香川県庁舎(以下:庁舎)の設計を丹下健三に依頼したのは、当時の金子正則知事だ。イサム・ノグチや猪熊弦一郎と親交のあった金子知事は、建築やデザインへの造詣が深い人物。特に旧制中学校の先輩である猪熊を慕っており、県庁の設計者探しを相談した。そして猪熊から紹介されたのが丹下だった。「当時の丹下先生の年齢は40代初め。新進気鋭の建築家といわれていました」と説明するのは、香川県生涯学習・文化財課の石田真弥(しんや)文化財専門員。
設計にあたって、金子知事は丹下に7つの条件を示した。
①香川の気候や風土、環境に合うこと
②香川の県庁としてふさわしい建物であること
③民主主義時代の県庁としてふさわしいこと
④資材は許される限り県内産を活用すること
⑤高松の都市計画上プラスになること
⑥既存の建物と融合し、無駄にならないこと
⑦予算内に収めること
興味深いのは、オーダーには抽象的なものと具体的なものが混在していること。なかでも予算についてはとても具体的だ。というのも庁舎建築予算は当時のお金で5億円という巨費。予算オーバーは絶対に認められない状況にあったためと考えられる。
こうした条件をクリアしながら、丹下が導き出したコンセプトは、モダニズム建築(※1)による「開かれた庁舎」。庁舎への出入りがしやすいピロティ(※2)、開放感満点の南庭が、それを表現している。「またエレベーター等の共用設備や構造体を建物の中心部に配置するセンター・コア形式(以下:コア・システム)を日本で初めて導入し、外周部分は壁がない開放的な空間としたのも特徴の一つ」と石田さん。コア・システムは1階においては広々としたロビー、3階から上の執務室においては、パーテーションを使って、柔軟に区域分けできるというメリットを生んでいる。人員の増減などによる区域変化に、コストを抑えながらすぐに対応できるのだ。先を見据えた仕掛けとして、現在も重宝している。
この構築に力を貸したのが、建築構造学者の坪井善勝だ。丹下・坪井コンビは、その後、国立代々木屋内総合競技場や東京カテドラル聖マリア大聖堂などで力を発揮した。庁舎での実績が、日本を代表するこれらの名建築に繋がったと考えられている。
※1/鉄、ガラス、コンクリートを用いた建物。第一人者でフランスの建築家ル・コルビュジエはピロティ、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面を「近代建築の五原則」とし、丹下もその影響下にあった
※2/2階以上の建物において、壁がなく、柱だけで支えている1階部分