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廃校から世界へ体育館で生まれた国産キャビア 廃校から世界へ体育館で生まれた国産キャビア

フォアグラやトリュフと並び、世界三大珍味として知られているキャビアは、キャビアフィッシュとも呼ばれるチョウザメの卵の塩漬け。ロシアやイランが産地として有名だが、近年は乱獲などの影響もあり、天然物は減少の一途をたどっている。そこで注目を集めているのが、キャビアフィッシュの養殖。国内にも複数の養殖場があり、その一つが香川県東かがわ市にある株式会社CAVIC(キャビック)の養殖場だ。ここでは、廃校になった学校を活用した養殖が行われている。

なぜ、東かがわ市でキャビアフィッシュの養殖が行われるようになったのか。そこには郷土への愛情と飽くなきチャレンジ精神が存在していた。

母校を拠点として新しい事業に挑戦

国内のキャビアフィッシュ養殖のきっかけとなったのは、昭和50年代、当時のソ連から日本に生きたキャビアフィッシュが贈られたこと。これが国内数カ所の水産試験場などに譲られ、養殖のための研究が始まった。平成4年には大阪府の民間企業が、日本で初めてキャビアフィッシュの人工ふ化に成功する。また平成23年には、宮崎県でキャビアフィッシュの稚魚の大量生産が実現した。

株式会社CAVIC(キャビック)は、高松市内で内装関係の会社を経営する板坂直樹さんが、平成25年に設立した。「きっかけは、母校の引田中学校が移転のために廃校になったことです」。東かがわ市出身の板坂さんは、「自身が通った学校をこのまま朽ち果てさせてしまうのは辛い、ここを拠点に新しい事業を起こせば、故郷に活気をもたらすことができるのではないか」そう頭を悩ませていた時に思いついたのが、キャビアフィッシュの養殖だ。当時、盛んに報道されていた、宮崎県で稚魚の大量生産が可能になったというニュースを耳にし、それがきっかけになった。また学校の横を流れている川は、いつも水が豊富だったという幼い頃の記憶が蘇り、「この場所なら養殖ができる」との確信も後押しとなった。

とはいえ全くノウハウのない、完全異業種への参入には不安もあった。またキャビアフィッシュから採卵を可能にするのには7年以上の歳月が必要である点もネックになる。だが、そんな不安を振り払うように、板坂社長は養殖設備の準備を進めた。幸い、体育館や特別教室は十分な広さがあり、改装もしやすかった。同時に、国内の先発の養殖業者を視察。教えを請い、着々と準備を進めた。

平成25年5月、体育館に7トン水槽4基を備えた「東かがわ・つばさキャビアセンター」がスタートした。

「東かがわ・つばさキャビアセンター」
「東かがわ・つばさキャビアセンター」は、体育館の床をくり抜いて水槽を整備した。各水槽には地下水がかけ流しになっている
加工に工夫を凝らしてキャビアを主役に

準備期間は短かったが、事業を軌道に乗せるための策は十分に練られていた。第一は購入したキャビアフィッシュの生育年齢を分けたことだ。稚魚だけだと採卵は早くて7年後だが、1年もの、2年ものと生育年齢の異なるキャビアフィッシュを購入することで、最短で翌年から採卵できるようにした。また養殖法は、豊富な地下水を水槽にかけ流しにすることで、常に新鮮な水で魚を育てることができる環境を整えた。これには濾過(ろか)設備を導入するより、コストを抑えられるというメリットもあった。さらに海外産キャビアとの味の差別化を図った。キャビアには「塩辛い」「固い」というイメージがある。これは海外産キャビアが貯蔵性を考えて、加熱処理を施し、高い塩分濃度(7〜15%)で味付けしているためだ。それゆえにキャビアは添え物として扱われていた。「私たちは料理の主役になる生キャビアという方向性を打ち立てたのです」と板坂社長。加熱をせず柔らかな食感を残し、塩分濃度は3%以下とした。口に入れるとふんわりととろけるようなキャビアを目指し、加工や冷却技術を磨いた。

学校施設をなるべくそのままの形で使用している
学校施設をなるべくそのままの形で使用している。懐かしい校舎が保存されていることに、喜ぶ卒業生も多い
かつての理科室を研究・開発室、図書室を会議室、家庭科室を加工室として活用
かつての理科室を研究・開発室、図書室を会議室、家庭科室を加工室として活用
キャビアフィッシュのウロコ
キャビアフィッシュのウロコ。チョウザメの和名は、その形が蝶に似ていることに由来する
海面養殖発祥の地に息づいている先人の知見

CAVICのある東かがわ市引田は、昭和3年、野網和三郎(のあみわさぶろう)が国内で初めてハマチ養殖に成功した地。現在、ハマチ養殖は国内の一大産業となっており、市内には養殖に関する知見を持つ人がたくさんいる。こうした人々が、新たに始まったキャビア生産に興味を持ってくれたことも心強かった。「あそこの水槽の魚は元気がない、水温をチェックしてはどうか」「餌の食いが弱い。給餌(きゅうじ)法を見直してはどうか」など、地域の人が折りに触れて立ち寄り、アドバイスをくれることもあった。海水魚、淡水魚の違いはあれ、経験に裏打ちされた言葉には重みがある。

こうした助言により、大きな危機を乗り越えたことがある。過去には、水槽の水が赤潮のようになってしまったことがあった。慌てたスタッフが、すぐに地域の方に相談したところ、原因は地下水に含まれる鉄分であることが分かった。除去方法について教えを請い、キャビアフィッシュを救うことができた。お陰で魚たちは順調に成長し、毎年、採卵することができている。年々、稚魚を増やすのに合わせて、体育館には大型の水槽を順次増設し、今では創業時の水槽に5基を加えて、50トン水槽9基でキャビアフィッシュを育てるようになっている。

板坂社長
「中学時代、私は水泳部に所属していました。水槽(プール)とはその頃から縁があったのかも(笑)」と話す板坂社長
キャビアフィッシュの管理をしているスタッフたち
日々、キャビアフィッシュの管理をしているスタッフたち。UターンやIターンにより東かがわ市に来た人も多い
一粒ずつ手作業
一粒ずつ手作業で選別するので、粒揃いの商品ができ上がる
鳴門に養殖場を新設東京にはキャビアバーを

平成27年、徳島県鳴門市の養鰻所が売りに出されているという情報をキャッチする。現地を視察した板坂社長は、吉野川水系の伏流水に恵まれている施設で、新たに養殖を始めることを決意し、「鳴門・つばさキャビアセンター」が稼働を開始する。引田と同様に、水はかけ流しとした。二つの養殖場は、地域の雇用拡大にも一役買うこととなった。

翌年、東京都銀座に直営レストラン「17℃(ディセットゥ・ドゥグレ)」を開業する。ソムリエがセレクトしたワインやシャンパンとともに、CAVICのキャビアを味わうことができるバーだ。この店を訪れた料理人が「うちの店で使いたい」と声を掛けてくれ、取引先は一気に増えた。また、平成30年にはアメリカやEUの「HACCP(ハサップ)」を取得。いずれも食品の衛生管理が適正に行われていることの証明である。国産キャビアはこの3年前に輸出解禁となっており、「HACCP」の取得は、海外の販路拡大の後押しとなった。

現在、キャビアフィッシュの養殖数は、引田と鳴門を合わせて12,000尾となった。全ての魚体に埋め込んだマイクロチップで個体管理を行っており、採卵したキャビアの粒の大きさや香りの強さ、柔らかさなどの情報も1尾ごとに全て把握している。これにより、注文主の要望に合わせた商品の提供を可能としている。

銀座キャビア・バー「17℃」
アンティークのオルゴールや食器が飾られた贅沢な銀座キャビア・バー「17℃」。店名はキャビアの採卵に適した温度に由来している
ベステル種とアムール種の2種類の品種
ベステル種とアムール種の2種類の品種を養殖しており、ベステル種はアンデス岩塩、アムール種はロレーヌ岩塩を使用。品種や岩塩、塩分濃度を変えたオーダーメイドキャビアにも1腹単位で対応している
古代魚の一種であるキャビアフィッシュ
古代魚の一種であるキャビアフィッシュ。7年で体長1m以上にも成長する
体長10cm程度のキャビアフィッシュの稚魚
体長10cm程度のキャビアフィッシュの稚魚
味わいや香りなど優れた品質が認められ、「ゴ・エ・ミヨ2020」に掲載された
味わいや香りなど優れた品質が認められ、「ゴ・エ・ミヨ2020」に掲載された
瀬戸内キャビアベステル(15g8,856円)
キャビアフィッシュには、ベステル種※1とアムール種※2の2つの魚種がある。写真は瀬戸内キャビアベステル(15g8,856円)
キャビアフィッシュの種類

※1 ベステル種…チョウザメの中でも最高級のキャビアが採れることで知られるベルーガ(オオチョウザメ)とコチョウザメの交配種。その魚卵は色みが淡く、クリーミーな味わいとされる。

※2 アムール種…チョウザメの原種。その魚卵は大粒でグリーンがかっているのが特徴で、プチプチとした魚卵らしい食感がある。

料理人との絆でさらなる消費拡大を

創業から7年目を迎えた令和2年、ついに稚魚から引田で育ったキャビアフィッシュが採卵の時を迎えた。それと前後して商品名を「瀬戸内キャビア」とした。この年にはもう一つ嬉しいニュースが舞い込んできた。ミシュラングルメガイドと同じくらいの影響力を持つフランス発祥のレストラン・ガイド「ゴ・エ・ミヨ2020」のテロワール賞を受賞したのだ。掲載されるのは飲食店が中心だが、1冊で2件だけが「食材」として取り上げられる。その一つに「瀬戸内キャビア」が選ばれた。

これをきっかけに、これまで以上に多くの料理店から注文が舞い込み、受賞記念イベントを企画していた矢先、コロナ禍が襲いかかる。板坂社長は取引先の料理人たちに気遣いの電話をかけた。するとある有名シェフが、「そちらも大変だろう。キャビアの自宅需要を増やすために、手助けをしたい」と申し出てくれた。個人消費の拡大も視野に入れていた板坂社長にとっては願ってもない話だ。シェフたちは家庭でも調理しやすいサンドイッチをテーマに、仲間の料理人に声をかけてくれた。CAVICのもとには、55ものキャビアサンドイッチのレシピが集まり、それを自社ホームページで公開した。和洋中、日本を代表する料理人が応援してくれている、その事実に板坂社長はもちろん、現場で汗を流すスタッフたちも胸を熱くした。

順風満帆とも見えるこれまでの歩みだが、「私はしんどいときこそ、ファイトが湧いてきます。コロナ禍もしかり。この状況をなんとかしようという反骨精神が、支えになっています」と板坂社長。そんな板坂社長の祖父は漁師だった。異業種から養殖業に乗り出した彼のなかには、自然と向き合いながら、魚とともに生きた祖父の魂が息づいているような気がした。

CAVIC社のホームページより
CAVIC社のホームページより
著名なシェフや料理家が「瀬戸内キャビアを応援したい」と考案した家庭向けレシピは、同社のホームページにて公開中
https://www.cavic.jp/recipe/

お問い合わせ

株式会社CAVIC
住所 東かがわ・つばさキャビアセンター香川県東かがわ市引田1850-2
電話番号 0879-33-3113
ラメゾン・ドゥ・キャビア 17℃(ディセットゥ・ドゥグレ)
住所 東京都中央区銀座8-15-5
電話番号 03-6264-7234
営業時間 18時〜LO26時 営業時間は変更している場合があります
定休日 日曜日、祝日