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さぬき味探訪「伊吹いりこ」と「釜揚げいりこ」「純手打うどん」香川県観音寺市 さぬき味探訪「伊吹いりこ」と「釜揚げいりこ」「純手打うどん」香川県観音寺市

 香川県の食の名物といえば、さぬきうどん。しっかりコシのある麺とともに、いりこ出汁(だし)のかけ汁も味わいの特徴となっている。多くのうどん店が使用しているのが、観音寺港の沖合約10㎞に浮かぶ伊吹島近海で捕れるカタクチイワシを釜で茹で、乾燥させた「伊吹いりこ」だ。伝統的な漁法と漁獲から加工までを一貫して行うスピーディな加工により、昔ながらのおいしさを守っている。

 そんな伊吹いりこのおいしさの秘密を探るべく、伊吹いりこに関わる人たちを訪ねた。経験豊富な目利き人、新たな付加価値を生み出そうと奮闘する人、そして純手打うどんの職人。そこには「香川の食文化を未来へとつなげたい」という熱い思いがあった。

漁

1_漁は6月〜9月が最盛期で、時期により水揚げされるイワシの大きさは異なる。最初に揚がるのは、産卵を終えた大きなイワシだ※

2_2隻の漁船が並走しながら網にイワシを追い込む様は圧巻※

3_一気呵成に網を引き上げる漁師たち。漁は1日に7回から10回ほど繰り返す※

4_伊吹いりこの原料であるカタクチイワシ。新鮮な原料は、黒く澄んだ目が特徴※

5_伊吹いりこ指定業者が吟味した伊吹いりこ

6_販売店の一つである高田海産では100gから量り売りで購入可能

7_機械に一切頼らない「純手打」。麺はしなやかで喉ごしが良い

8_伊吹いりこを贅沢に使った出汁は、旨みが濃厚でありながらキレが良い


※は撮影者:おおにしちひろ

地の利と目利きでブランド価値を生み出す

「煮干し」とも呼ばれる「いりこ」は、マイワシやカタクチイワシ、ウルメイワシ、マアジの加工品の総称。「香川県のいりこはほぼ100%カタクチイワシ(以下:イワシ)を使用しています。中でも伊吹島近海で水揚げされたイワシでつくる『伊吹いりこ』は、味が良く、日本一と自負しています」と話すのは、いりこの目利きをして50年のキャリアを誇る高田海産株式会社の高田雅夫社長。

伊吹島のイワシ漁は6月中旬に始まり、9月初旬には終漁となる。漁法は、2隻の漁船の間に全長300mの網を張り、魚群を追い込んでいく「イワシ機船船びき網漁業(通称・パッチ網)」。現在は15軒の網元が、この伝統的な漁に取り組んでいる。

伊吹いりこが市場で高い評価を得ている理由は3つ。1つ目は漁場の良さ。漁場である燧灘(ひうちなだ)東部は、潮の流れが穏やかで、古くからイワシの好漁場として多くの水揚げを誇っている。

2つ目は、漁場と加工場の近さ。イワシは鮮度落ちが早いため、素早く加工することが求められる。伊吹島では漁師自らが加工を行っており、漁獲したイワシを高速運搬船で各網元の加工場に運び、水揚げから約30分という短時間で釜茹で。その後5〜10時間ほどかけて乾燥させている。

3つ目は、高田さんら指定業者による確かな目利き。指定商社は全部で9社あり、品質を見極めながら値付けを行う。「背の部分が白い白口(しろくち)で、鱗(うろこ)が付いた『銀つき』が最上級品とされています」と高田さん。

伊吹漁業協同組合では、そのブランド価値を守るために、特許庁に地域団体商標(地域ブランド)の申請を行った。2011年(平成23)にこれが認められ、現在は伊吹島の沖合で漁獲されたイワシを伊吹島で加工し、漁協が取り扱ったものだけが「伊吹いりこ」と呼ばれる。「生産者と販売業者が、力を合わせてそのブランド価値を守り続けます」と高田さんは力強く語った。

漁船は燧灘を走りながら網の先端部へとイワシを追い込んでいく※
漁船は燧灘を走りながら網の先端部へとイワシを追い込んでいく※
漁船から高速運搬船に移したイワシは、フィッシュポンプを使って加工場に直送※
漁船から高速運搬船に移したイワシは、フィッシュポンプを使って加工場に直送※
加工場ではイワシをセイロに載せて沸騰したお湯で3〜5分程度茹でる。その後、時間をかけてカラリと乾燥させる
加工場ではイワシをセイロに載せて沸騰したお湯で3〜5分程度茹でる。その後、時間をかけてカラリと乾燥させる

※は撮影者:おおにしちひろ

高田社長
「店頭では出汁の上手な取り方も説明しています」と話す高田海産の高田社長
脂いりこで新たな名物を「伊吹島プロジェクト」

イワシは、大きさにより大羽(おおば)、中羽(ちゅうば)、小羽(こば)、カエリと呼び名が変わる。8㎝以上の大羽は、産卵後の親魚で、6月中旬から下旬までが漁期。その後、網の目を変えて小羽漁、中羽漁が行われている。いずれもそのまま出汁用に使われることが多いが、大羽や中羽は出汁パックなどの加工用、小羽やカエリは佃煮用としても重宝している。また香川県西讃地域では、伊吹いりこの炊き込みご飯「いりこ飯」などの郷土料理も根付いている。

そんな中、ここ数年、関係者を悩ませていたのは、脂質の含有量が多い「脂イワシ」が増えてきたこと。漁場の環境の変化から海中にエサとなる動物プランクトンが増加し、よく食べて太るなどして、脂イワシの割合が増えていたのだ。脂イワシは、脂質が酸化しやすく、味や香りが落ちる。一部はラーメンの出汁用となるが、通常のいりこに比べると価格は安くなってしまうのだ。

2016年(平成28)、「脂イワシを何とか活用できないか」という網元たちの悩みを耳にしたのは、三豊市で冷凍食品会社を営む加地正人(かじまさと)さんだ。

「漁師さんが、釜で茹でた脂イワシを自家用としてそのまま食べていることを知りました。これを商品化することはできないかと考えたのです」と加地さん。網元15軒とともに「伊吹島プロジェクト」を結成した加地さんは、茹でたいりこを急速冷凍するという手法を思い付く。乾燥させると脂質がネックになる脂イワシだが、炙ったり、天ぷらにしたりすると、その欠点がおいしさに転じることに気付いたのだ。そこで各網元は急速冷凍機を導入し、伊吹いりこと同様に、スピーディな加工でさらなる味わいの良さにつなげた。

2018年(平成30)、脂イワシの加工品に「釜揚げいりこ」と名付けて商標登録。翌年から販売を開始したところ、外食チェーンや量販店からの引き合いが殺到。農林水産省の「フード・アクション・ニッポンアワード2019」の100産品に選定され、プロジェクトには観音寺市の飲食店オーナーらも加わり、順調に滑り出した。

地元飲食店を巻き込んでさらなる飛躍を…と意気込んだ矢先、コロナ禍によりプロジェクトは苦境に立たされる。釜揚げいりこのイベントやキャンペーンは、すべて中止を余儀なくされた。だが加地さんは次なる方策を考える。その一つが、学校給食への売り込み。観音寺市の学校給食に釜揚げいりこを導入してもらうことができた。合わせて、子どもたちに商品の背景などを説明するオンラインイベントにも取り組んだ。

プロジェクトのメンバーの一人で、観音寺市内で鮮魚店と料理店を営む三好良平さんは、複数の釜揚げいりこ料理を開発した。「アフターコロナには多くの人に味わってもらい、釜揚げいりこ料理を観音寺の漁師飯として新たな名物にしたい」と意気込む。

三好さんは伊吹いりこで取った出汁を卵液に混ぜて作るいりこのプリンも開発。斬新な発想で生み出したこの商品は、お取り寄せにも対応。伊吹いりこの普及拡大にも努めている。

伊吹いりこの上手な出汁の取り方

普段使いの出汁

①鍋にいりこを入れて、火にかける(水1リットルに対して、いりこ30g)。

②沸騰直前に火を止めて、しばらくそのまま浸しておく。

ひと手間かける出汁

①苦みの元となるため、いりこの頭を取り、

 縦に割って内臓も取り出す。

②水に30分(時間に余裕がある時は一晩)浸した後に火にかけ、

 1分間だけ沸騰させる。


・いりこは旨味成分のイノシン酸や鉄分、カルシウムを豊富に含んでいる。内臓にはカルシウムの吸収を助けるビタミンDが含まれている。丸ごと食べることにより、栄養効果は大きくなる。

・いりこを保存する際は、密閉容器に入れて冷凍するのがおすすめ。湿気を与えないことで、風味が保たれる。

良いいりこの見分け方
脂質が少ないため身が銀色。良く乾燥しており鱗がピッタリと張り付いている。つやや照りがあり、折れたり千切れたりしていない
脂質が少ないため身が銀色。良く乾燥しており鱗がピッタリと張り付いている。つやや照りがあり、折れたり千切れたりしていない
脂質により「脂やけ」しているため全体的に黄褐色。鱗が剥がれ、つやや照りがなく、折れや千切れがある
脂質により「脂やけ」しているため全体的に黄褐色。鱗が剥がれ、つやや照りがなく、折れや千切れがある
フード・アクション・ニッポンアワード2019の認定証
フード・アクション・ニッポンアワード2019の認定証
 釜揚げいりこは干物のように軽く炙ると、脂が旨みとなる。昨年2月には「観音寺ブランド認証品」の認証を受け、ご当地ブランド品としても期待はますます高まっている
釜揚げいりこは干物のように軽く炙ると、脂が旨みとなる。昨年2月には「観音寺ブランド認証品」の認証を受け、ご当地ブランド品としても期待はますます高まっている
メニュー開発に取り組む三好さん
釜揚げいりこのPRに力を入れる加地さん(左)と、メニュー開発に取り組む三好さん。
三好さんが経営する「アオハタ鮮魚店」にて
伊吹島、股島、円上島に祀られた七えびすにちなんで、伊吹島プロジェクトが作ったシール。飲食店に配り集客につなげたいと考えている
伊吹島、股島、円上島に祀られた七えびすにちなんで、伊吹島プロジェクトが作ったシール。飲食店に配り集客につなげたいと考えている
「漁師のせがれプリン(いりこプリン)」
三好さんが開発した「漁師のせがれプリン(いりこプリン)」。店頭とネットで販売されている
香川の食文化を未来へ人力だけで作る「純手打」

香川県内で伊吹いりこを最も消費しているのは、県内に500店舗以上もあるといわれるうどん店。人口1万人あたりの店舗数では、香川県がダントツの全国1位だ。そんな県民食ともいえるうどん店で、近年話題となっているのが「純手打」を看板に掲げる店。1日に大量のうどんを提供するうどん店の多くは、工程のどこかに機械を導入していることが多い。これに対して、「純手打」は機械に一切頼らず、「手ごね」から「手のし」、「包丁切り」まで、人力だけで仕上げるやり方だ。

丸亀市の「純手打うどん よしや」の山下義高さんは、2009年(平成21)の開業以来、純手打を貫いている。「私が子どもの頃から食べているのは、機械を一切使わない純手打。旨味の強い伊吹いりこの出汁と純手打で、自分にとって馴染みのある味を提供したいのです」と話す。機械に頼らない工程は、体への負担が大きい。山下さんは純手打を続けるために、スポーツジムに通い、ストレッチなどで体のメンテナンスを欠かさないという。

山下さん渾身のかけうどんは、純手打らしいねじれや縮れのある麺に、伊吹いりこで出汁を取ったつゆがたっぷりと注がれている。喉ごしの良い麺とつゆのバランスが絶妙で、おかわりをする客も多い。

機械を使ったうどんは、味のばらつきが少ない。また打ち手の体調などに品質が左右されることもない。その良さを認めながらも「数えきれないほどのうどん店があるのだから、ウチのように、昔ながらの味を残す店があってもいいじゃないですか」と笑う山下さん。気軽に味わう一杯に、昔ながらの純手打と伊吹いりこの出汁文化を残そうとする気概が感じられる。

世界から注目される「日本の食」。その味を決定づけるのが出汁であり、伊吹いりこはまさに世界へ誇れる食文化である。伝統の味を守り続ける者、新たな食べ方を提案する者。そのアプローチは異なれど、根底にあるのは「香川の食文化を守りたい」という思い。その気概も味わいであり、地域の食文化を支えている。

「純手打うどん よしや」では営業時間中、休む間も無くうどんを打っている
「純手打うどん よしや」では営業時間中、休む間も無くうどんを打っている
「純手打」の麺に、伊吹いりこで出汁を取ったつゆをなみなみと注ぐ
「純手打」の麺に、伊吹いりこで出汁を取ったつゆをなみなみと注ぐ
伊吹いりこの出汁と「純手打」の相性の良さを強く感じさせてくれるシンプルなかけうどん
伊吹いりこの出汁と「純手打」の相性の良さを強く感じさせてくれるシンプルなかけうどん
伊吹いりこの出汁と「純手打」の相性の良さを強く感じさせてくれるシンプルなかけうどん
左/「出汁文化を家庭でも…」と山下さんが売り出したお土産うどん。麺とともに店で使っている伊吹いりこなどを詰め合わせている(4人前1,400円)
右/「こんな時期だからこそ地元のうどんを食べて欲しい」と仲間のうどん店主とともにスタンプラリーを企画した山下さん。動画チャンネルでも、情報発信をしている

お問い合わせ

高田海産株式会社
住所 香川県観音寺市出作町199
電話番号 0875-25-2863
営業時間 8:00〜17:00
定休日 日曜日、祝日
駐車場 あり
備考 オンラインショップあり
URL http://www.takatakaisan.jp
伊吹島プロジェクト
URL https://ibukijima.com
アオハタ鮮魚店
住所 香川県観音寺市港町1-5-5
電話番号 0875-23-6220
営業時間 7:00〜18:00
定休日 水曜日
駐車場 あり
URL https://www.facebook.com/aohata.fresh.fish.shop/
純手打うどん よしや
住所 香川県丸亀市飯野町東二343-1
電話番号 0877-21-7523
営業時間 7:00〜14:50
定休日 火曜日
駐車場 あり
URL https://www.facebook.com/udonyoshiya/

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撮影のためマスクを外している場合があります