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「発酵」を次代につなぐ食文化の担い手を訪ねて(徳島県 鳴門市、勝浦町) 「発酵」を次代につなぐ食文化の担い手を訪ねて(徳島県 鳴門市、勝浦町)
左/四国阿波はすや(有限会社ハス商会) 右/井上味噌醤油株式会社

「発酵」とは、乳酸菌や麹(こうじ)菌、酵母菌などの微生物が、たんぱく質やデンプンの栄養素を分解すること。これにより栄養価や旨み、保存性が高まり、免疫力の向上などさまざまな健康効果が得られる。発酵食品は日本の食卓にも馴染み深く、醤油や味噌などの調味料は、その代表例。また日本酒や甘酒などのアルコール類、納豆などの加工品も発酵により生まれる食品だ。

徳島県には、そんな発酵文化を未来につなげようとする食品メーカーがある。鳴門市の老舗・井上味噌醤油株式会社と、勝浦町の四国阿波はすや(有限会社ハス商会)だ。

それぞれの商品の魅力とそこに込められた思いを紹介する。

気候風土が生んだ味噌を残したいと醸造家へ 井上味噌醤油株式会社 徳島県鳴門市 気候風土が生んだ味噌を残したいと醸造家へ 井上味噌醤油株式会社 徳島県鳴門市

味噌は、穀物に麹と塩を加え、菌を繁殖させて発酵し、熟成させることでできあがる。穀物や麹の種類によって、風味に特徴のある郷土の味噌も根付いている。

1875年(明治8)創業の井上味噌醤油は、御膳(ごぜん)味噌など4種類の味噌を醸造している蔵。7代目の井上雅史さんら3人の蔵人が昔ながらの味噌作りに取り組んでいる。鳴門は古くから製塩が盛んで、近郊では藍の裏作として大豆が栽培されていた。また、徳島平野では稲作が行われており、味噌の原料が手に入りやすいという地の利があった。「加えて温暖少雨の気候も味噌醸造に適しているのです」と井上さん。味噌は気温15℃以下では発酵が進みにくく、夏場に雨が多いと、雑菌が繁殖しやすくなってしまう。原料と環境が揃った鳴門は、まさに味噌作りの好適地なのだ。

大学で工業デザインを学んでいた井上さんが蔵を引き継いだのは25年前、病に倒れた父を支えるために進路を諦めたという経緯がある。だからと言って嫌々継いだわけではない。そのきっかけとなったのが、留学先のモンゴルで味わった味噌汁。実家から送られてきた味噌を久しぶりに口にし、その美味しさに慰められたことが印象に残っていた。その記憶に背中を押された井上さんは、蔵元としての道を歩み始めた。

木樽へのこだわりを受け止めてくれた木樽職人

井上味噌醤油の仕込みは、10月から翌年の初夏にかけて数回行う。杉榁(むろ)で作る自家製糀(こうじ)と粉砕した大豆、塩を混ぜ合わせて、木樽で1年以上熟成させるという製造方法は創業時そのまま。幼い頃から蔵を遊び場にしていた井上さんは、大まかな流れは理解していた。それでも分からないことは病床の父に教えを受けた。数年が過ぎた頃、そんな井上さんの姿に安心したかのように、先代は泉下の人となった。

後ろ盾を無くした井上さんには、ある懸念があった。それは醸造に欠かせない道具である木樽だ。木樽の製造や修繕を担う職人は全国的にも減っており、「今の木樽が破損すれば、味を守り続けることができないと不安になったのです」。

そうした事情から、プラスチックやステンレス製の樽を使う蔵も増えていた。先々のことを考えて、井上さんは同じ条件で木樽とプラスチック樽で実験的に味噌を仕込んだ。ところが味が全く違うものになっていたという。そこで井上さんは、木樽職人を探し始めた。そうして2011年(平成23)に出会ったのが、阿南市の木樽職人・湯浅啓司さん。井上さんは彼に木樽の製造を依頼した。

杉榁の中、もろぶたで約40時間かけて育てている米糀。これが味噌の風味を作る
木樽で熟成発酵する際、石で加重するのも昔ながらの製法。木樽の潜在菌も味作りに一役買う
発酵を止めていない生味噌は、店頭で必要分だけを量り売りするスタイルが理に適っている
木樽の完成に後押しされ追いかける大きな夢

試行錯誤の末に2015年(平成27)、仕込み樽が完成した。これを見た時、蔵元として新たな責任を感じた井上さん。「湯浅さんだけではなく、木樽を作るためには鍛治職人や杣人(そまびと)(※1)などたくさんの人の手が必要。そうした人々の苦労に報いて、味噌作りを継続するために、私も新たな取り組みが必要であると感じました」。

それまで井上味噌醤油では店頭での量り売りのみ。酵母や乳酸菌が生きた生味噌であることから、卸先での管理が難しいのがその理由だ。しかし、より多くの人に届けるために2016年(平成28)にはパッケージ商品を開発。これは後の販路拡大につながった。

2019年(平成31)には、徳島県立工業技術センターに味噌の成分分析を依頼。木樽仕込みの味噌の美味しさが科学的に判明。プラスチック樽と比較すると、木樽の味噌は有機酸(※2)や遊離アミノ酸(※3)などが1.5倍から2倍も多く、これが旨みや香りの良さにつながっていることが分かった。さらに塩分は木樽の方が少ない。感覚ではなく、数値で木樽仕込みの良さが証明されたのだ。

現在、井上味噌醤油の味噌は、銀座和光やパリの老舗日本食材店でも扱われており好評。これを喜びつつも、「あくまでも味噌は地元消費が主流」と話す井上さん。県外や海外で評価を受けることで、地元の人にもあらためて注目してもらいたいというのが彼の願いだ。

井上さんは、今、新たな夢を追いかけている。それは阪神淡路大震災で倒壊した土蔵の再建だ。「木樽を土蔵に置いて、かつての環境を再現したいんです」。代々受け継がれた醸造家魂をこれからも貫き続ける井上さんだ。

※1…木を切り倒し運び出したり造材することを職業とする人。林務作業員

※2…酸化の防止や抗菌性が期待される有機化合物

※3…旨み成分

天然醸造味噌は発酵・熟成の過程で膨張と収縮を繰り返すため、木樽に金属は使用せず、杉と竹のみで仕上げることで「あそび」に対応し、味噌の状況に沿った容器となる
徳島県のご当地味噌として知られているのは、大豆と米糀で作る御膳味噌(右・300g 864円)。徳島藩祖である蜂須賀家政(はちすかいえまさ)公の御膳に供されたことからその名が付けられた。真ん中の常盤(ときわ)味噌(300g 1,296円)は創業時からの製法でやや甘口に仕上げている。左の御膳ねさし(300g 2,160円)は、御膳味噌を5年以上かけて長期熟成。酵母や酵素の活動が落ち着いており、コクが強く酸味は控え目
蔵人の上田大介さん(右)と井上さん。井上さんの弟も蔵の仕事に携わっている
井上味噌醤油株式会社
住所 徳島県鳴門市撫養町岡崎字二等道路西113
電話番号 088-686-3251
営業時間 9:00〜19:00
定休日 不定休
駐車場 あり
URL https://tokiwamiso.com
備考 オンラインショップあり
憧れたのどかな土地で椎茸栽培から納豆菌研究へ 四国阿波はすや(有限会社ハス商会) 徳島県勝浦町

納豆(糸引納豆)は、俳句の世界で冬の季語になっているほど日本人にはお馴染みの発酵食品。栄養成分が豊富で、特に血液をサラサラにする働きがある酵素「ナットウキナーゼ」は、納豆にしか含まれていない。価格が安価で、食卓に取り入れる人が多いが、独特の匂いやネバネバした食味で敬遠されることもある。

それだけではない。「納豆は熱や酸に弱いため、腸に届くまでに多くが死滅してしまう性質があります」と話すのは、四国阿波はすや(有限会社ハス商会)代表の佐藤有子さん。四国阿波はすやの「粉なっとう」は、そんな納豆の問題を解決した画期的な発酵食品だ。

商品開発を行ったのは、有子さんの亡夫・雅博さん。東京生まれで、エンジニアとして海外生活をしていた雅博さんは、「自然豊かな日本で暮らしたい」と、1987年(昭和62)に、有子さんの故郷である勝浦町に家族で移住。やがて菌床椎茸の栽培に取り組み始めた。もともと研究熱心な雅博さんは、良い椎茸を育てるために無菌室や培養室を完備した。この設備が、後に役立つことになる。

3年後、雅博さんのもとに養鶏家の知人がやって来た。「鶏の成長に納豆菌が良いと聞いたが、市販のものは高いので安価に作れないかと相談されたのです」と有子さん。すぐに自前の設備を活用して研究を始めた雅博さん。当時、菌床椎茸は中国産などに押されて値崩れしていたことも、雅博さんを駆り立てる要因となった。1994年(平成6)、雅博さんは熱や酸に強くするために、納豆菌芽胞(がほう)が有効であることに気付き、これらが多くなる製法を確立した。そして生まれたのが「粉なっとう」である。

大豆に稲わらなどに棲息する納豆菌を吹き付けて発酵させる
納豆菌芽胞の状態にするための製造法は、創業者の雅博さんが独自に確立した
専門機関で成分分析をしたところ、「粉なっとう」小さじ1杯(約2g)に、納豆10パック分の納豆菌(約42億個)があることが分かった
鶏の餌をきっかけに納豆菌芽胞に注目

納豆菌芽胞とは、納豆菌の種の状態。菌を休眠状態とすることで120℃の温度でも死滅せず、アルカリや酸にも強くなる。納豆菌芽胞は腸に届いた時に目覚めて、その効果を発揮するというのだ。そこで「粉なっとう」をヒヨコに与えたところ、目に見えて骨格がしっかりし、健康状態も改善した。

手応えを感じた雅博さんは、食品として売り出すことを決意し、さらに研究を進める。そして2001年(平成13)、「粉なっとう」を商品化させた。独自製法の粉なっとうは納豆菌芽胞の量が多いのが特徴。加えて納豆特有の匂いは少なく、きな粉のような食味となり、納豆嫌いの人も口にしやすい。お通じの改善や免疫力の向上、解毒などの効果が期待され、粉状なので、汁物や煮物に混ぜても使いやすい。

翌年からは、四国物産展などの催事に出店したが、期待に反して苦戦した。ネックとなったのは価格。手作業で原料にもこだわったため、糸引納豆に比べると高価。「糸引納豆ならもっと安いから」と敬遠されたのだ。

販売方法を模索していた2003年(平成15)からは、海外出店に取り組み始める。こちらは、日本食への興味から売れ行き上々。活路を見出した矢先、雅博さんは病に倒れ、翌年、志半ばで他界した。

国産大豆使用の粉なっとうパウダー(左・180g 4,784円)は、溶けやすいのでご飯に混ぜて炊いても良い。粒の食感が楽しめる粉なっとうあらびき(真ん中・180g 3,596円)はトッピング向き。国産有機栽培の桑の葉を加えた粉なっとう桑の葉(右・180g 4,784円)は、桑の葉に含まれているビタミンCや葉酸、鉄分も豊富。桑の葉には糖尿病の予防効果があるデオキシノジリマイシンも含まれている
海外で開催された日本食フェアで販売をする有子さん。「とにかく必死でしたね」と当時を振り返る
雅博さんの思いを受け継いだ有子さんと「なっとう3姉妹」

遺された有子さんは、事業の継続を決意。転機となったのは、雅博さんが亡くなった半年後の2004年(平成16)秋、全国ネットのテレビ番組で紹介されたこと。徳島県にゆかりのある女優のおすすめの品として取り上げられたところ、その日から注文の電話が鳴り続けた。

これをきっかけにテレビ番組や雑誌に取り上げられる機会が増えた。やがて成長した長女の光さんと次女の旭さん、三女の明夏(さやか)さんも家業を手伝うようになった。3姉妹は若い感性で、2018年(平成30)からブランドを再構築。パッケージを変更し、レシピの紹介にも取り組む。また、自らを「なっとう3姉妹」と称して、ブログやSNSによる情報発信にも力を入れた。その甲斐もあり、通信販売が大きく伸び、ファンを拡大した。

会社名のハス(HAS)は、3姉妹の名前の頭文字。「有限会社の有は私の名前。この会社は夫が私たちに遺してくれた大切な宝物です」と有子さん。4人の奮闘ぶりに、泉下の雅博さんは目を細めているかもしれない。

何より嬉しいのは、リピート注文の多さ。一度口にした人が、「体調が良くなったから」と引き続き購入してくれている
「自分たちと同世代の人にも手に取ってもらいたい」と奮闘するなっとう3姉妹(左から明夏さん、光さん、旭さん)
四国阿波はすや(有限会社ハス商会)
住所 徳島県勝浦郡勝浦町三渓豊毛本19-1
電話番号 0885-42-4559
営業時間 10:00〜16:00
定休日 土・日曜日、祝日
駐車場 なし
URL https://www.has710.com/
備考 オンラインショップあり
撮影のためにマスクを外している場合があります