隈さんと梼原町を結びつけたのは、木造の芝居小屋「ゆすはら座(梼原公民館)」。大正時代に流行した和洋折衷様式の流れを汲む貴重な建物であったが、建築から約40年を経た頃、老朽化などを理由に取り壊しが検討されていた。その保存運動に関わっていた高知県在住の一級建築士・小谷匡宏(おだにただひろ)さんが、交流のあった隈さんに「ぜひゆすはら座を見てほしい」と依頼。隈さんは1987年(昭和62)に梼原町を訪ねた。
木組みの美しさとそれを成し得た技術に圧倒された隈さんは、ゆすはら座の保存運動に力を貸すことを決意。そして、それまでに手がけてきた装飾的なモダン建築の対極にあるようなこの建物との出会いは、建築家人生の大きな転機となった。隈建築の特徴である「木」へのこだわりは、ここから始まったのだ。
隈さんを惹きつけたのは木造建築だけではない。梼原町の豊かな自然、そこで暮らす大らかでたくましい人々。この町に魅せられた隈さんは、しばしば足を運ぶようになり、町民たちとの交流を深めていった。