はこれに探幽の落款印章を施して売り出す。これが贋作と判断された。絵金はあくまでも依頼に応じて制作したものであり、贋作を作ったつもりはないと申し開きをする。しかし、それは認められず、御用絵師の職を辞することとなった(参考/絵金蔵収蔵品目録)。
歌舞伎や人形浄瑠璃、狂言などの山場を描いた極彩色の芝居絵屏風には、絵金の高い画力が結集されている。「特に注目したいのは、異時同図法(いじどうずほう)を使った空間構成。物語の異なる場面を1枚の絵の中に収める手法ですが、絵金はその取り入れ方に工夫をこらしています」と中谷さん。また、骨格や肉付きを表現する線の勢いは、描かれた人物が今にも動き出しそうなほどの迫力に満ちている。
また、血赤(ちあか)が多用された芝居絵屏風は、「おどろおどろしい」と言われることが多いが、これにも理由がある。赤は邪気を払う色とされていたので、依頼者の要望に沿って、魔除けの意味を込めて仕上げたと考えられているのだ。この芝居絵屏風が有名なために、「絵金は怖い絵を描く絵師」と考えがちだが、子どものために描いた絵本、繊細な筆致で描かれた美人画などの作品も残されている。代表作の芝居絵屏風も、細部を見れば、滑稽な表情の人物を描いたり、言葉遊びを取り入れたりしていることに気付く。これらの仕掛けから、遊び心を持った絵金の人となりがうかがえる。作品を見れば見るほど、表現者としての絵金の奥深さを感じさせられるのだ。
江戸時代に行われていた神祭の絵比べは、芝居絵屏風の展示として現在も受け継がれている。「赤岡町に現存する芝居絵屏風23点のうち、18点は本町町内会の所有。これを7月14日と15日、各家の軒先に飾り付けているのです」と赤岡絵金屏風保存会の金澤正寿(まさとし)会長。この日は街路灯や家の明かりを全て消して、百匁(ひゃくめ)ロウソクだけで幽玄な絵金の世界を鑑賞する。地元の人だけが知るひっそりとした祭りとして受け継がれてきた。昭和41年頃、有名な雑誌に絵金が取り上げられたことにより、美術愛好家や研究者たちの間でも知られるようになったが、それでも訪れる人は限られていた。
一方、残りの5点を所有するのは、本町町内会の隣に位置する横町町内会。ここの芝居絵屏風は、お披露目の機会がないまま時を過ごしていた。しかし昭和52年、商工会青年部が中心となり、「赤岡町にある芝居絵屏風を全て活用し、町内が一体となって商店街に人を呼び込みたい」と新しい夏祭りを立ち上げた。これが7月の第3土曜日と日曜日、本町、横町町内会が保存している23点の芝居絵屏風が飾られる「絵金祭り」である。百匁ロウソクと絵馬提灯のほのかな灯りで見せる演出は、神祭にならった。ただし、神祭は芝居絵屏風を展示するだけの「静の祭り」であるのに対して、「絵金祭り」は町の一角に露店が並び、コンサートなど賑やかな催しも同時開催される「動の祭り」。訪れる人は年を追うごとに増えてきた。「最初はこれほどの大きな祭りになるとは予想もしていませんでした」と話すのは、絵金祭りの運営責任者である浜田義隆さん。「江戸時代に描かれた貴重な絵が、軒先に飾られるという大胆な祭りがあるらしい」と口コミで話題となったのだ。さらに平成5年、地元の有志が「土佐絵金歌舞伎伝承会」を結成し、絵金の芝居絵屏風のモチーフになった歌舞伎の上演を始めたことも祭りの人気に拍車をかけ、今では「絵金祭り」は2日間で約2万人が足を運ぶほど盛況となっている。
現在はこの2つの祭りで、芝居絵屏風を見ることができ、赤岡町は「絵金のまち」として全国にその名を知られるようになった。
絵金や「絵金祭り」が有名になるにつれて、金澤さんや浜田さんは、新たな問題に頭を悩ませていた。それは芝居絵屏風をどのように保存し、未来に残していくか。各町内会で木箱などに収めて、保管していた芝居絵屏風に傷みが目立ち始めていたのだ。また、年に数日しか見られない現状に対して、「常設で芝居絵屏風を見ることはできないか」との意見も聞こえてきた。住民たちが話し合いを重ね、「町内の古い米蔵を改装し、そこで芝居絵屏風の保管と展示を行う」というアイデアがまとまった。
平成17年2月に開館した「絵金蔵」は、闇に包まれた展示室で提灯を片手に作品を鑑賞するというユニークな施設。一年中、「神祭」や「絵金祭り」さながらの体験ができる。
館内では、レプリカの芝居絵屏風を2ヵ月に1回入れ替えながら展示。また、小さな覗き穴から作品を見るコーナーには、本物の作品2点を1ヵ月に1回入れ替えながら展示している。これは、貴重な芝居絵屏風に負担を与えないために決められた方針だ。
「絵金はこの小さな町の名を全国に知らしめてくれた存在。芝居絵屏風は私たちの宝です」と話す金澤さんと浜田さん。現在は、芝居絵屏風の修復作業を順次進めており、赤岡町の宝として未来へと受け継いでいく考えだ。
令和元年、7月14日と15日に「神祭」が、20日と21日に「絵金祭り」が開催される。百匁ロウソクに照らされた芝居絵屏風を見ながら、絵金ワールドにひたってみてはいかがだろうか。
● 高知県立美術館
住所 |
高知県高知市高須353-2 |
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電話番号 | 088-866-8000 |
URL | https://moak.jp |
備考 | ※令和2年1月1日まで改修工事のため休館中 |
● 絵金蔵
住所 |
高知県香南市赤岡町538 |
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電話番号 | 0887-57-7117 |
営業時間 | 9:00〜17:00(入館は16:30まで) |
定休日 | 月曜日(祝日の場合は翌日)、12月29日〜1月3日 |
入館料 | 大人500円ほか |
URL | https://www.ekingura.com |
元禄元年(1688)に創業した老舗の菓子舗。店舗内にあるギャラリースペースには、絵金が描いた幟が展示されており、お菓子とお茶を味わいながら作品を見ることができる。絵金蔵からは徒歩で約3分。
● 西川屋 赤岡旧本店(西川屋おりじん)
住所 |
高知県香南市赤岡町470 |
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電話番号 | 0887-54-3066 |
営業時間 | 10:00〜17:30 |
開館日 | 土曜日、日曜日、イベント開催時 |
URL | http://www.nishigawaya.co.jp/index.htm |
高知県香南市にある「創造広場 アクトランド」は、芸術・文化・技術をテーマにした8つの展示館で知られている複合テーマパーク。展示館の1つ「絵金派アートギャラリー」には、女性の美しさを追求した「美人図」や一般庶民の日常を描いた「風俗図」、狩野派の流れをくむ日本画など、絵金やその弟子たちの多彩な作品を展示している。このほか、リアルな蝋人形で坂本龍馬の生涯を紹介した「龍馬歴史館」なども人気。
● 創造広場 「アクトランド」
住所 |
高知県香南市野市町大谷928-1 |
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電話番号 | 0887-56-1501 |
営業時間 | 10:00〜18:00(入館は17:30まで) |
定休日 | 無休 |
入館料 | 絵金派アートギャラリー単館大人1,000円 |
URL | http://actland.jp |