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「ことば」大募集で松山市長賞を受賞した作品をもとに、新井満(まん)さんが作詞した『この街で』の歌詞。直筆原稿を拡大し、松山市総合コミュニティセンターのエントランスに展示している

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愛媛県松山市は、正岡子規や高浜虚子を輩出した「俳都(はいと)」。市内には、400基以上の句碑が点在しており、あちらこちらで誰もが気軽に投句できる「俳都松山 俳句ポスト」もある。また、夏目漱石の代表作『坊っちやん』の舞台でもあり、昭和63年に創設された「坊っちゃん文学賞」は、全国から作品が届けられている。

俳句や小説などの「ことばの文化」が根付いている松山市では、一般から募集した「ことば」作品を活用した新たなまちづくりを行っている。元気や勇気を与えたり、しみじみとさせたり、クスッと笑わせたり…。多種多様な「ことば」を活用したユニークなまちづくりの手法は、全国から注目を集めている。

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松山市で「ことば」作品を活用したまちづくりが始まったのは平成12年、グラフィックデザイナーや俳人、アーティストなど17名の市民で構成された「松山21世紀イベント協議会」の設立がきっかけだ。協議会は行政に対して、「ことばのちから」をキーワードに、歴史や文化を生かしたイベントを提案。「当時は、家庭崩壊や少年犯罪、いじめなどが社会問題化した頃です。こうした問題が起こる原因の一つに、コミュニケーション不足があると考えて、『松山市から人と人の心をつなぐような温かいことばを発信しよう』と松山市も協議会の提案を受け入れて、イベントを実施することになりました」と話すのは、松山市総合政策部文化・ことば課の大石和可子課長。そして「21世紀に伝えたい、残したい、大切にしたいことば」というテーマで作品を募集。海外を含む全国から約1万2,000点の作品が寄せられた。

集まった「ことば」作品は、どれも飾り気がなく、素直に松山市の魅力を伝えたり、人にエールを送ったり、どこかユーモアを感じさせるものであった。俳句とも、小説とも違う、これは松山市オリジナルの「ことば文化」だと手応えを感じた関係者たち。作品はイベント時に商店街などに掲示され、多くの市民の目に触れ、話題となった。

やがて「この事業を継続していこう」という気運が高まり、平成15年に「ことばのちから実行委員会(以下:実行委員会)」として事業を続けていくことが決まった。実行委員会は、平成16年にも松山市内の小・中学生を対象とした「ことば」募集を行い、このときには7,800点以上の作品が寄せられた。さらに平成22年には「絆」をテーマに、3回目の「ことば」募集を実施。全国から新たに1万2,200点の作品が集まった。中でも松山市民からの応募は半数以上にも及んだという。

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集まった「ことば」作品をどのように活用していくのかについて、議論を重ねた実行委員会。そんな中、ある委員から「松山市全体をミュージアムとして捉えて、『ことば』を常設展示してはどうか」という意見が出された。そのアイデアから生まれたのが「街はことばのミュージアム」プロジェクトだ。「路面電車には、通勤や通学で目にしたときに元気が出る『ことば』を直接ペイントし、松山城のリフト下やロープウェー商店街には、観光客に松山市の魅力を伝えたり、故郷を感じてもらえる『ことば』をタペストリーで掲げたりしました。それぞれの場所にふさわしい作品を選ぶことにも知恵を絞りました」と話すのは、実行委員会の五百木幸子(いおきゆきこ)委員長。その後、松山空港や松山観光港など掲示場所を増やし、市民や観光客に、ふとした瞬間に「ことば」の文化を感じてもらうことができるようになった。

市民からは「落ち込んでいたとき、電車に書かれた『みんな誰かの宝物。』ということばを見て元気づけられました」という声が寄せられたこともある。まさに「ことばのちから」を感じさせるエピソードだ。

こうした実行委員会の取り組みは、総務省が主催する「平成27年度ふるさとづくり大賞」を受賞するなど、高い評価を受けている。観光資源を核としたまちづくりに取り組む事例が多い中、「ことば」そのものを資源として捉えた点が画期的であると高く評価されたのだ。近年はその活動を参考にしたいと、全国の自治体の視察も増えている。

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「街はことばのミュージアム」プロジェクトと共に、実行委員会が続けてきたのは、「“ことばのがっしょう”群読コンクール」だ。松山市には高校生を対象とした「全国高等学校俳句選手権大会(通称:俳句甲子園)」という名物イベントがある。一方、小・中学生が参加できる発表型のイベントがないことから、平成21年にこれを立ち上げた。群読は朗読と異なり、複数人がチームとなって詩を声に出して読み伝えるため、全員が声をそろえることが評価のポイント。「どんな気持ちで声を出すか、どこに力を込めるかを見極めることも大切です。そのためには、ことばをしっかりと理解することが必要です」と五百木さん。

平成31年2月に開催された第11回大会では、愛媛大学教育学部附属小学校の1年生96人が結成した「いっちぃず」がグランプリを獲得した。指導にあたった吉岡亜紀子教諭は、前任校の時代から10回もこのコンクールに参加している。「国語教育において、音読や朗読をすることは、語彙(ごい)を豊かにし、表現力を高めることになると考えています。それに加えて、子どもたちがお互いを思いやりながら声を重ね合わせる群読の体験は、学校の集団生活にも役立っています」と話す。現在、2年生に進級した「いっちぃず」は、3月1日に開催される第12回大会に向けて、猛練習中。「群読を通して、友だちとの絆を一層深めてほしい」と考えている吉岡先生だ。

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現在、実行委員会は、新しい取り組みとして「ことばのコバト」プロジェクトを推進している。「これまで、実行委員会が主体となって取り組んできた『ことば』作品の活用を、市民や企業、団体に委ねようというプロジェクトです」と五百木さん。自社をPRする手段として「ことば」作品を使用すれば、企業のイメージアップの一助にもなるのではないか。しかも、よりたくさんの場所で「ことば」に出会えるようになり「ことばのミュージアム」が賑わう…というのが狙い。すでに「あなたを支える人がいる。あなたが支える人がいる。」は介護施設、「いろんな子 いっぱいおってかまん! かまん!」は幼稚園、「そんなポンコツなあなたがだーい好き!」は中古車販売店と「ことば」作品が導入されており、目にした人からの評判も良い。「ことば」が松山市のそこかしこで「コバト」のように羽ばたき、市民らの癒しになってほしいというのが実行委員会の願いだ。令和2年には、20周年を迎える「ことばのちから」の取り組み。これからも目が離せない。

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介護福祉施設を経営する有限会社ノリテックの今井典子さんは、往来に面した建物の壁面や社用車に、「ことば」作品を掲示している。「私たちは人生の先輩である高齢者の皆さんのお世話をしていますが、日々、ことばの大切さを痛感しています」。忙しい毎日では、余裕を無くしそうになることも多々あるが、そんなとき、「ことば」を見ると気持ちを新たにすることができるのだという。「私はたくさんの作品の中でも『あなたにとって他人でも、みんなだれかのだいじな人です。』というのが大好き。このことばのおかげで、辛いときに心が救われ、自分たちの仕事に誇りを持つことができました」。道ゆく人の心にも、この「ことば」が響いたらうれしいと今井さんは考えている。

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「ことば」作品からは、松山市民の愛唱歌も生まれた。芥川賞作家で音楽家の新井満(まん)さんが、作品の一つ「恋し、結婚し、母になったこの街で、おばあちゃんになりたい!」からイメージを膨らませて、松山市で生まれ育った女性を主人公にした歌詞を創作し、楽曲『この街で』を制作したのだ。ゆったりとしたメロディに乗せた愛情あふれる歌詞は老若男女の心に響き、市民の愛唱歌となっている。モチーフとなった「ことば」作品は松山市役所に、新井さんが創作した歌詞は松山市総合コミュニティセンターに展示されている。

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お問い合わせ

松山市ことばのちから実行委員会事務局(松山市総合政策部文化・ことば課内)
住所

愛媛県松山市二番町4-7-2

電話番号 089-948-6952
URL http://www.kotobanochikara.net