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高知の山間で受け継がれる幻の発酵茶 「碁石(ごいし)茶」を訪ねて 高知の山間で受け継がれる幻の発酵茶 「碁石(ごいし)茶」を訪ねて

緑茶と烏龍茶と紅茶。これら風味の異なるお茶は、同じ「チャノキ」というツバキ科の植物から作られている。風味の違いは製法によるもので、その鍵を握っているのが「発酵」。発酵させない緑茶に対して、烏龍茶は短時間、紅茶は時間をかけて発酵させる。このように発酵させたお茶は、「発酵茶」とも呼ばれている。

発酵茶の中でも特殊な製法で作られるのが、微生物を使う後(こう)発酵茶だ。四国では徳島県の阿波晩茶、愛媛県の石鎚黒(いしづちくろ)茶、高知県の碁石茶がこれにあたり、3種類の後発酵茶は2018年(平成30)に「四国山地の発酵茶の製造技術」として国の記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選択された。

今回は「幻のお茶」とも呼ばれる碁石茶にスポットを当て、碁石茶に関わる人々を訪ね、秘められた物語を追いかけた。

初夏から盛夏にかけて2カ月間の製茶作業

四国山地の中央部に位置する高知県大豊町は、面積の約9割を森林が占めている。この山深い地で、400年以上前から作られていると伝わるのが碁石茶だ。生産者の小笠原功治(こうじ)さんが作業を始めるのは、6月中旬頃。標高約450mの傾斜地に植えた無農薬栽培の茶葉の刈り取りから茶作りが始まる。「緑茶は一芯二葉(いっしんによう)という柔らかな若い芽を丁寧に摘み取ります。でも、碁石茶は『茶摘み』ではなく『茶刈り』と呼ぶように、枝ごと豪快に鎌で刈り取ります」と小笠原さん。

刈った茶葉は、約2時間かけて蒸し上げ、枝を取り除いて筵(むしろ)を敷いた榁(むろ)で1週間ほど寝かす。この時、筵に付着しているカビ菌により1回目の発酵(好気発酵※1)が行われる。その後、茶葉を木桶に移し、2回目の発酵(嫌気発酵※2)を行う。このとき、蒸し桶で蒸した際に出た蒸し汁を木桶に加えて、茶葉が空気に触れないようにするのがポイント。7〜10日ほどで発酵が進み、重石を持ち上げるほどに膨張するが、発酵が終われば元に戻る。

2度の発酵を経た茶葉は、茶切り包丁で3〜4cm角に切り出し、筵にのせて天日乾燥させる。乾燥の時期は7月下旬から8月中旬にかけて。真夏の陽光が茶葉をカラカラに乾かしてくれる。「この乾燥の様子が、碁石を並べているように見えることから碁石茶と呼ばれるようになったそうです」。小笠原家は代々碁石茶作りを行っている兼業農家。小笠原さんも仕事を持ちながら、この時期は休日を利用して碁石茶作りを行っている。

※1…酸素のある状態で活動する微生物の力による発酵

※2…酸素がない状態で行われる発酵。乳酸発酵など

自宅そばの傾斜地の茶畑に立つ小笠原さん。「この地に移り住み、私で7代目。父や祖父はもちろん、ご先祖さまの思いを引き継いで碁石茶作りに取り組んでいます」
鎌でザクザクと枝ごと収穫する『茶刈り』の様子。しっかりと成長した6月中旬以降の肉厚な茶葉が碁石茶の原料となる
江戸時代から続く山間地域の特産品

作業を進めながら、小笠原さんが不思議なことを呟いた。「亡き祖父(正春)が生前、碁石茶を口にする姿を見ることはありませんでした」。なぜ正春氏は碁石茶を飲まなかったのか。長年、碁石茶の研究をしている高知大学の農学博士・受田(うけだ)浩之理事・副学長は、「碁石茶が、この地域の貴重な特産品だったからでしょうね」と説明する。

江戸時代に記された書物『土佐幽考(ゆうこう)』には、1745年(延享2)、大豊町で碁石茶が作られていたことが記録されている。碁石茶は、香川県で産出する塩の商いをしていた仁尾商人により瀬戸内地方へと売りさばかれ、大豊町の先人たちはそれと引き換えに塩を手に入れた。その証拠とも言えるのが、香川県塩飽(しわく)諸島の郷土料理である「島の茶粥(碁石茶粥)」。米や雑穀を碁石茶で煮込んだものだ。かつて島の生活用水であった井戸水は、塩分含有量が高く、スッキリとした酸味のある碁石茶との相性が良く、島人たちは「胃腸にやさしい料理」として受け継いできた。「後世の研究で腸内環境の改善など機能性(生体調節機能)が立証されている碁石茶ですが、先人たちはその理由を知らずとも、このお茶が体に良いことを経験則で理解していたはずです」と受田理事は推測する。

山間地域では手に入りにくい貴重な塩と交換していた碁石茶。正春氏がそれを口にしなかったのは、ご先祖さまたちが碁石茶を大切に思う気持ちを受け継いでいたからなのだ。

蒸し桶に茶葉を入れて、じっくりと蒸し上げる。茶葉を入れる際、桶の中心部分に隙間を作るため、桶の中の茶葉は熱対流で舞うような動きを見せる
枝を取り除き、長年使用している筵に葉を広げて榁に入れ、好気発酵させる。茶葉と茶葉の間に空間を作り、空気に触れさせることで発酵が進む
木桶に入れ替えて2回目の発酵(嫌気発酵)。こうした二段階発酵を経て作られるのが碁石茶の大きな特徴
しっかりと発酵したことを確認し、仕上げ作業に取り掛かる。まずは木桶から茶葉を出して茶切り包丁で切り分ける切り出し。「切り出しを決める際には天気予報とにらめっこ。晴天が1週間続くことを確認し作業に入ります」と小笠原さん
切り出した茶葉を手でまとめて筵に並べる。納屋の片隅で小笠原さんが切ったものから順に、手作業で形を整える妻の真由美さん(左)と近所の方
小笠原さんが父から引き継いだ茶切り包丁やまな板などの道具類
消滅の危機を脱するために手を携えた産官学チーム

山間の町の特産品として、江戸時代には2,000軒もの生産者がおり、最盛期の生産量は100tを超えていたという碁石茶だが、輸入茶の台頭や高齢化などの事情から生産者は激減していった。そして1980年代には、小笠原家が唯一の生産農家となってしまう。「長年愛飲してくれているお得意さんのために、細々と作っているような状況でした」と小笠原さんは振り返る。

まさに碁石茶は幻になろうとしていた。これに危機感を持ったのが、当時の商工観光班職員だった大石雅夫町長。その働きかけで、新規参入者向けの勉強会を開催し、小笠原家の製造方法の記録も行われた。その甲斐あって1軒の新規参入はあったが、依然として危機的状況は続いていた。

転機となったのは2002年(平成14)、テレビや新聞に大々的に取り上げられ、注文が殺到。在庫は3日間で底をついた。翌年、生産者は7軒に増え、さらに翌年には2軒が新規参入。第3セクター「大豊ゆとりファーム」も製造を開始し、碁石茶の未来は安泰かと思われたが、ブームが去り、売り上げは低迷。生産者によって味のばらつきが大きいことも問題点となった。これを解決するために、小笠原家の作業工程を詳細にマニュアル化。またカビ菌を共有するため、他の生産者に小笠原家の筵を貸し出すことも決められた。

2006年(平成18)から3年間をかけて、大豊町と高知県工業技術センター、受田教授ら高知大学は共同研究を開始。碁石茶はコレステロール値の低減に効果があることがわかった。

2007年(平成19)、小笠原さんの父・章富(あきとみ)氏を初代組合長に大豊町碁石茶生産組合(※3)を設立。「目慣らし会」と呼ばれる新茶鑑評会で味わいを厳しくチェックし、販路の開拓にも積極的に取り組んだ。並行して受田理事らの研究も進み、碁石茶は抗酸化作用が高く、高脂血症や動脈硬化の抑制・予防効果があることなどのデータが得られた。(※4)2015年(平成27)、再びテレビに取り上げられ、今度は一過性ではない碁石茶ブームが巻き起こる。その年の暮れ、章富氏は安心したかのように73歳で泉下の人となった。

翌年、章富氏を継いで、小笠原さんは組合の二代目理事長となった。妻の真由美さんと共に、亡父のことを思い出しながら変わらぬ茶作りに取り組んでいる。炎天下の作業の合間、キンキンに冷やした碁石茶で一服する小笠原夫妻。「実は父の代から、自家でも碁石茶を口にするようになりました」と微笑む小笠原さん。碁石茶の爽やかな酸味が、疲れを吹き飛ばしてくれる。

※3…2010年(平成22)に法人化し、大豊町碁石茶協同組合となり、組合長は理事長となった

※4…高知大学医学部の倫理委員会の許可のもと、人に投与し効果が確認された

関係機関と連携し、長年、碁石茶の機能性などの調査を行ってきた高知大学の受田理事・副学長。「二段階発酵を経て作られる発酵茶は世界でも珍しく、そのうち2種(碁石茶と石鎚黒茶)が四国で受け継がれてきたことは興味深い」と話す
碁石茶の天日干しの様子。写真右に写っているのは故 章富氏。皆が製造をやめても碁石茶を作り続けた章富氏のおかげで、その伝統を守ることができた
小笠原家で大切に使われてきた筵。この筵と榁に付着しているカビ菌が好気発酵を促す
箱入りの茶葉やティーバッグのほか、手軽に飲める紙カートカン入りも販売。いずれの商品にも『一般社団法人 本場の本物ブランド推進機構』の認定マークが輝いている
日当たりの良い庭へ、碁石茶をのせた筵を運び出す小笠原夫妻。
2人がかりで筵1枚分を仕上げるのに約2時間を要する
碁石茶の魅力を伝える2種類の茶大福

大豊町に近い土佐町に本社を置き、ショッピングセンターの経営、加工食品の開発や通販に取り組む株式会社末広は、2004年(平成16)に碁石茶を使った碁石茶大福を開発した。「元々、碁石茶の茶葉を扱っていましたが、せっかくだったらここにしかないオリジナルの加工品を開発したいと考えたのがきっかけです」と話すのは、外販担当の北村名津美さん。

開発にあたってネックになったのは独特の酸味。他メーカーの茶大福に倣って、粉末の碁石茶を表面にまぶしたところ、賛否が分かれた。そこで餅生地に碁石茶を練り込み、生クリーム餡を包み込んだ『碁石茶大福・緑』を開発。表面には仁淀川町の緑茶と抹茶の粉をまぶしている。直営のスーパーマーケットや高速道路のパーキングエリア、オンラインショップで販売したところこれが好評。土産物としてはもちろん、地元の日常のおやつとしても定着した。

それを追い風にして2017年(平成29)、表面に緑茶と抹茶ではなく碁石茶をまぶした『土佐の茶大福・黒』を開発。口に含んだ瞬間は酸味が広がり、餡や生クリームの甘さが追いかけてくる独特の風味に仕上がった。

「県外の方からは、茶大福をきっかけに碁石茶の存在を知りましたという声も聞こえてきて、嬉しく思っています」と北村さん。小さな大福は、碁石茶の魅力発信に大きな力を発揮している。

地元の女性グループが作った碁石茶の羊羹や煎餅。甘さの中に独特の風味があり、ファンも多い(道の駅大杉にて販売中)
左は『土佐の茶大福・黒』、右は『碁石茶大福・緑』。黒・緑がそれぞれ5個入り1箱2,160円
「価格は決して安くありませんが、リピーターも多い人気商品。大豊町ならではの味わいです」と話す株式会社末広の北村さん

お問い合わせ

大豊町碁石茶協同組合
住所 高知県長岡郡大豊町黒石343-1
電話番号 0887-73-1818
営業時間 8:30〜17:00
定休日 土・日曜日、祝日
URL http://goishicha.jp
備考 オンラインショップあり
株式会社末広(末広ショッピングセンター本店)
住所 高知県土佐郡土佐町田井1353-2
電話番号 0887-82-0128
営業時間 9:00〜19:30
定休日 元日
駐車場 あり
URL https://www.suehiloya.jp
備考 オンラインショップあり

撮影のためにマスクを外している場合があります