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徳島県の夏の風物詩「阿波おどり」。だが徳島県には、もう一つの「あわおどり」があり、国内だけではなく海外にも広がろうとしている。それは、平成元年度、徳島県畜産試験場(現:徳島県立農林水産総合技術支援センター畜産研究課、以下:畜産研究課)が開発に成功した地鶏「阿波尾鶏(あわおどり)」だ。平成2年2月から本格的な出荷が始まり、現在は、国内の地鶏において、出荷羽数・シェアともに全国1位となっている。
 なぜ、「阿波尾鶏」の開発が行われたのか。そして、トップシェアまで上り詰めるまでには、どのような苦労があったのか。誕生から30年の歴史を振り返り、「阿波尾鶏」の魅力にスポットを当てた。

ようやく誕生した阿波尾鶏

唐揚げや照り焼き、焼き鳥など、食卓で馴染みのある鶏肉料理。おいしいだけではなく、たんぱく質や必須アミノ酸、コラーゲンなどの栄養素が豊富な上、比較的手ごろな価格であることも人気の理由となっている。一般に馴染みがあるのはアメリカ式のブロイラー(50日前後の飼育で出荷できる肉用若鶏の総称)だが、近年は「地鶏」にも注目が集まっている。「地鶏」とは、古くから日本で飼われている「在来種」を両親もしくは片親に持ち、飼育期間75日以上、生後28日以降は1㎡あたり10羽以下で平飼いされた鶏のこと。品種や飼い方に規定が設けられた特別な鶏だ。そのためブロイラーに比べると価格は高いが、品質や味わいの良さなどから、「ちょっとしたご馳走」としてもてはやされている。
 もともと徳島県は、古くから食鶏飼育が行われており、明治時代にはすでに関西方面への食鶏供給地となっていた。昭和40年代には、ブロイラーが導入され、これが中山間地域を中心に広がっていった。「ところが昭和40年代後半に、外国産の鶏肉が大量に輸入されるようになり、熾烈な価格競争を強いられる状況となりました」と説明するのは、徳島県畜産振興課の武内徹郎(てつろう)さん。当時、徳島県内の養鶏農家は約800戸あったが、いずれも兼業の小規模農家で、生産者の高齢化も課題となっていた。
 こうした状況を打開するために、昭和50年頃より、畜産研究課が主導して、「徳島県ならではの付加価値の高い地鶏を生み出そう」という動きが始まった。収益性の高い地鶏を育てて、大規模化が困難な農家でも経営が成り立つようにと考えたのだ。

阿波尾鶏が平飼いされている
平飼いをすることにより、十分な運動量が確保される
畜産研究課の研究員
体重測定により生育状況を確認する畜産研究課の研究員
肉質検査の様子
畜産研究課で行われている肉質検査の様子

さまざまな品種から候補となる鶏を探し出すなか、昭和53年に有望な在来種である徳島県由来の軍鶏(しゃも)を見つけ出す。晩熟で産卵数は少ないが、低脂肪でコクや甘み、旨みが強く、歯ごたえが良いという肉質に着目したのだ。そこから約10年間、肉質が良く、より発育が良い軍鶏へと改良を重ねた。これを父鶏とし、母鶏には、相性の良さや穏やかな気性、産卵数の多さからアメリカ産の鶏「ホワイトプリマスロック」が選ばれた。この2つを掛け合わせたのが「阿波尾鶏(あわおどり)」だ。ブロイラーに比べて旨み成分が豊富で、程よい赤みが見た目にも美しい。「先発のブランド鶏である名古屋コーチンや比内(ひない)地鶏(秋田県)などにも太刀打ちができるのではないか」と考えた畜産研究課は、「これをアピールするためのインパクトのあるネーミングを」と知恵を絞った。そこで思い付いたのが阿波尾鶏のブランド名。「尾羽が美しく、軍鶏の血を引いていることから元気で躍動感がある。そこから阿波おどりをイメージしたそうです」と武内さん。しかし、関係者の苦労は阿波尾鶏の完成からも尽きることはなかった。

阿波尾鶏交配図 阿波尾鶏交配図
養鶏農家の利益を守る体制づくり

販売に先駆けて、官民が連携して設立したのが「阿波尾鶏ブランド確立対策協議会(以下:協議会)」だ。阿波尾鶏は、両親の長所を組み合わせた優れた性質を持っている。協議会は阿波尾鶏を効率的に生産するため、民間の孵化(ふか)場と養鶏場を活用し、軍鶏の羽数を増やし、阿波尾鶏の雛を安定供給できる体制を整えたのだ。また、各農場の環境にも目を配り、鳥インフルエンザなどの不測の事態に対して、スピーディに対応できるよう連携を強化した。
 販売に際しては、ブロイラーは年に4〜5回は出荷できるが、飼育期間の長い阿波尾鶏は年に3回程度しか出荷できないことを考慮し、ブロイラーよりは高いが、先発の地鶏に比べれば安い「中間価格」に設定。「この値段で地鶏が買えるのであれば、消費者から受け入れてもらえる」と確信し、平成2年2月に養鶏農家から約2万羽が出荷される。10年以上をかけて開発した阿波尾鶏が、ようやく市場へのデビューを果たしたのだ。

養鶏場 阿波尾鶏を持つ養鶏農家
「徳島を代表する食の名物である阿波尾鶏を、愛情込めて育てています」と話すつるぎ町の養鶏農家
更なる体制の強化により地鶏出荷羽数日本一に

加工・販売業社は県内に2つあり、平成元年度にいち早く始めたのは、吉野川の中流域に位置する貞光食糧(さだ みつしょくりょう)工業株式会社だ。「販売開始当初、阿波尾鶏は知名度がないため、軌道に乗せるまでには随分と苦労しました」と話すのは辻󠄀󠄀貴博社長。そこで、食べてもらうことを第一に考え、首都圏の百貨店で試食販売を行った。口にした人からは「他のブランド鶏よりも手頃だし、歯ごたえもちょうど良いから家庭でも料理しやすい」と評判は上々。手応えはあったものの、今度は生産量が追いつかない。親鳥の生育にも日数がかかるため「生産量を増やそう」としても増やせるのは早くて1年後。需要と供給のバランスに悩まされたが、協議会の働きかけにより、年を追うごとに生産農家は増加。そして明石海峡大橋が開通した平成10年には県内総数で60万羽以上を出荷し、地鶏出荷羽数日本一に輝いた。
 さらに平成13年、阿波尾鶏が全国で初めて「地鶏肉特定JAS(日本農林規格)」を取得したことにより、安心安全でおいしい鶏肉として、その知名度は一気に上がった。地鶏出荷羽数日本一は現在も継続中で、平成30年度の出荷羽数は約214万羽にまでなった。
 「当社の自社農場では、独自の工夫としてヨモギや海藻、オリーブ粕、木酢(もくさく)などを配合した特製の餌を与えて育てており、鶏肉特有のにおいがないと好評です」と辻󠄀󠄀社長。また加工においては、空気で冷やす独特の冷却法で旨みを封じ込め、オリジナルの熟成庫で一定期間熟成させることにより、歯ごたえのある肉質をより柔らかく、ジューシーな肉へと仕上げている。生産と加工の両面で「阿波尾鶏」のさらなるおいしさを追求している。
 もう一つの加工業者は、阿波尾鶏加工の6割以上を担っている株式会社丸本(徳島県海陽町)。近年は、両社ともにオリジナル加工品の開発にも積極的。
「丸本さんと互いに切磋琢磨して出荷羽数日本一の阿波尾鷄を支えていきたい」と話す辻󠄀󠄀社長だ。

辻󠄀󠄀社長
「阿波尾鶏は、地鶏の全国シェア25%を占めています。飼育や処理方法についてももっと進化させて、シェアを伸ばしたい」と話す辻󠄀󠄀社長
貞光食糧工業の加工工場
徹底した衛生管理を行っている貞光食糧工業の加工工場
阿波尾鶏の唐揚ととり天
阿波尾鶏のもも唐揚(5個600円)、むね唐揚(5個350円)、とり天(6個500円)。いずれも肉そのものに甘みがあり、程よい歯ごたえ。鶏肉特有のパサつきもない
貞光食糧工業の直営店「ミマまちチキン」
平成30年6月にオープンした「道の駅 みまの里」の農家レストランには、貞光食糧工業の直営店「ミマまちチキン」がある
阿波尾鶏あら挽カレーと阿波尾鶏あら挽トマトカレー
しっとりとしたむね肉と適度な弾力がある手羽元を使用した貞光食糧工業のオリジナル商品「阿波尾鶏あら挽カレー(648円)と、あら挽肉にトマトを合わせた「阿波尾鶏あら挽トマトカレー(648円)」
お問い合わせ
貞光食糧工業株式会社
住所 徳島県美馬郡つるぎ町貞光字小山北168-2
電話番号 0883-63-4215
受付 10:00〜16:00
定休日 水・土・日曜日
URL https://www.sadamitsu-shokuryo.jp
道の駅 みまの里
住所 徳島県美馬市美馬町字願勝寺72番地
電話番号 0883-63-3837
店舗・売店の営業時間 8:30〜18:00
URL https://www.sk-michinoeki.jp/michinoeki/1771
オリンピック開催年、目指すのは世界への飛翔

協議会は阿波尾鶏普及のために、徳島県出身の料理研究家らの協力を得て、たくさんのレシピを考案し、パンフレットやホームページを活用して情報を発信している。協議会が指定した「阿波尾鶏指定店(飲食店約100店を含む)」は日本全国に500店にまで増えた。
 古くから扱っている徳島市内の「居酒屋とくさん」では、阿波尾鶏の焼鳥や唐揚げ、釜めしなどを提供している。「うちの店には、阿波尾鶏を食べてみたかったという県外からのお客さまも多いですよ。手ごろな価格なので、うちのような居酒屋で出しやすいのもいいですね」と堀哲也店長。お客さまからは、「普段食べ慣れている鶏肉と比べると、旨みを強く感じます。また地鶏は硬い印象がありますが、阿波尾鶏の歯ごたえは程よいので、子どもやお年寄りにも食べやすい」との声が聞かれた。
 阿波尾鶏指定店は、海外にも広がっている。徳島県畜産振興課の武内さんによれば「まず、平成22年に香港への輸出が始まりました。現地のレストランと連携したイベントやレシピ研究会が功を奏し、年を追うごとに輸出量は増えています」とのこと。近年は、香港以外の国や地域への販路拡大を視野に入れて、国際的に通用する規格の認証取得も進んでいる。
 徳島県では「日本でオリンピック・パラリンピックが開催される来年を、海外からのお客さまに阿波尾鶏をアピールするきっかけの年としたい」とも考えており、大手ケータリング業者や(※)ホストタウン関係者らとの連携強化に努めている。まさに今、「阿波尾鶏」は国内を飛び出し、世界へと羽ばたこうとしているのだ。
※ホストタウン…東京オリンピック・パラリンピックに向けて、地域の活性化や観光振興の観点から、参加国・地域と人的・経済的・文化的な交流を図ろうと登録した自治体

阿波尾鶏のぼりやポスターを持つ武内さん坂部さん
「メニュー開発と海外戦略に一層力を入れたい」と話す徳島県畜産振興課の武内さん(右)と坂部さん(左)
阿波尾鶏の焼き鳥や手羽先
「居酒屋とくさん」で提供している阿波尾鶏は、「噛み締めたときに素材の旨みが感じられるよう、味つけはシンプルにしています」と堀さん
創作中華研究会のようす
香港のシェフの協力を得て開催した「創作中華研究会」。香港のバイヤーや料理人に試食をしてもらい、販売強化につなげた
お問い合わせ
居酒屋とくさん
住所 徳島県徳島市寺島本町西1-42
電話番号 088-654-1930
営業時間 17:00〜23:00
定休日 日曜日
URL https://tokusan.owst.jp
徳島県農林水産部畜産振興課
住所 徳島県徳島市万代町1-1
電話番号 088-621-2415