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ひな祭りには菱餅、端午の節句には柏餅と、日本では古くから季節の行事に合わせた和菓子を味わう習慣が根付いている。また祝いや供養など、さまざまな行事にも和菓子はなくてはならない存在だ。そんな和菓子につきものなのが、小豆や砂糖などで仕込んだ「餡(あん)」。餅や饅頭、練り切りなど、餡を使った和菓子は種類も豊富。なかには、その土地ならではの素朴で味わい深い「名物和菓子」として受け継がれているものもある。

6月16日は、全国和菓子協会が定めた「和菓子の日」。そこで初夏を迎えた今回、餡を使った「名物和菓子」を生み出している老舗を訪ねて、原料へのこだわりや作り手の想い、その菓子に秘められた物語に耳を傾けた。

左上写真:せいろで蒸しあげた「うすかわまんじゅう」。営業時間中、何回かに分けて蒸しており、店頭には常にできたてが並ぶ
右上写真:「滝の焼餅」は、抹茶やゴマを混ぜた生地もあり、それぞれの風味を楽しめる。注文を受けてから焼いており、店内では熱々をいただくことができる

石鎚山の麓でスポーツクライミング

昔ながらの製法を守る徳島の名物

標高290m、徳島市の中心に位置する眉山。その北麓にあたる大滝山の裾野には、神社仏閣が集まっており、しっとりとした寺町の風情を残している。寺町の奥にある和田の屋 本店の名物は「滝の焼餅」。直径5㎝ほどの薄い餅菓子で、中にはあっさりとしたこし餡が入っている。「滝の焼餅は今から約400年前、蜂須賀家政(はちすかいえまさ)公が阿波藩主として徳島城を築いた際、祝い菓子として藩主に献上された歴史のあるお菓子です」と話すのは、三代目女将の和田英美(ひでみ)さん。

和田の屋 本店は江戸時代に開業した店を戦後に製法も含めて初代が引き継ぎ、この屋号を掲げた。第二次世界大戦の空襲により、焼け野原となった徳島市街にあって、いち早く市民に懐かしい味わいを提供した名店として愛されている。

「滝の焼餅」は3個460円、5個590円。徳島産の発酵茶・阿波晩茶と焼餅3個のセットは780円(すべて税込)

仕込みに使うのは眉山の湧水・錦竜水(きんりょうすい)

明治中頃まで、「大滝山」には三重の塔や料亭などもあり、たいそう賑わっていた。地元では「お滝へ行こう」「滝の山へ行こう」と、界隈での行楽を楽しむ人が多かった。「滝の焼餅」は、その「大滝山」で味わう名物。餅米とうるち米を石臼で挽いて練った生地に、特製のこし餡を包み込んでいる。注文を受けてから鉄板でこんがりと焼き上げ、菊紋の型をギュッと押し付ける。米は徳島産、小豆は北海道十勝産を使っている。生地はゴマ入り、抹茶入りもあり、それぞれの風味が、上品な餡とよく合っている。

生地や餡はもちろんだが、この店には隠れたこだわりがある。それは「水」。生地を練るのにも、小豆を炊くのにも、眉山湧水群のひとつ、錦竜水を使っているのだ。眉山の麓には多くの湧水があり、水道が普及する前は、水売り商人が市内を売り歩いていた。なかでも錦竜水は歴代藩主が愛用した御用水で、江戸時代には水番所を置いて保護していたという。ミネラル分を豊富に含んでおり、今もこの水を汲みに来る人が後を絶えない。和田の屋 本店はその源泉の傍らにあり、湧水を直接引き込んで使用している。

建物の一部が登録有形文化財に指定されている「和田の屋 本店」。その佇まいからも歴史が感じられる
「滝の焼餅」に使われているのは、厳選した徳島産の米と北海道十勝産の小豆

徳島市の中心部にあって風情を感じさせる場所

和田の屋 本店で、面白い話を聞いた。昭和30年から40年代にかけて、「和田の屋でお見合いをするとまとまる」「焼餅を食べれば良縁に恵まれる」という噂(うわさ)が広がり、お見合いの予約がたくさん入っていた。「落ち着いて話せる店の雰囲気が良かったのでしょうか」と推測する。確かに和田の屋 本店は市街地にありながらも、敷地内には滝が流れ落ち、ポルトガルの文人外交官モラエスが愛した黄花亜麻(きばなあま)、桜、新緑など季節の風情を愛でることができる。モラエスは在神戸総領事としての職を辞した後、大正2年から徳島市に住み、『徳島日記』などの著作を残した。黄花亜麻はモラエスが眉山に植えたとされており、今も「モラエスの花」として親しまれている。そんな季節の花々が咲くハレの場であり、蜂須賀公への献上菓子であったという歴史も縁起が良い。この店で縁を結んだ夫婦が、子や孫とともに足を運んで、懐かしい思い出話にふけることもある。初詣や七五三で近隣の神社を訪れた際に、ここで一服する事を楽しみにしている人も多い。近年では、さだまさし氏の小説『眉山』に登場したことから、県外の観光客も増えている。

自然素材だけを使って作られる「滝の焼餅」は、素朴な味わいが何よりの魅力。「この餅は店で味わい、持ち帰って家族で味わう。そんな風に受け継がれて来たお菓子なんです」と英美さん。お見合いの風習こそ少なくなってきたが、徳島の人たちにとって、「滝の焼餅」はこれからも思い出の味として受け継がれていく。

木々に囲まれ、水音が響く庭を望む座敷。かつて、この部屋ではお見合いが盛んに行われていた
餅に押し付ける菊紋の型。「なぜ菊紋の型なのか、その理由は分かりませんが、いかにもお殿様のお菓子らしいですね」と英美さん 
お客さまをおもてなしする女将の英美さん
仕込みに使用されている錦竜水は、和田の屋 本店から徒歩1、2分の水汲み場で自由に汲むことができる。カルシウムやマグネシウムを豊富に含んだ名水だ

お問い合わせ

和田の屋 本店
住所 徳島県徳島市眉山町大滝山5-3
電話番号 088-652-8414
営業時間 10:00〜17:00
定休日 木曜日
駐車場 有り
URL https://wadanoya.com

祖父から仕込まれた技と素材へのこだわり

トロール漁船の基地として知られる港町・八幡浜市は、明治時代に「伊予の大阪」と呼ばれるほど栄えた商業都市であった。明治30年に創業した宮川菓子舗には、当時から作り続けているお菓子がある。小麦粉の薄皮でこし餡を包んで蒸した「うすかわまんじゅう」だ。初代・宮川照太郎は宇和島市で修業をした後、八幡浜市で開業、以降代々その製法を受け継いできた。現在は五代目・宮川知也(ともや)さんが伝統の味を守り続けている。知也さんは製菓専門学校を卒業後、大阪で10年間洋菓子職人として働いた。平成16年に、30歳で帰郷したとき、まず教えられたのが「うすかわまんじゅう」の餡作りだ。当時、四代目の父・憲三(けんぞう)さんは経営者として飛び回っており、主に指南役となったのは祖父の久治(ひさはる)さん。火加減の調整や火止めのタイミングなどを知也さんに伝授した。

久治さんは、和菓子職人として働き始めて間も無く第二次世界大戦で海軍に入隊。大好きなお菓子作りから離れざるを得なかった。幸いなことに九死に一生を得て帰郷することができたという。「そんな辛い体験があったからこそ、平和にお菓子を作れる幸せを感じ、人を笑顔にできることに喜びを見出していたのでしょうね」と知也さん。久治さんは、戦後の食料不足で材料の調達に苦労したことも知也さんに話してくれた。特に記憶に残っているのは昭和27年頃、材料の小豆が高騰したときの話。「ずっと使ってきた北海道十勝産小豆が『赤いダイヤ』と呼ばれるほどの高値になったそうです」と知也さん。しかし、「うすかわまんじゅう」の値段は据え置きにしたので、売れば売るほど赤字になる状況だったが、久治さんは頑として譲らず、この素材にこだわり続けた。

楕円形の生地から、ところどころ餡が透けて見える「うすかわまんじゅう」は1個97円(税込)。贈答用の箱入りもある
八幡浜市・新町商店街を代表する老舗として地元に愛されている宮川菓子舗
三代目の久治さんから五代目の知也さんに「これを使い続けなさい」と厳命された北海道十勝産の小豆

手間暇かかる餡作りは祖父の想いも受け継いで

知也さんが久治さんと一緒に仕事をしたのは5年余り。久治さんは、引退後も時折、店に顔を出すなど、「うすかわまんじゅう」を笑顔で頬張っていたが、平成25年に90歳で他界した。祖父を失い、知也さんはいっそう気が引き締まった。今も知也さんは、祖父から教えられた通りの餡作りを守り続けている。水に浸けておいた小豆を大釜で、煮こぼしながらゆっくり炊き上げる。煮こぼしは3、4回行うが、この工程により渋みやアクが抜けて、ふっくらと炊き上がる。その皮を剥(む)き、砂糖を加えて練り上げたら完成。丸1日かかる作業を、週に2、3回行う。柔らかな餡を皮で包み、ふっくらと蒸しあげたら「うすかわまんじゅう」の完成だ。ずっしりと詰まった餡の上品な甘さ、もっちりとした薄皮の食感も絶妙で、店頭に並ぶやいなや飛ぶような勢いで売れる。

何度も煮こぼし、丁寧に皮を剥いて仕込んだ餡は程よい粘りが出てくる
蒸しあがった柔らかな「うすかわまんじゅう」は一個ずつ、手作業で包装する

『ラッパ節』の時代から今も愛され続ける銘菓

八幡浜市のお年寄りが、「うすかわまんじゅうと言えば…」と、今でも口遊むのが『ラッパ節』。日露戦争が終結した明治38年頃から数年間にわたり全国で歌われた流行歌だが、各地で替え歌も流行ったという。八幡浜市では
という歌詞が歌い継がれた。その由来ははっきりしないが、「明治時代の新聞広告にこの替え歌が掲載されたとも聞いています」と四代目の憲三さんは話す。かつて「うすかわまんじゅう」が、人々の憧れの品であったことをうかがわせるエピソードだ。

そんな歴史ある老舗は、時代に応じて新しいお菓子作りにも挑戦してきた。昭和の半ば、八幡浜市で初めて生クリームを使ったケーキを提供したのもこの店。五代目はパティシエとしての経験を生かし、モダンな洋菓子作りにも取り組んでいる。「うすかわまんじゅうを守りながら、和洋にとらわれず素材の持ち味を大切にしたお菓子で人を笑顔にしたい」と話す知也さん。そこには、久治さんをはじめとする代々の職人魂が確かに受け継がれている。

宮川菓子舗は家族経営。左が知也さん、中央が憲三さん
和菓子と洋菓子が並ぶ店内。いちごショートやロールケーキなどの洋菓子も人気
和菓子と洋菓子が並ぶ店内。いちごショートやロールケーキなどの洋菓子も人気
店内に掛けられているのは、二代目の大吉さんと親交のあった森永製菓の創業者・森永太一郎より贈られた書「終始一貫」
「うすかわまんじゅう」は、全国菓子大博覧会で昭和59年に厚生大臣賞、平成14年に名誉総裁賞など数々の受賞歴がある

お問い合わせ

宮川菓子舗
住所 愛媛県八幡浜市新町4-282-4
電話番号 0894-22-1120
営業時間 9:00〜19:00
定休日 水曜日
駐車場 有り