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岡田さんは自他ともに認める本好き。その読書歴は漫画から始まり、小説や歴史書、エッセイなどを愛読するようになった。手にするのは、新刊ではなく古本。「中学生時代、少ない小遣いのために、安価な古本を探し、読み漁っていました」と話す。大人になってからは、本を喫茶店で読むのが楽しみとなる。常連となった店では、店主らと本談義を交わしたが、そんなふれあいも彼にとってかけがえのないものとなっていった。「半空」は、そんな経験をもとに、本を楽しむ空間を共有したいとオープンした店。店内に並ぶ1,000冊もの本は、岡田さん自身のコレクションがほとんどだ。

ある日、カウンターの片隅で文章を綴る来店客がいることに気付いた岡田さん。「いったい何を書いているのだろう」と気になったが、それを覗きこむ訳にはいかない。本好きの来店客の書いた文章を読んでみたい…。それが「半空文学賞」の原点だ。

「店内に並んでいる本のなかには、お客さまが置いていかれたものもあります」と話す岡田さん
「短編が多いので気軽に親しむことができる」と話す常連さん
看板の横の階段を上がった先にある「半空」

第1回の「半空文学賞」は、「珈琲」をテーマに平成27年9月から来店客に声をかけて募集を開始。翌年1月には、68作品が集まった。岡田さんは募集に際して、随筆や詩、小説などジャンルは問わない代わりにいくつかのルールを設けた。作品は、文字数を気にせず書けるようにA4用紙の片面に収まるものとし、直接お店に持ち込むか、郵送したものに限った。メールによる応募が可能なら、より門戸を広げることはできる。だが、「インターネット環境がない人にも気軽に応募してもらいたいと考えました」と話す。集まった作品は全てファイリングし、来店客が自由に閲覧できるようにした。そして店内に設けた投票用紙で、気に入った作品を推してもらった。来店客が審査員となり、入賞作品を決めたのだ。

「面白かった」「今度は自分も応募したい」という声に押されて、第2回は「音楽」をテーマに、平成28年11月から募集を開始。5カ月の募集期間に97作品が集まった。また第2回は、この取り組みを応援する個人が、コーヒーカップやTシャツなど協賛品を提供。気に入った作品に個人賞を授与した。作品だけではなくスポンサーもカウンターから生まれる…。そんな風に小さな文学賞は歩んでいった。

そして、岡田さんの考え方に賛同する8人の常連客が文学賞実行委員会のメンバーとなり、運営や作品の審査を手伝ってくれることになったのも心強かった。委員のひとり、一柳友子(いちやなぎともこ)さんは、第2回に賞品提供、第3回に作品応募、第4回から実行委員となった。「書き手の年齢もさまざまなら、作品もバラエティ豊か。幅広い方々に文学賞が知られていることに素直に驚きました」と話す。これからも大人の部活動のようなノリで、楽しみながら文学賞に関わっていきたいと考えている一柳さんだ。

歴代の応募作品はファイリングされてカウンターに置かれている。誰もが自由に閲覧することが可能だ
第2回「半空文学賞」では、協賛品も常連さんから募った。協賛品は現金以外ならなんでもOK。お気に入りの本などさまざまな品が寄せられた

「半空文学賞」が広く知られるようになったのは、平成29年11月から「ことでん」をテーマに募集を開始した第3回「半空文学賞 ことでんストーリープロジェクト」。「ことでん」こと高松琴平電気鉄道は、香川県内に3つの路線を持つ鉄道会社。市民や観光客の足として親しまれている。その電車にまつわる話を募集するきっかけも、やはりカウンターだった。

ある日、「ことでん」を利用した岡田さんは、乗客の多くが携帯電話を手にしていることに気付く。「電車に揺られながら気軽に読める物語があれば素敵だな」と考えた岡田さんは、「ことでん」にその思いをメールした。すると、すぐに真鍋康正社長が店にやって来た。実は社長自身も「半空」の常連客だったが、それまでは岡田さんと深く会話を交わす機会はなかった。そこで社長が聞かせてくれたのは、フランスの田舎町の面白い話。私鉄の駅に小説の無料自動販売機があり、1を押すと1分、3を押すと3分、5を押すと5分で読める小説がレシートみたいに印字されるというのだ。「その香川版ができれば」とカウンターで意気投合した二人は、すぐにプロジェクトを具体化させた。

第3回がこれまでと違うのは、入賞作品を冊子にし、瓦町駅など主要な8駅で無料配布したこと。電車の待ち時間や車内で、「ことでん」を題材にした作品を読んでもらいたいと考えたのだ。寄せられた210作品から選ばれた11の入賞作品を掲載した冊子は、1万部が早々に無くなり、現在、さらに1万部の増刷分を駅にて配布中だ。

電車に揺られる時間に気軽に読書を…というきっかけを生んだ第3回「半空文学賞」。作品集を配布している駅を案内するポスターも制作した
ことでん琴平線の仏生山(ぶっしょうざん)駅に置かれたラック。作品集の補充も岡田さんたちが行っている

平成30年に発生した豪雨災害は、全国各地に爪痕を残した。香川県では、丸亀城の石垣が崩落したことに、県民の多くが胸を痛めた。家族とともに丸亀城を訪れた岡田さんは、その惨状に言葉を失った。「何か自分にできることはないか」と考えた彼は、「文学賞で石垣の修復を応援しよう」と決意。丸亀市役所にその話を持ちかけた。

広聴広報課の七座武史(しちざたけし)課長(当時)は、「文学を通じて丸亀城の魅力や丸亀城石垣の現状の情報発信を行えるのは大変有難い話」と快諾。第5回のテーマは「丸亀城」となった。これをうけて丸亀市は、原稿募集チラシ1万部を作成し、企業や丸亀市内の各コミュニティセンター、公共施設に配布し、応募を呼びかけた。また、丸亀城石垣復旧PR館にも作品の応募箱を設けた。さらに梶正治丸亀市長や丸亀市文化観光大使である作家の広谷鏡子(ひろたにきょうこ)さんら、丸亀市ゆかりの方たちも審査員を務めてくれることになった。

令和元年8月から6カ月の募集期間に小説やエッセイに加え、俳句や短歌など、幼児から高齢者まで全国から182作品が集まった。「青春時代の思い出や趣味の歴史研究など、着眼点もさまざま。また丸亀城や石垣を擬人化し、愛情を込めて送られた手紙形式の作品もあり、それぞれの心にある丸亀城への思いに感銘を受けました」と岡田さん。それらを多くの人と共有するべく、1万部発行予定の入賞作品集には、石垣修復の一助となるよう、寄付のための振込用紙を綴じ込みにする。「寄せられた作品は丸亀城の石垣修復へのエール。完全修復への道のりは決して容易ではありませんが、勇気をいただけました」と七座さん。

「半空文学賞」の募集や応募の手法はアナログだが、現在は入賞作のデジタル化、英訳にも取り組んでいる。誰もが知る名作でなくとも、たった一人でいい。読んだ人の救いや喜びになるような作品を。それこそが、カウンターから生まれた小さな文学賞の役割なのかもしれない。

日本100名城および現存十二天守のひとつに数えられている丸亀城
丸亀城の石垣の美しさは特に有名
平成30年の豪雨災害により南西部に位置する帯曲輪(おびぐるわ)石垣と三の丸坤櫓(ひつじさるやぐら)跡石垣の一部が崩落
石垣の修復活動の情報発信拠点として設けられた丸亀城石垣復旧PR館
PR館でも「半空文学賞」の作品募集が行われた(募集は終了)

「半空文学賞」は、手軽に応募できることが魅力。私は第3回に応募し、『石電話』で入賞しました。自分の思いを文章に託し、それを人に読んでもらい、意見を聞けることに喜びを感じています。書き手と審査員、読者の距離の近さもこの文学賞ならではだと思います。

半空文学賞アーカイブ『石電話』の他、第3回入賞作品がご覧になれます。

「第4回「半空文学賞」は、「家族」をテーマにした絵本の原作を募集。岡田さん自身、2人の子を持つ親。お子さんに絵本の読み聞かせをしていた時、あらためて絵本の魅力に気付いた。楽しさやユーモア、言葉遊びにあふれた絵本には、必ず何かの教訓も含まれている。「その教えを子どもたちの心に刻みたい」「子どもたちの心に残る絵本が文学賞から生まれたら素敵だ」と考えたのだ。入賞作の「ぼくのかぞく」は、香川県出身のアーティスト・イワサトミキさんが絵を描き、令和2年4月に書籍化。高松市内の書店などで販売を開始している。

お問い合わせ

珈琲と本と音楽 「半空」
住所 香川県高松市瓦町1-10-18 北原ビル2階
電話番号 087-861-3070
営業時間 13:00〜翌03:00
定休日 日曜日
駐車場 無し
URL https://www.nakazora-award.com
備考 ※営業状況、営業時間等はHPでご確認ください
丸亀城
住所 香川県丸亀市一番丁
電話番号 0877-22-6278(丸亀市文化財保存活用課)
観覧時間 天守9:00〜16:30(入城は16時まで)
休城日 なし
入城料 大人200円、小・中学生100円
駐車場 城内駐車場(無料)、周辺の市営駐車場(有料)
URL https://www.marugame-castle.jp
丸亀城石垣復旧PR館
電話番号 0877-23-2107(丸亀市文化財保存活用課丸亀城管理室)
開館時間 9:00〜16:30
休館日 なし
備考 ※開館状況、開館時間等はHPでご確認ください