正月や祭りなどの特別な日に食卓に並ぶ料理には、食材や調理法で縁起を担いでいるものも少なくない。正月の雑煮であれば、香川県の「餡(あん)もち雑煮(ぞうに)」が有名。砂糖が貴重品であった江戸時代に、「せめて三が日だけでも甘みを」との思いから発祥したと言われており、具材も縁起の良いものが使われている。また高知県土佐清水市の「つわ寿司」は、型で抜くことにより「厄を抜く」という意味合いを持たせている。これらを伝承する人を訪ねて、先人たちが料理に込めた思いを探った。
正月や祭りなどの特別な日に食卓に並ぶ料理には、食材や調理法で縁起を担いでいるものも少なくない。正月の雑煮であれば、香川県の「餡(あん)もち雑煮(ぞうに)」が有名。砂糖が貴重品であった江戸時代に、「せめて三が日だけでも甘みを」との思いから発祥したと言われており、具材も縁起の良いものが使われている。また高知県土佐清水市の「つわ寿司」は、型で抜くことにより「厄を抜く」という意味合いを持たせている。これらを伝承する人を訪ねて、先人たちが料理に込めた思いを探った。
正月に雑煮を食べる習慣は全国に根付いている。これは年神(としがみ)様に、前年収穫した米で作った餅をお供えし、そのお下がりをいただくことから始まったと言われている。
ただし、具材や調理法は土地それぞれに特色があり、なかでも一風変わった雑煮として全国的に知られているのが、香川県の「餡もち雑煮」。主に高松市や坂出市、丸亀市などの平野部の家庭で作られることが多いようだ。江戸時代末期頃から食べられるようになったと言われていて、その発祥には諸説がある。
有力なのは、当時、高松藩で奨励されていたサトウキビ栽培に由来するという説。サトウキビから作られた砂糖(白下糖)は、塩や綿とともに「讃岐三白」と呼ばれて、藩の経済を支える貴重な産品となった。しかし、高価であったため、一般庶民の口に入る機会はほとんどなかった。そこで、おめでたい三が日だけでも…と、砂糖を使った餡を餅にくるんだと考えられている。餅に餡をしのばせたのは、贅沢を大っぴらにしたくないという気持ちがあったのであろう。香川県に近い、徳島県や愛媛県の一部の地域にも、正月に餡もち雑煮を食べる習慣が残っているようだ。
伝統的な餡もち雑煮の作り方は、イリコでダシを取り、甘味の強い白味噌で味付けを行う。具材は餡もちのほか、人参、大根、青海苔を使う。人参は太陽を、大根は月を、そして青海苔は海を表しているという説があり、自然への畏敬(いけい)の念を表現したものともいわれている。また、人参も大根も輪切りにして、餅を含めて丸い食材が丸いお椀に収まることから、「全てを丸く円満に」という願いも汲み取ることができる。
高松市ライオン通商店街にある「甘味茶屋 ぶどうの木」は、平成8年の開業時から餡もち雑煮を提供している。店主の武内イクヨさんは坂出市出身。子どもの頃からこの雑煮が大好きで、正月を心待ちにしていた。「年中、食べられたら、うれしい人がいるかもしれない」という発想から、これをメニューに取り入れたという。
ところが当初はまったく注文が入らず、8年ほどは1日1杯出るか、出ないかという状況が続いた。若い世代には、餡もち雑煮そのものに馴染みが薄くなっていたためだ。また、この雑煮を食べて育った人にも、「あくまでも正月に食べるもの」という認識があったからかもしれない。
そうした状況が一変したのは、平成15年頃。全国放送のテレビ番組で、一風変わった郷土料理として紹介され、物珍しさから「食べてみたい」という観光客が目立つようになった。また、ふるさとを離れた人が帰省した際に、「懐かしい」と立ち寄ることも増えたという。今では1月には60杯以上出る日もあり、それ以外の時期にもコンスタントに注文が入るようになった。
店で出している餡もち雑煮は、武内さんの思い出の味を基本に、よりおいしく食べられるよう工夫を行っている。まず変えたのはダシ。「イリコは味が強くなりすぎるのでカツオダシに変えました」と武内さん。また本来は真っ赤な金時人参を使うのだが、年中味わってもらうために、手に入りにくい時期には西洋人参を使っている。餅は餡から仕込んだ自家製、味噌は地元の味噌蔵から仕入れている。注文を受けてから餅を茹でて柔らかくし、汁を仕立てるため手間はかかるが、「子どもの頃を思い出したと目を輝かせるお客さまを見るとうれしくて。続けてきて良かったと思います」と顔をほころばせる。
近年、「家族にも食べさせたい」という声が寄せられるようになったことから、お土産用の餡もち雑煮を開発。家庭でこの味を再現することができる。今春からはネット販売も予定しており、「全国で讃岐の正月を味わってほしい」と願っている武内さんだ。
住所 |
香川県高松市百間町2-1 |
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電話番号 | 087-822-2042 |
営業時間 |
10:00〜20:00(日曜日は〜16:00) 12月26日〜1月3日 10:00〜18:00 |
定休日 | 月曜日(祝日の場合は翌日)、1月1日、4日 |
駐車場 | 無し |
備考 |
餡もち雑煮690円、お雑煮ランチ900円、お土産用餡もち雑煮(2人前)1,080円、 取寄せ用箱入り餡もち雑煮(4人前)2,380円(送料別) |
高知県の祝い料理につきものの皿鉢料理。その盛り合わせに欠かせないのが寿司だ。山菜や川魚などをネタに見立てた「田舎寿司」、鯖を頭から尻尾まで丸ごと使った「鯖の姿寿司」など、高知県には20数種類もの「郷土寿司」がある。現在では地域を超えて広く味わえるものがあるが、今なおその地域でしかお目にかかれない珍しいものもある。
後者の代表ともいえるのが、土佐清水市の足摺半島の一部で受け継がれている「つわ寿司」。「これを作るのは足摺半島の4集落だけ。なかでも私たちが住む松尾集落のつわ寿司は小ぶりで独特のものなんです」と説明するのは、松尾さえずり会の下田泰子(しもだたいこ)さん。会は観光ガイドなどを通した地域活性化を目的として平成16年に発足し、活動の一つに郷土料理の伝承を挙げた。当初はつわ寿司の販売や調理体験、イベントでの販売などを活発に行っていた。現在は、正月や祭りなどの祝いごとなどで近隣の人から注文があれば製造しているという。
つわ寿司の材料は、酢飯と茹でて刻んだ人参、錦糸卵、人参の葉、ゴマのみ。魚介類の豊富な地域だけに意外な気がしたが、「これは酢飯を味わう料理。それに姿は見えないけれど、魚を使っているんです」と下田さん。酢飯を調味するすし酢には、ゆず果汁、茹でてからほぐしたハガツオの身を加えている。ハガツオは太平洋沿岸などで水揚げされる脂のりの良い赤身の魚。さっぱりとした酢に、ハガツオの旨味が程よいコクとなっているのだ。
つわ寿司の「つわ」は初冬に黄色い花を咲かせるキク科の植物「石蕗(つわぶき)」のこと。海岸近くの岩場などに自生しており、茎は佃煮などの食用にされている。つわ寿司で使用するのは葉の部分で、酢飯の上下をこの葉で挟み、型で抜いた後上の葉は取り除き、下の葉はそのまま残しておく。「こうすると持ちやすいでしょ」と教えてくれたのは、下田さんの相棒の榊原(さかきはら)もとめさん。さらに石蕗の葉には抗菌作用をもつ成分ヘキセナールが含まれており、葉を残すことで傷みにくくなるという利点があるという。
二人は説明をしながら手慣れた様子で、次々とつわ寿司を仕上げていく。先人たちは「型で抜く」工程に、「厄を抜く」との思いも込めた。一つずつ、手作業により型で抜く際に、食べる人の幸いを願っているそうだ。
持ちやすさにこだわっているのには理由がある。船上の漁師が、作業をしながらでも食べやすいためだ。また、足摺半島を行き交うお遍路さんにお接待で振る舞うときに、手づかみで歩きながら食べてもらえる。
今の時代、豪華な寿司はたくさんあるが、白米が貴重な時代、作り手の思いが込められた酢飯をたらふく食べられるつわ寿司は、紛れもないご馳走だったのであろう。
松尾集落は、青い海に迫るかのような急斜面に位置している。住宅はその斜面沿いに建てられており、雄大な太平洋が一望できる。上品に仕上げたつわ寿司は、「木立の間に茜色に染まった空がほのかに見えて、夕日が沈んでいく情景を描いたようにも見えるでしょ」と下田さん。他の地域では重石で固める場合もあるが、この地域では、ぎゅっと押さないことで、酢飯の粒が際立ち、素朴ななかにも奥深い味わいに。今や家庭で作られる機会が、めっきりと減ってしまった。そこで下田さんたちは、松尾集落に住む若い人たちにその製法を伝えることを今後の目標としている。食べる人の幸せを思いながら作るつわ寿司は、今、次世代へと受け継がれようとしている。
①すし酢にゆず果汁、茹でてからほぐしたハガツオの身を加える。ハガツオからダシが出たら、すし酢を濾す
②型に合わせて切った石蕗の葉を底に敷く
③その上に酢飯と具材をのせる
④さらに上にも葉をかぶせ、押し型で軽く押して抜き出す
⑤下の葉を残したまま、温州みかんや文旦等の柑橘類で濡らした包丁で食べやすい大きさに切り分ける
住所 |
高知県土佐清水市松尾 |
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電話番号 | 0880-88-0056 |