メニュー

風土と人が生み出す味わい「入野砂糖」「どい黒糖」(高知県・愛媛県) 風土と人が生み出す味わい「入野砂糖」「どい黒糖」(高知県・愛媛県)

 砂糖は、サトウキビや甜菜(てんさい)の搾り汁を煮詰めて作る。それを結晶化したのが白砂糖やグラニュー糖に代表される精製糖で、固形化したのが黒糖(黒砂糖)などの含蜜糖だ。中でも独特の風味がある黒糖は、沖縄県や鹿児島県奄美地方など温暖な地域の特産品として知られている。意外と知られていないのが、四国でもサトウキビが栽培され、黒糖作りが根付いていたこと。高知県幡多(はた)地域や愛媛県宇摩(うま)地域(現在の四国中央市と新居浜市の一部)は、藩政時代から1955年(昭和30)頃まで、質の良い黒糖の生産地であったという。

 安価で糖度の高い白砂糖の普及により、両地域ともに、一時期、黒糖作りを行う人がいなくなっていた。だが、近年、有志たちが「地域の文化を復活させ、後世に伝えていきたい」と再び黒糖作りに取り組み始めている。生産者たちの熱い思いにふれ、その奮闘に迫っていく。

風土と人が生み出す味わい「入野砂糖」「どい黒糖」(高知県・愛媛県) 風土と人が生み出す味わい「入野砂糖」「どい黒糖」(高知県・愛媛県)
ファーストビュー説明用画像
1/黒糖は、いなり寿司や酢の物、パンケーキ、唐揚げの甘酢あんかけなど、普段使っている砂糖をそのまま置き換えて使用することで、照りやコクが際立つ。手前にあるのは、料理に使用した黒糖や糖蜜
2/サトウキビの収穫前に枯れた下の葉を刈る作業。刈った葉は土の上に置いておくと、土壌の保温になる
3/地元の松材の薪をくべながら、釜を煮立たせる。状況を見極めながら火力の調整を行う★
4/棒でかき混ぜながら水分をとばし、徐々に糖度を高めていく製糖作業★
5/上げ釜から仕上げの木桶に汲み出す工程。これを手作業でしっかりと混ぜこみ黒糖へと仕上げる★
(すべて入野砂糖研究会)

★写真提供:二木亜矢子
【入野砂糖】IRINO SATOU高知県幡多郡黒潮町入野
ふとした出会いからサトウキビの栽培を開始

太平洋に面した高知県幡多郡黒潮町は、カツオの一本釣り漁業の町。また、年間の平均気温は約17度と温暖で、降水量も多いことから、水稲や花卉(かき)などの農業も盛んに行われている。かつて入野海岸に面した入野地区は「入野砂糖」の産地でもあった。その伝統を復活させようと、1987年(昭和62)に結成されたのが「入野砂糖研究会(以下:研究会)」。結成当時、製糖の経験者は数名残っており、その指導のもと製糖所を建て、サトウキビ栽培と黒糖作りに取り組み始めた。

以降、賛同する人が増え今や会員は25人。定年退職した人や兼業者がそのほとんどを占めている。そんな中、専業で取り組んでいるのが、農園「イノタネアグリ」の秋吉隆雄さんと和香さん夫妻だ。「黒糖作りを生業(なりわい)にするとは思ってもいませんでした」と話す秋吉さんは、2005年(平成17)、黒潮町の豊かな自然に惹かれて大阪から移住。林業に従事しながら、自家用の米や野菜作りに取り組んでいた。

移住から10年目のある日、農作業をしていた秋吉さん夫妻に、「サトウキビを作らんかよ(作ってみないか)」と声が掛かった。声の主は研究会の酒井貢(みつぐ)さん。「面白そうだからやってみようか」と、秋吉さん夫妻は軽い気持ちで、2015年(平成27)からサトウキビの栽培を始めた。

笑顔の秋吉さん夫妻
潮風を受けても倒れないよう茎の中程に紐をかけたサトウキビ畑に立つ秋吉さん夫妻。「これにより畑には光が差し込み、風が通り抜けます」と話す
山積みされたサトウキビ
刈り取ったばかりのサトウキビ。茎にたっぷりと糖分が蓄えられている★
3種類の鎌
手前の2本はサトウキビの脱葉に使用する専用の鎌。奥の1本は根元を切る際に使用する
刈り取っている様子
糖分が低い梢頭部などを取り除きながら、手作業で刈り取っていく収穫作業★

★写真提供:二木亜矢子

サトウキビの糖度を生む黒潮町の日照と潮風

入野地区の土壌は砂地で水はけがよく、入野海岸から吹き込む潮風はミネラル分を含んでいる。そんな地の利を味方に付けたサトウキビ栽培は、2月頃の圃場(ほじょう)整備から始まる。日当たりの良い畑に有機肥料をすき込み、植え付けの準備を行う。3月半ばからは植え付けを始め、約1カ月で発芽したら、分蘖(ぶんけつ)を待つ。分蘖とは根元から伸びた新芽が枝分かれすること。分蘖が多いほど収穫量は増える。「分蘖した茎は、垂直に伸びていきます。日を追うごとに面白いくらい成長するんですよ」と秋吉さん。夏場は草取りをしながら、茎に紐をかけて真っ直ぐ伸ばす。これにより光合成を促し、ミネラル分を含んだ潮風を畑に通す。

気温がぐっと下がり始める11月初旬、サトウキビの茎の中に糖分が蓄えられたら、いよいよ収穫の時。専用の鎌で葉を落とし、糖度の低い梢頭(しょうとう)部を切り落とした茎を搾汁機で搾る。このサトウキビジュースを釜で煮込んで、徐々に糖度を上げていく。

刈り取ったサトウキビは、できるだけ新鮮なうちに製糖作業を行わなければならない。搾汁を始めるのは21時。深夜0時に1番釜に火を点けて、作業が終わるのは翌日の正午。作業を担う2人の炊き手は、約15時間も寝ないばかりか、作業中は座ることすらできない。炊き手は1人が「火の番」、もう1人が釜を長い棒でかき混ぜながら、水分量の減り具合などを見極める「上げ釜」を担当。秋吉さんは、年末までに15日以上過酷な製糖作業をこなす。

製糖作業の様子 水蒸気が立ち上る中2人体制で煮込んでいる
「火の番」と「上げ釜」の2人体制で煮込む。「上げ釜」は煮詰まり具合を見ながら、「火の番」に火加減の指示を出す★
黒糖を混ぜ込んでいる様子
製糖作業の最終段階。黒糖が均一に仕上がるよう手作業でしっかりと混ぜ込む★
型に流した黒糖
型に流した黒糖。これを砕いてパッケージに詰める★
サトウキビの芽
丸い部分がサトウキビの芽。これを補植して苗木にし、翌年には株出しをして栽培する
製糖からの学びを翌年の農作業へと生かす

研究会の面白いところは、製糖は共同で行うが、サトウキビの栽培と商品の販売はそれぞれが独立して行う点。パッケージもそれぞれが作り、地元の人たちはお気に入りの作り手の商品を選んでいる。秋吉さんは、今年から商品名を「入野さとふ」とし、パッケージも一新した。これは藩政時代の文献に記述されていることからネーミング。「旧仮名遣いの商品名が、入野砂糖の200年の歴史を伝える一助になれば」と考えたのだ。

製糖の経験を積むにつれて、農作業の重要性を強く感じるようになった秋吉さん。よりサトウキビの成長を促すために、分蘖までの間、畑にビニールをかけて温める工夫も始めた。また色や味の異なる数品種のブレンドにより、さらにおいしい黒糖を生み出したいと試行錯誤している。「毎年、前年よりも良いものを目指し、農作業に向き合っています」と秋吉さん。

黒糖の重量は、サトウキビの10%にまで減る。歩留まりの悪さは高い純度の証。黒糖の深いコクは、秋吉さん夫妻ら生産者の苦労の結晶といえる。大切に味わうことで、その苦労に報いたい。

入野砂糖研究会の製糖作業の流れ

1.搾汁

サトウキビジュースを搾り出す。

2.1番釜

灰汁(あく)を取りながら、サトウキビジュースを煮詰める。頃合いを見計らって石灰を加え、さらに灰汁を取る。

3.すまし桶

1番釜のサトウキビジュースをすまし桶に移し、不純物を沈殿させる。

4.2番釜

すまし桶の上澄みを2番釜に移して、火力を強めて一気に水分を蒸発させる。

5.上げ釜

薪火でじっくりと煮詰める。煮詰まり具合を見極めて火を止める。
※1日の製糖で1〜5の作業を8回繰り返す。

6.仕上げ

木桶に汲み出し、陶器の器に移して手作業でしっかりと混ぜ込む。冷えたら黒糖の完成。

入野さとふの種類

※まなべ商店で販売中

黒糖(小粒)
黒糖(小粒)
1〜5mm程度の黒糖。溶けやすいのでドリンクに加えたり、餅やパンにまぶしたりがおすすめ
170g 1,080円
黒糖(大粒)
黒糖(大粒)
5〜20mm程度の黒糖。
煮込み料理に重宝する
170g 1,080円
ボカ(糖蜜)
ボカ(糖蜜)
上げ釜でボカボカと音を立てて沸騰した時に取り出すことからその名で呼ばれる液状の黒糖
200g 1,296円

※入野地区では「黒砂糖」の名を使う

黒糖の魅力を多くの人に伝えたい
笑顔の眞鍋さん
「四国の良いものを多くの人に知ってほしい。黒糖もその一つ」と話す眞鍋さん。雑誌制作、ブロガーを経て「まなべ商店」を開業した

 黒糖をどのように食卓に取り入れるのか、四国産の食品を中心に取り揃えている「まなべ商店」の店主・眞鍋久美さんに聞いた。

 「普段使っている砂糖をそのまま置き換えて使用してください。黒糖には粒状と液状のものがあります。溶けやすさを考慮して使い分けるといいですね」。

 大粒は煮物に、小粒は合わせ調味料などすぐに馴染ませたい料理に、ボカ(糖蜜)はヨーグルトやアイスクリームにかけて…と黒糖の出番は多い。とりわけ和食に使うと照りとコクが際立ち、おでんの隠し味に使ってもおいしい。

 「黒糖は、ミネラルが豊富でビタミンも含まれています。お子さんに、大粒の黒糖を飴玉がわりに舐めさせるのもおすすめ」と眞鍋さん。かつてサトウキビとともに暮らした先人たち。その伝統が受け継がれていくことを願う眞鍋さんだ。

まなべ商店の店内の様子
眞鍋さんが生産者や加工者に会い、選りすぐった品だけを置いた店内

お問い合わせ

まなべ商店 ※入野さとふを販売
住所 愛媛県四国中央市豊岡町長田168-1
電話番号 0896-77-4422
営業日・営業時間 要問い合わせ
URL https://manabeshoten.theshop.jp/
【どい黒糖】DOI KOKUTOU 愛媛県四国中央市 土居町
サトウキビとともにあった人々の暮らし

愛媛県四国中央市土居町は、瀬戸内海式気候により、温暖で雨が少ない。その気候を利用し、藩政時代末期には黒糖作りが始まっていた。西条藩の一部(現在の四国中央市など)にて「甘蔗(かんしゃ)(サトウキビ)栽培に着手した」という記録も残されている。その後、紀州から砂糖作りの名人を招き、讃岐から技術を導入したとの記録もある。水利の乏しい畑でもよく育つサトウキビは、この地域の貴重な農作物として、藩の重要な財源であった。しかし、この地の黒糖も昭和に入り衰退の憂き目に遭う。

当時のことを知る60代の人たちが顔を合わせると、昔話に花が咲いた。「子どもの頃、サトウキビをおやつ代わりに齧(かじ)っていた」、「牛に石臼を碾(ひ)かせてサトウキビを粉砕し、黒糖を作っていた」などと思い出を語り合ううち、誰からともなく「自分たちには時間が十分にある。もう一度、黒糖を作ってみないか」という声が上がった。有志数人は2010年(平成22)、「ロハス倶楽部」を結成。まずは遊休農地を借りて、サトウキビの栽培を始めた。当初は製糖設備がなかったため、収穫したサトウキビを黒潮町へ運び、「入野砂糖研究会」の工場を借りて製糖した。

賛同者も収穫量も増えた2年後、自前の製糖工場を建設。黒潮町までの往復の手間が省け、黒糖作りにいっそう専念できるようになった。2015年(平成27)には、より強固な組織にしようと「ロハス企業組合(以下:ロハス)」に改組。ロハスの舵取り役として、大広千昭(ちあき)さんが代表理事に就任した。大広さんは定年退職後に余暇を生かすためにロハスに参加。現役時代に営業職に就いていた大広さんにとって、農業も製糖も初めての体験だった。「黒糖は、私にものづくりの面白さを教えてくれました」と話す。

笑顔の大広さん
ロハスの大広さん。「課題は後継者の育成。そのためにもビジネスとして成り立たせることに注力しています」と話す
ロハスの畑
ロハスの畑はサトウキビに紐かけをしない。沖縄県などの栽培に近い手法
サトウキビを搾汁機にかける様子
製糖工場ではまず、葉を落としたサトウキビを搾汁機にかけてジュースを搾り出す
これからの目標は産業としての一本立ち

それまで「黒糖を作る」ことが目的であったロハスだが、代表理事となった大広さんは「製糖を産業として一本立ちさせる」ことを目標に掲げた。そのために取り組んだのが、愛媛県内の食品製造業者に原料として黒糖を使ってもらうこと。「事業者への安定した販路を確保したい」と考えたのだ。

現在、ロハスの黒糖は、四国中央市「G.B.C KIRIYAMA BASE(キリヤマベース)」のチョコレート、伊予市「やま弥フードサービス」の黒糖プリンに使われている。また県内の酒造会社2社からも、「糖蜜(黒糖の仕上がり前の液状のシロップ)を使ったラム酒を作りたい」と声が掛かった。松山市の水口酒造では、今年11月に「道後ラム酒」の販売を開始。内子町の天神村醸造所もラム酒の試作を進めている。

「甘党だけではなく、左党(酒を好む人)の口にも、黒糖が入るのが面白いですね」と大広さんは顔をほころばせる。

大広さんの構想はこれに止まらない。サトウキビの搾りかすを紙の原料にしている国があると聞き、「四国中央市は製紙のまち。これで紙を作ることができれば面白いのでは」と考えている。ただ、現状は人手が足りず、なかなか具体化できないのが悩みの種だ。

昨年、BtoB(法人向けビジネス)に力を入れるロハスに、香川県高松市在住の若者から「ともに製糖を行いたい」と連絡が入った。「まず大切なのは継続すること」と大広さん。甘い話ばかりではない黒糖作りだが、天に向かって真っ直ぐに伸びるサトウキビのように、大広さんは明るい未来を信じて歩んでいる。

どい黒糖の種類

※ロハス企業組合などで販売中

黒みつ
黒みつ
黒糖に水を加えて練り、抽出された水分
120g 540円
黒糖
黒糖
媛三宝の名で販売
350g 750円
とうみつ
とうみつ
液状。黒糖の仕上がりの一歩手前で釜から取り出す
200g 640円
和niBON
和niBON
黒糖から黒蜜を抜いて乾燥させたもの。
パウダー状
200g 640円

お問い合わせ

ロハス企業組合 ※どい黒糖を販売
住所 愛媛県四国中央市土居町入野135-5
電話番号 0896-77-4150
営業日 金曜日
URL https://www.lohas-shikoku.com

各施設の営業状況、営業時間はHP等でご確認ください。撮影のためマスクを外している場合があります