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「岬の宝」を探して佐田岬半島を旅する(愛媛県伊方町) 「岬の宝」を探して佐田岬半島を旅する(愛媛県伊方町)

四国最西端に位置する愛媛県伊方町の佐田岬半島は全長約50㎞、最も幅が狭い部分は800mという日本一細長い半島。北は瀬戸内海、南は宇和海に面しており、中央には300m級の山脈が続いている。平地は海辺のわずかな場所にしかなく、海岸線はリアス式の複雑な形状だ。半島には様々な見どころがあるが、観光地を巡るだけではなく、集落に立ち寄り、伝統や文化にふれることで、その魅力は無限大に広がっていく。そこでこの地で暮らす人たちの案内を受けながら半島の隅々まで旅をした。

01/1918年(大正7)に点灯してから100年以上、航行する船を見守っている佐田岬灯台。2017年(平成29)には国の登録有形文化財に指定された。灯台のある岬の先端まで遊歩道が整備されている
02/「3D映像でのバーチャル体験や、伊方発電所(原子力)の中央制御室などを模型でご覧いただけますよ」と話す「伊方ビジターズハウス」の見勢館長
03/細長い地形がわかる佐田岬半島の航空写真(写真提供/伊方町)
04/灯台の西にある御籠(みかご)島の岩壁に残る大日本帝国陸軍の砲台跡。長く放置されていたが、2017年(平成29)に一部が観光用に整備された
05/美しくライトアップされた「大久(おおく)展望台」
06/伊方町は、かつて全国で活躍した酒造りの技術者「伊方杜氏」のふるさと。杜氏集団として四国で最も古く、日本でも有数の伝統を誇っていた。役場近くには歴史ある酒蔵もある
07/灯台点灯100年を記念して整備された御籠島のモニュメント。撮影スポットとしても人気
08/急斜面に整備された段々畑は、防風林によって覆われている
09/1921年(大正10)に国の天然記念物に指定された「三崎のアコウ」
10・11/大分県佐賀関港までを結ぶフェリーが就航している三崎港横の観光交流拠点施設「佐田岬はなはな」。レストランも整備され、名物は新鮮なしらすや海の幸がてんこ盛りになった「大漁丼(伊勢海老丼、4,500円)」
12/加周池の別名もある「亀ヶ池」。ここで大ガニが暴れたという伝説もある
船蔵が語りかける移動手段の歴史 船蔵が語りかける移動手段の歴史

かつて佐田岬半島には、海岸沿いの入江に50以上の集落が点在していた。集落間は急峻な山に阻まれているため陸路での移動が困難であることから、人々の移動手段には小さな船が使われていた。「船は漁にも使われましたが、今でいうマイカーのように使うことも多かったようです。そのため、海岸沿いにはたくさんの船蔵が造られていました」と話すのは、伊方町唯一の博物館「町見(まちみ)郷土館」の学芸員である髙嶋賢二さん。

船に頼る生活は、八幡浜市から伊方町三崎までの県道(後の国道197号)が開通する1958年(昭和33)まで続いた。ただし、この県道は山腹に沿った狭く曲がりくねった道。「運転がしにくいことから、『行くな(197)線』と呼ぶ人もいたそうですよ」と髙嶋さん。そうした状況を打開すべく、10年の歳月をかけて、1987年(昭和62)に半島の付け根から先端までの稜線を走る新しい国道が開通した。この道は見晴らしが良く、快適なドライブを楽しめることから「佐田岬メロディーライン」の愛称が付けられた。開通をきっかけに、半島に暮らす人々の利便性も大きく向上。多くの観光客も足を運ぶようになったが、今も一部の地域に残っている船蔵が、かつての暮らしを物語っている。

大佐田地区に残っている船蔵。現在は倉庫やガレージとして使われているところも見受けられる
名取の石垣。急斜面で暮らすために、大きさも形も違う石を巧みに組み合わせて築かれたもの
石垣や大草履など訪ね歩きたい風物 石垣や大草履など訪ね歩きたい風物

香川県出身の髙嶋さんは、2002年(平成14)に「町見郷土館」の学芸員となった。「ここに住むようになり19年が過ぎましたが、今なお発見と驚きの連続です」と話すように、佐田岬半島には独特の景観や風習が根付いている。

まず髙嶋さんが驚いたのは、集落の石垣。急斜面が多い半島では、石垣を築いて家や畑、生活道路を整備している。石垣に用いられているのは緑色片岩や黒色片岩などで、山で採れる角ばったものや、海辺で採れる丸みのあるものなど様々。中でも「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」に選ばれた「野坂の石垣」、石灰岩が混じった「名取の石垣」は風情があり、撮影スポットとして人気だ。「それ以外にも石垣は随所で見られ、地形に合わせて積み方の工夫がなされており、石垣の間から植物が顔をのぞかせている場所もあります」と髙嶋さん。石垣を観察しながら散策するのも楽しい。

また、髙嶋さんが面白いと着目しているのは、現在も20以上の集落で受け継がれている「オオヒト様の草履」という風習。毎年1〜3月、集落の玄関口には真新しい大きな草履が掲げられる。これには「わが村には、この草履を履くような巨人が住んでいるぞ」という意味があり、魔除けの願いを込めて作るもの。「半島では水田は柑橘畑へと転作され、今は稲作がほとんど行われていません。わざわざ藁を他の地域から入手し、この風習を続けていることに感動しています」と、住民の集落への愛情を感じている。

海や山が織りなすダイナミックな景観だけではなく、こうした営みの風景も佐田岬の魅力といえよう。

伊方町役場近くのお堂にある大草履。集落の玄関口に掲げるおまじないのようなもの。今なお受け継がれている独特の習わし
佐田岬マップ
伊方町の代表的な農産物である柑橘類と瀬戸の金太郎芋
道の駅瀬戸農業公園の名物「金太郎いもアイス」
「町見郷土館」には、歴史や民俗に関わるさまざまな展示物が収集されている。かつて半島には小規模な鉱山が40カ所以上もあり、明治末期から大正初期にかけて盛況を極めた。展示された採掘道具は、当時のことを語りかけている
佐田岬民俗ノート
「岬を歩いて聞いた話、出会った風物を一冊の本(「佐田岬民俗ノート1」)にまとめました」と話す髙嶋学芸員。本は「町見郷土館」などで購入可能(800円)

お問い合わせ

町見郷土館
住所 愛媛県西宇和郡伊方町二見甲813-1
電話番号 0894-39-0241
開館時間 9:30~16:30
休館日 月曜(祝日の場合は翌日)、年末年始
入館料 大人100円、小・中学生50円
駐車場
「裂織(さきお)り」と伊方町の魅力に惹かれ移住 「裂織(さきお)り」と伊方町の魅力に惹かれ移住

先人たちの慎ましい暮らしぶりを知ることができるのは「裂織り」の文化。これは縦糸に木綿や麻、横糸に古着の布を裂いたものを使用した伝統的な織物で、1960年(昭和35)代の初めまでは、仕事着や外出着として重宝されていた。「私も子どもの頃に裂織りを身につけていました。多くの家庭に織り機があったと記憶しています」と話すのは、半島で生まれ育った小林文夫さん。着古した衣類を無駄にしないために生まれた技法と考えられている。

ところが移りゆく時代の中で、裂織りはいつしか姿を消してしまった。「この伝統を絶やすわけにはいかない」と考えた小林さんは、1995年(平成7)頃から各家庭に眠っていた裂織りや織り機を集め始めた。やがて「裂織りを復活させよう」と2002年(平成14)、仲間とともに「佐田岬裂織り保存会」を結成。廃校となった三崎町立大佐田小学校に「三崎オリコの里 コットン」を開いた。「自分たちで裂織りを作るだけではなく、体験や指導を行うことで裂織りを未来へと継承しようと考えたのです」と話す。

ここではテーブルセンターやタペストリー、バッグ類など現代風の作品を生み出しており、体験は観光客からの評判も上々。そんな観光客のひとりで、2018年(平成30)に広島県から体験にやってきたのが、橋田豊代(とよ)さん。「人の力でできるリサイクルの素晴らしさはもちろん、伊方町の自然、小林さんをはじめとする地元の方の優しさ。その全てに惹かれました」と話す。その印象が余りにも強く、橋田さんは滞在わずか4時間で、伊方町への移住を決めた。「まさか…とこちらもびっくり。でも数カ月後、彼女は本当に引っ越してきたんですよ」と小林さんは笑う。

移住後、地域おこし協力隊員として裂織りに取り組み、地域に溶け込んだ橋田さんは、伊方町で会社を立ち上げ、移住者支援も始めた。社名の「コーロク」は、地域に根付く助け合いの精神を表す言葉「合力(こうろく)」から命名。「裂織りはもちろんですが、小林さんたちに教えてもらった助け合いの精神を伝えていきたい」と橋田さんは瞳を輝かせる。

「糸の使い方でいろんなデザインを生み出すことができます」と話す小林さん(左)
こぢんまりとした可愛い小学校を活用した「三崎オリコの里 コットン」。製品の販売も行っている
小林さんが集めた明治時代の織り機。修理を施して使えるようにしたという
祖父と孫のように仲睦まじい二人。「小林さんの人柄に引き寄せられました」と笑う橋田さん(左)
裂いた布をボール状にまとめた横糸。浴衣地、手ぬぐい、絣(かすり)生地。いろんな生地が出番を待っている

お問い合わせ

三崎オリコの里 コットン
住所 愛媛県西宇和郡伊方町井野浦21
電話番号 0894-54-2225(佐田岬ツーリズム協会)
体験受付 2日前までに要電話予約
体験料 作品によって異なる(テーブルセンター2,500円ほか)
駐車場
恵まれた食材、その魅力を多くの人に 恵まれた食材、その魅力を多くの人に

日当たりの良い斜面で行われる柑橘栽培をはじめ、佐田岬半島は食の宝庫でもある。特に漁業においては、カタクチイワシの稚魚を水揚げするしらす漁、男性が素潜りでサザエやアワビ、伊勢海老を採る海士(あまし)漁が有名だ。いずれも江戸時代からの歴史を誇っている。また、この海で水揚げされるあじやさば、真鯛は、コリコリの歯応えが自慢で、料理人から指名買いされるほどの人気の品。

「いずれも半島先端の沖合、激しい潮流が渦巻く速吸瀬戸(はやすいのせと)が漁場」と話すのは、伊方町生まれの料理人・宇都宮圭さん。速吸瀬戸は栄養が豊富な海域で、瀬に住み着いた魚は脂のりも上々。さらに潮流で揉まれることで身が引き締まり、歯応えも良くなる。宇都宮さんはその極上の食材を自身が経営する「まりーな亭」で提供し、観光客を喜ばせている。「これほどの食材を扱えるのは料理人冥利に尽きます」と顔をほころばせる。

そんな食材の魅力を地域の若者たちにも味わってほしいと、昨年から愛媛県立三崎高等学校の総合学習活動「カフェ班」に協力している。生徒たちは月に1回、「まりーな亭」を借りて「みさこうカフェ」として営業。宇都宮さんはメニュー開発から調理、接客まで、高校生たちの店舗運営をサポートしている。「こうした活動により生徒たちが地元の食材への理解を深め、『おもてなし』を通じて地域の人たちとのふれあいを楽しんでほしい」と願っている。

北に瀬戸内海、南に宇和海、先端には白亜の灯台。たくさんの観光スポットがある日本一細長い半島には、この地を愛するたくさんの人たちが暮らしている。

左/地魚などを贅沢に使った「三崎の海のお友達丼(1,550円)」と、じゃこコロッケ、じゃこ天、太刀魚巻焼が盛り合わせになった「じゃこミックス(700円)」
右上/モダンな雰囲気の「まりーな亭」
右下/丸々とした佐田岬のあじとさば
「みさこうカフェ」の営業のために集まった「三崎高校カフェ班」の部員。カフェ以外にもさまざまな活動を行っている
和食やイタリアンの修業をした宇都宮シェフ。「岬にきた人に満足いただける料理を提供したい」と話す

お問い合わせ

まりーな亭
住所 愛媛県西宇和郡伊方町三崎589
電話番号 0894-54-0527
営業時間 11:00~20:00(LO19:30)
定休日 不定休
駐車場
URL http://marinatei.bona.jp

※各施設の営業状況、営業時間はHP等でご確認ください。撮影のためマスクを外しています。