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壮大なアート作品に秘められた物語 大国際美術館探訪OTSUKA MUSEUM OF ART(徳島県鳴門市) 壮大なアート作品に秘められた物語 大国際美術館探訪OTSUKA MUSEUM OF ART(徳島県鳴門市)
環境展示の1つである『貝殻のヴィーナス』。広い中庭に面した壁画を再現。絵には光があたり、時間帯によって異なる表情を見せる

徳島県鳴門市の「大塚国際美術館」は、日本最大級の常設展示スペースを有し、延床面積は約3万㎡、古代から現代まで時系列で作品を並べた鑑賞ルートは約4㎞ある。地下3階・地上2階に展示された作品は1,000点以上あり、それらはすべて特殊な技術により再現された陶板名画。原画が1点もない異色の美術館である。

累計来館者数は2022年に600万人を突破し、世界最大の旅行口コミサイト『トリップアドバイザー』で上位ランキングの常連であることからも、国内外からの高い人気がうかがえる。

「大塚国際美術館」は今年3月に開館25周年を迎えた。そこで学芸員の案内により、館内を彩る壮大なアート作品に秘められた物語、ここでしか得られない唯一無二の感動を紹介する。

地下2階にあるのは、イタリア語で洞窟の意味をもつ「グロッタ」と名付けられた部屋。ジュゼッペ・アルチンボルドの作品などを展示
左のジャック=ルイ・ダヴィッド『皇帝ナポレオン1世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠』は、この美術館で額縁に収められた作品では最大サイズ(6.21m×9.79m)
陶板名画だからこそ生まれたメリット

「大塚国際美術館」に展示されている古代から現代の西洋美術の名作は、陶板(板状の陶器)に焼き付けて原寸で再現した陶板名画。レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』、ムンクの『叫び』、ミレーの『落ち穂拾い』など、知名度の高い作品も多く、名画全集のなかに迷い込んだような気分に浸れる。学芸部の山側千紘(やまがわちひろ)さんは、「陶板名画だからこそ生まれた3つのメリットが、多くの来館者を惹き付けています」と話す。その1つが、退色劣化を免れられない原画に対して、陶板名画は2,000年以上もそのままの姿で残せること。

陶板名画は展示環境に制約がない。照明で明るく照らしたり、日射にさらされたりしても傷むことがないのだ。そのメリットを最大限に活かしているのが、印象派の巨匠・モネの『大睡蓮(だいすいれん)』だ。これは屋外にある円形の壁面にパノラマのように展示されている。原画はフランスのオランジュリー美術館の室内に飾られているが、生前のモネは『この作品は自然光のもとで見てほしい』と願っていた。「日差しがあたると、描かれた池の水面がきらめくようにも見えます。これこそがモネが理想とした世界なのだと確信しました」と山側さん。例年、夏には作品を取り囲む池に本物の睡蓮が咲き誇り、アートの花と本物の花の競演を堪能できる。

人気の高い『モナ・リザ』。作品だけではなく、額縁も可能な限り原画のものを再現。額縁のない作品は時代考証をして制作しているので、そちらもチェックしたい
14世紀初頭に描かれたフレスコ画で埋め尽くされた「聖ニコラオス・オルファノス聖堂」。現地と異なり、遮蔽物がないので細部に至るまで観察することができる
美術館のロゴをあしらったフォトスポットを背に立つ山側さんは徳島市出身。大学時代にここでアルバイトをしたことをきっかけに、西洋美術に興味をもった
実際には観られない「幻」の世界を体感

展示された作品の原画は世界26カ国、190以上の美術館の収蔵品。原画に会いにいくためには、莫大なコストや時間、労力が必要だが、それらが一堂に会していることが陶板名画であることの2つ目のメリットだ。『過去に海外で鑑賞した作品をまた観ることができ、思い出に浸りました』という喜びの声を聞くこともあるという。また、コロナ禍で渡航が困難な時期には、この美術館で海外旅行気分を味わう人も見受けられた。

3つ目のメリットは、実際には観られない芸術世界を体感できること。16世紀から17世紀初めにかけて、エル・グレコは『受胎告知』などイエス・キリストの誕生から復活までを6点(※)の絵画で構成する大祭壇衝立(さいだんついたて)画を完成させた。しかし19世紀初頭のナポレオン戦争により祭壇は破壊され、絵画は散逸されてしまう。「現在、6点の絵画は2カ国の美術館が所蔵しており、もともとの展示風景で観ることは叶いません。しかし当館では、高さ約13mの祭壇も含めた展示を行っています」との山側さんの言葉通り、地下3階「エル・グレコの部屋」には、今や幻となった世界が出現している。

同様に、現実にはない世界観を体験できるのは、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』。高さ4.2m、幅9.1mもある大作が、相対する壁に2点展示されている。1点は1977年(昭和52)までの姿、もう1点は1999年(平成11)以降の姿だ。「この作品はもともとイタリア・ミラノにある修道院の食堂に描かれたもの。湿気などの影響を受けてカビの発生や劣化が激しく、何度も修復や描き足しが行われていました」と山側さん。それをオリジナルの状態に戻そうと、20年以上をかけて大修復を敢行し、当時の色を取り戻した。2つの絵を見比べると、さまざまな発見がある。過去と今の作品を見比べるという楽しみ方は、この美術館ならではといえる。

※4点とされる説もある。

モネの最晩年の作品である『大睡蓮』は、4点の絵画で構成される装飾画。パノラマのように作品がつながり、鑑賞者は絵の世界に入り込んだような気分になれる★
『大睡蓮』を取り囲む池で咲き誇る睡蓮の花。ここではモネが想像で描いたとされる青い睡蓮も開花する★
地下3階の「エル・グレコの部屋」。正面が大祭壇衝立画、右が『聖マウリティウスの殉教』、左はエル・グレコの最高傑作ともいわれる『オルガス伯爵の埋葬』
作品と建物の準備に費やした時間と苦労

「大塚国際美術館」の誕生には、多くの苦労があり、準備に約10年を費やした。最大の困難となったのは、名画を忠実に再現すること。作品制作は、原画の写真を何枚も撮影することから始まる。写真から分版した専用の転写シートを陶板に重ね、1,000度を超える窯で約8時間かけて陶板に絵を焼き付ける。そして原画の色合いやタッチを表現するために、特殊な釉薬(ゆうやく)をひと筆ずつのせて焼くという過程を何度も繰り返し、ようやく完成にいたる。

もう1つの困難は、立地にあった。美術館は瀬戸内海国立公園内に位置していたため、建設にあたっては厳しい制約を受けた。景観を損ねることがないよう、地上に出ている展示室は2階のみで、大部分は地下にある。山を掘って地下3階分の展示スペースをつくり、工事後に山の木を植え直した。手間もコストも非常にかかったが、初代館長の故大塚正士が「この場所に建てたい」とこだわった。鳴門海峡に面した鳴門山の山頂一帯に整備された鳴門公園は、関西からの四国への入り口。かつては渦潮を見たら宿泊は他県でという観光客も少なくなかった。「美術館でゆったりと過ごし、徳島県内で食事や宿泊をしてこの地の魅力を深く知ってほしい」という願いが、この場所を選んだ理由だ。

当日の再入館ができるので、鑑賞を中断して渦潮を見に行ったり、外でランチを食べたりしてもいい。時間を有効に活用した旅のプランを立てることができる。

ゴッホの作品を間近で観ると、作品の立体感がよくわかる。ゴッホの力強い筆使いを見事に再現している(『芦屋のヒマワリ』参照)
重要な鍵を握っているのは、技術者の手仕事によるレタッチ(加筆・修正)。独自の技術と職人技の融合により、陶板名画が完成する★(写真:大塚オーミ陶業株式会社提供)
上が修復前、下が修復後の『最後の晩餐』。2つを見比べると修復後は、ぼんやりとしていた人物の表情や身振りがより鮮明になり、「裏切り者がいる」と告げたときのキリストの口元、弟子たちの驚きや狼狽もよりリアルに伝わってくる
カフェ&レストラン「Café de Giverny(ジヴェルニー)」では、芸術にちなんだメニューも用意。その時々で内容が変わるので何があるかはお楽しみに
地上1階には広大な庭園が整備されている。瀬戸内海や大鳴門橋を一望できるスペースでひと休みもいい
★…大塚国際美術館 提供
美術館の目玉となった空間ごと再現した環境展示

入り口は山の麓にある。ここから長さ41mのエスカレーターに乗って、山中にある地下3階へと向かう。そこで出現するのが、施設の代名詞ともいえる「システィーナ・ホール」。現地と同じスケールで再現しており、ミケランジェロが描いた「システィーナ礼拝堂」の天井画と壁画は圧巻だ。「『バチカン市国と同じ』という嬉しい言葉をいただきますが、実は現地にはない視点があるんです」と山側さんが案内してくれたのは地下2階。そこにはバルコニーがあり、旧約聖書を題材にした天井画が間近に観られる。

この礼拝堂や隣にある「スクロヴェーニ礼拝堂」、「聖マルタン聖堂」など、遺跡や礼拝堂の壁画を空間ごとそのまま再現した「環境展示」は全部で10点以上。システィーナ・ホールは過去に歌舞伎公演や将棋対局の舞台となり話題をよんだ。

2018年(平成30)のNHK紅白歌合戦では、徳島県出身のアーティスト米津玄師さんがシスティーナ・ホールで歌唱し、大きな話題となった。

「システィーナ礼拝堂」の壮大な天井画は、ミケランジェロがわずか4年半で描きあげたフレスコ画。漆喰が乾くまでのわずかな時間で描くことで生まれる線の勢いも、見事に再現されている★
「スクロヴェーニ礼拝堂」はイタリアにある礼拝堂。キリストと聖母マリアの生涯を描いたフレスコ画を観ることができる。なかでも写真正面の『最後の審判』、対面に描かれた『受胎告知』は圧巻★
リピート集客につながる定期的なリニューアル

「大塚国際美術館」はリピート訪問が多いといわれているが、それを後押ししているのが定期的なブラッシュアップ。開館5周年には修復後の『最後の晩餐』の公開、開館10周年には「システィーナ礼拝堂」の天井画の完全再現が行われた。これは開館時には技術的に難しかった3次曲面の再現が可能になったためだ。

開館20周年には、ゴッホが描いた花瓶入りの『ヒマワリ』全7点を1つの部屋に展示した。そのうちの1点は阪神大空襲で焼失した通称『芦屋のヒマワリ』。画集に掲載された写真をもとに2014年(平成26)に再現したこの作品も含め、一堂に鑑賞できるのも陶板名画ならでは。

1度目の訪問は時間の許す限り作品を鑑賞し、リピート訪問の際には、時代や作者など自分でテーマを決めて巡るのもおすすめ。「作品の前には柵やガラスもなく、写真撮影も自由。教科書や画集とは違う原寸大ならではの気づきもあるはず」と山側さん。館内を巡るうちに西洋美術に対する敷居の高さはいつの間にか吹き飛んでいく。じっくりと館内を巡って作品の世界に浸れば、海外を旅したような充実感を得られるに違いない。

天井と壁を結ぶ部分は、微妙な3次曲面で構成。その様子は地下2階の窓から間近で観ることができる
ゴッホの「7つのヒマワリ」コーナー。ゴッホが描いた花瓶入りの『ヒマワリ』で現存するものは全部で6点。アメリカ、イギリス、オランダなど世界各地で保管されている
館内にある1,000点以上の作品のうち、原画がないものは2点。1点は『芦屋のヒマワリ』、もう1点は『タラスコンへの道を行く画家』。後者はゴッホ唯一の全身自画像だが、第二次世界大戦で消失または焼失した。制作は画集をもとに行われた
絵画をモチーフにしたフォトスポットも人気。定期的に入れ替えがあり、写真は今年4月初旬までの様子。現在はオールドローズのアートフラワーを使用している
ミュージアムショップではお菓子やタオルハンカチ、文房具など名画をモチーフにしたオリジナル商品を販売

開館25周年を記念して
新たなゴッホの作品を公開

今年3月、地下1階の「7つのヒマワリ」展示室前に、ゴッホの『夜のカフェテラス』がお目見え。南フランスのアルル地方にある実在のカフェテラスを舞台としており、黒を使わずに夜景を表現するところに作者らしさが感じられる。なお、これにより館内のゴッホの作品は計17点となった。★

★…大塚国際美術館 提供

お問い合わせ

大塚国際美術館
住所 徳島県鳴門市鳴門町土佐泊浦字福池65-1 鳴門公園内
電話番号 088-687-3737
開館時間 9:30〜17:00(入館券の販売は16:00まで)
休館日 月曜(祝日の場合は翌日)、1月は連続休館あり、その他特別休館あり、8月は無休
入館料 当日券一般3,300円、大学生2,200円、小中高生550円
駐車場 有り
URL https://o-museum.or.jp