高知県三原村で作られる土佐硯は県の伝統的特産品に指定されており、その歴史は室町時代に遡るともいわれています。1982年(昭和57)には三原硯石加工生産組合が発足。手彫りの硯の魅力を伝え続けています。土佐硯の原料となるのは三原村で採石した、蒼黒(そうこく)で柔らかな肌触りの黒色粘板岩(こくしょくねんばんがん)。ヒビを見極めながら原石を大まかに硯の形へと切り出した後、表面を整え専用ののみで削り出していきます。職人の足達真弥さんは「墨を磨るときの力加減や濃さの好みは人それぞれ。最高の状態で墨を磨れるように、一人ひとりに合わせて仕上げを変えるのが理想です」と語ります。現在、組合に所属する職人は6人。それぞれが個性を活かし、愛好家や書道家からの要望に応えています。
墨汁の普及や字を手書きする機会が減り、硯の需要はかつてほど多くはありません。そこで足達さんが考案したのが墨と硯、筆、和紙の“文房四宝(ぶんぼうしほう)”が収まった「スマホ硯(けん)」です。外の情報を検索するスマホに対し、墨を磨る体験が「内なる自分を検索する時間」になればとの足達さんの思いが込められています。より気軽に硯に触れられるようにと、工房内には墨を磨るコーナーを設け、硯彫り体験も開催。石ならではの手触りや磨り心地を多くの人に伝えています。