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「雲の上の町」で出会う 風土と調和した隈研吾建築(高知県梼原町) 「雲の上の町」で出会う 風土と調和した隈研吾建築(高知県梼原町)

四国山地の西端に位置する高知県梼原(ゆすはら)町は、面積の9割以上を森林が占めており標高が高く自然豊かな町。その地理的条件から「雲の上の町」と言われており、森林リゾートを満喫したい観光客から人気だ。

そしてここは、「国立競技場」など著名な建築物を手がけた建築家・隈研吾さんが設計した6つの建物がある町でもある。いずれも隈建築の特徴である木の使い方が巧みで、梼原町の自然と調和した美しい建物として、建築ファンから注目を集めている。

隈さんと梼原町の関わりを振り返り、それぞれの建物の魅力に触れながら町を巡った。

雲の上のギャラリー(木橋ミュージアム)
「隈研吾の小さなミュージアム」を兼ねた「雲の上のギャラリー(木橋ミュージアム)」。外部から木橋を眺めたり、渡り廊下棟を歩いたりして隈建築を体感できる
「ゆすはら座」との出会いが建築家としての転機に

隈さんと梼原町を結びつけたのは、木造の芝居小屋「ゆすはら座(梼原公民館)」。大正時代に流行した和洋折衷様式の流れを汲む貴重な建物であったが、建築から約40年を経た頃、老朽化などを理由に取り壊しが検討されていた。その保存運動に関わっていた高知県在住の一級建築士・小谷匡宏(おだにただひろ)さんが、交流のあった隈さんに「ぜひゆすはら座を見てほしい」と依頼。隈さんは1987年(昭和62)に梼原町を訪ねた。

木組みの美しさとそれを成し得た技術に圧倒された隈さんは、ゆすはら座の保存運動に力を貸すことを決意。そして、それまでに手がけてきた装飾的なモダン建築の対極にあるようなこの建物との出会いは、建築家人生の大きな転機となった。隈建築の特徴である「木」へのこだわりは、ここから始まったのだ。

隈さんを惹きつけたのは木造建築だけではない。梼原町の豊かな自然、そこで暮らす大らかでたくましい人々。この町に魅せられた隈さんは、しばしば足を運ぶようになり、町民たちとの交流を深めていった。

梼原町の歴史や文化を投影させたデザイン

隈さんに町の活性化に繋がるような建物を造って欲しい…。そんな気運が町民の間で高まり、隈さんは建築家人生で初めて木造建築を手がけることになった。それが1994年(平成6)に完成した「雲の上のホテル」。梼原町の千枚田や雲からイメージを膨らませた。斬新でありながら周囲の景観にしっくりと馴染む建物からは、梼原町に対する愛情と敬意が感じられる。また、内部の装飾や照明器具には、町在住の手漉き和紙作家であるロギール・アウテンボーガルトさんの作品を採用した。

「このホテルは『雲の上の町・梼原町』を全国に知らしめるという大きな効果を生み出しました。その成功が次の建物へと繋がったのです」と話すのは、ゆすはら雲の上観光協会の来米修作(くるめしゅうさく)事務局長。

2006年(平成18)には隈さんの設計により梼原町総合庁舎の建て替えが行われた。外観には、杉パネルをモザイク状に配置。内部のエントランスは組柱と重ね梁により、複雑な木組みとなっている。

2010年(平成22)には「まちの駅『ゆすはら』(雲の上のホテル別館 マルシェ・ユスハラ)」、「雲の上のギャラリー(木橋ミュージアム)」も誕生した。

「隈さんの建物が、この町に多くの人を呼び寄せています」と話す来米事務局長(中央)らゆすはら雲の上観光協会のスタッフ
「隈さんの建物が、この町に多くの人を呼び寄せています」と話す来米事務局長(中央)らゆすはら雲の上観光協会のスタッフ 
2階の桟敷席や格天井(ごうてんじょう)など、木組みの美しさを見ることができる「ゆすはら座」内部
2階の桟敷席や格天井(ごうてんじょう)など、木組みの美しさを見ることができる「ゆすはら座」内部。高知県内に唯一現存する木造の芝居小屋だ
雲の上のホテル
雲の上のホテル
飛行機の翼のような屋根は雲を、建物前の半円形の池は千枚田をイメージ

飛行機の翼のような屋根は雲を、建物前の半円形の池は千枚田をイメージ。西日が差す大窓はドラマチックな夕日が眺められる。客室のベッドやアメニティも隈さんが監修した。

(レストランはビジター利用可・宿泊は予約制、営業は今年9月末まで)

リニューアルのため10月から休業

梼原町総合庁舎
梼原町総合庁舎
設計当時、隈さんが教授を務めていた慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科との共同作品

設計当時、隈さんが教授を務めていた慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科との共同作品。入り口の大型スライディングドアは前面開放でき、心地よい風を建物内に呼び込む。エントランス中央には、おもてなしの場として町内に残る「茶堂」をしつらえた。

(開庁時は見学自由)

まちの駅「ゆすはら」(雲の上のホテル別館マルシェ・ユスハラ)
まちの駅「ゆすはら」(雲の上のホテル別館マルシェ・ユスハラ)
道路側に面した外壁は茅葺(かやぶき)になっている。これは「茶堂」の屋根に倣ったもので、通気性・断熱性にも優れている。

道路側に面した外壁は茅葺(かやぶき)になっている。これは「茶堂」の屋根に倣ったもので、通気性・断熱性にも優れている。町内在住の茅葺職人の技が活かされた。館内に林立する杉の丸太柱は森をイメージ。

(まちの駅の営業時間8:30〜18:00、宿泊は予約制)

雲の上のギャラリー(木橋ミュージアム)(隈研吾の小さなミュージアム)
雲の上のギャラリー(木橋ミュージアム)(隈研吾の小さなミュージアム)
雲の上のホテルに増築され、渡り廊下棟、ギャラリー棟、ブリッジ棟から成る。渡り廊下棟は、軒を支えるための日本の伝統工法である「斗栱(ときょう)」をモチーフにした。構造には「やじろべえ型刎橋(はねばし)」という架構形式を採用。世界でも類を見ない建築となっている。

雲の上のホテルに増築され、渡り廊下棟、ギャラリー棟、ブリッジ棟から成る。渡り廊下棟は、軒を支えるための日本の伝統工法である「斗栱(ときょう)」をモチーフにした。構造には「やじろべえ型刎橋(はねばし)」という架構形式を採用。世界でも類を見ない建築となっている。

(開館10:00〜16:30、入館料大人200円、中学生以下・65歳以上100円)

今年10月以降は外観のみ見学可

独自のコンセプトで生まれた図書館

梼原町の隈建築で、ひときわ大きな話題となったのは、2018年(平成30)5月に開館した「梼原町立図書館(雲の上の図書館)」。図書館としては珍しく、入り口で靴を脱いで入館する。来館者は素足で木の床の感触を楽しむことができるのだ。そして、建物に足を踏み入れた瞬間、目に飛び込んでくるのは、森を思わせる無数の木組み。これは四叉菱格子(よんさひしごうし)と呼ばれる工法で、その一本一本に荷重を分散させることで、高い耐震性を備えている。

晴れた日には窓を開け放すことで、木漏れ日のような自然光が館内に降り注ぎ、吹き抜ける風が心地よい。緩やかな勾配の階段は千枚田のようで、ふんだんに使われた県産の杉やヒノキの香りからも「高知」を感じることができる。

図書館の隣には、同時期に施工された「梼原町複合福祉施設YURURIゆすはら」がある。2つの建物は、ともに町産の杉の化粧材により外観デザインを連動させており、伸びやかな屋根のラインは梼原町の山並みを思わせる。

梼原町立図書館(雲の上の図書館)
梼原町立図書館(雲の上の図書館)
「梼原の森」をデザインのヒントに、幹と枝を模した無数の木組みが施されている。

「梼原の森」をデザインのヒントに、幹と枝を模した無数の木組みが施されている。フロアには千枚田のような起伏があり、ベンチや本棚を兼ねている。お喋りをしても良い図書館として、大らかに来館者を迎え入れている。(開館9:00〜20:00、火曜・毎月最終金曜休館、臨時休館あり、入館料無料)

梼原町複合福祉施設YURURIゆすはら
YURURIゆすはらの外観
隣接する図書館の屋根と連動したラインは、梼原町の山並みを思わせる。また背後にある山の景観を阻害することのないように計算されている。内装にはロギールさんの手漉き和紙などの自然素材を採用し、温かみに満ちた雰囲気(外観のみ見学可)
町民が案内人となりより深く魅力を発信

隈さんが「国立競技場」の設計者に選ばれたことにより、「梼原町で隈建築を巡る旅をしよう」という人が目に見えて増えてきた。そこで昨年、「雲の上のギャラリー」の一角に整備されたのが、建築模型などの資料を展示した「隈研吾の小さなミュージアム」。この開館に合わせて、ゆすはら雲の上観光協会では、「梼原と隈研吾建築案内人」事業をスタートした。これは町民が案内人となり、ゆすはら座と町内6つの隈建築を案内するというもの。飲食店を経営する西川豊正さんは、「建物を巡りながら風物にも触れて、町のファン作りに繋げたい」との思いで、案内人に立候補した。申し込みは数カ月先まで予約が入っているほどの盛況ぶり。隈建築だけではなく、自然や人の魅力にも触れることができるツーリズムとして人気を呼んでいる。

そして今、新たなプロジェクトも進行中だ。それは隈建築第1号である「雲の上のホテル」のリニューアル。今年秋から着工し、2024年(令和6)のオープンを予定している。新しいホテルは延べ床面積も部屋数も現在の約3倍に増え、より多くの人を迎え入れることができる。「今度はどんな建物になるのか、私たち町民も楽しみ」と話す西川さん。多くの人が、その完成を心待ちにしている。

「梼原と隈研吾建築案内人」を務める西川さん
「梼原と隈研吾建築案内人」を務める西川さん。建築について学び、観光客に隈建築と梼原町の魅力を伝えている

梼原町観光全般についての問い合わせ・「梼原と隈研吾建築案内人」申し込み

一般社団法人ゆすはら雲の上観光協会
住所 高知県高岡郡梼原町梼原1426-2
電話番号 0889-65-1187
営業時間 9:00~17:00
休み 無休
ガイド料 ガイド1人につき3,000円
(ガイド1人につき10人が目安、隈研吾の小さなミュージアムチケット代込み)
備考 申し込みは2週間前まで
建築家 隅 研吾さん
初心に還らせてくれた「物差しのような場所」
建築家 隅 研吾さん

初めて梼原町を訪ねたとき、長いトンネルを抜けるとパッと別世界が現れたという不思議な感覚を抱きました。当時の私は「今後、自分はどんな建物を造ったらよいのか」と悩んでいました。それを払拭してくれたのが「ゆすはら座」。地域の人たちの建物への愛情と木造建築の素晴らしさを肌で感じ、自分がやるべきことの答えを見つけることができました。そして、足しげく梼原町へと通ううちに、当時の町長さんが「公衆トイレを設計してみますか」と声をかけてくれました。施主や職人さんと話し合いながら進めたその仕事が実に楽しくて、それが「雲の上のホテル」に結びついたのです。

この町は私を初心に還らせてくれた場所であり、仕事で迷いが生じたときにはここで感じたこと、得た知恵を判断基準にしてきました。後に私は梼原町を「物差しのような場所」と呼ぶようになったのはそんな経緯があるからです。

町内の6つの建物は、「木」という共通点がありますが、環境や用途、そして自分の考え方の変化により、それぞれに個性を持っています。たとえば庁舎は、風が吹き抜けるように前面の開放が可能。風が通る空間は気持ちが良く、気持ちの良い空間には人が自ずと集まってきます。図書館は私自身、裸足が好きで、本を読むときは地べたに座って読みたい、寝転がって読むのもいいなぁと思ったのが発想の原点です。梼原町での経験は、「国立競技場」にも活かされています。屋根を支える集成材は、「雲の上のギャラリー」の木橋で使用したのと同じ30cmのセイ※がある小さめの集成材。人にとってやさしいスケールのものを組み合わせて屋根を支えることで、心地よさが生まれることを学ばせてもらったからなのです。

新しい「雲の上のホテル」は、客室やレストランなどそれぞれの場所にふさわしい景観や居心地を生み出すために、配置を工夫しています。今後、梼原町に足を運ぶ機会も増えそうですから、ロギールさんや農家民宿の上田さん、たくさんの人たちと再会できる日を楽しみにしています。
※セイ…部材の高さを示す言葉

雲の上のホテルがある「道の駅 ゆすはら」の公衆トイレ
雲の上のホテルがある「道の駅 ゆすはら」の公衆トイレ
現在計画中の新ホテルの完成予想図(提供/隈研吾建築都市設計事務所)
現在計画中の新ホテルの完成予想図(提供/隈研吾建築都市設計事務所)
手漉き和紙作家のロギールさん
「隈さんとの出会いで、新しい和紙の表現に挑戦することができました」と話す、手漉き和紙作家のロギールさん
農家民宿「いちょうの樹」の女将の上田知子さん
「隈さんは同行してきた大学の教え子や町民と、うちの囲炉裏を囲んで過ごしていました。とても気さくな方」と話す農家民宿「いちょうの樹」の女将の上田知子さん
「ゆすはら座」との出会いが建築家としての転機に

※撮影のためマスクを外している場合があります