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石鎚山が与えた恵み 名水仕込みの美味があるまち 石鎚山が与えた恵み 名水仕込みの美味があるまち
(左上)西条市の豊富な水資源の源である石鎚山系。最高峰の石鎚山は日本百名山の1つ
(右下)本陣川の河口にあり、西条市内のうちぬきで、最も海際に位置している弘法水。水不足で困っていた人々のために、弘法大師が杖を突いて湧出させたという伝説がある

標高1,982mの西日本最高峰・石鎚山を中心に、20以上の高山が連なる石鎚山系。東西約50㎞にも及ぶ山系は、麓の市や町にさまざまな恩恵をもたらしている。その代表が、西条市の水資源。西条市は典型的な瀬戸内式気候で、平野部の年間降雨量は約1,400㎜とそれほど多くはないが、山間部に限ればその2~3倍もの降雨がある。

石鎚山系に降った雨は、西条市民に名水という恩恵をもたらしている。名水があったからこそ生まれた食の名物もある。そこで「水」をテーマに西条市を巡り、名水が生み出した酒や料理を訪ねて、それぞれに込められたつくり手の想いにふれた。

あちらこちらで見られる水のある風景。
左:アクアトピア水系と名付けられた約2.6kmの水辺の散策路
中:西条市総合文化会館の西側にあるモニュメント
右:田園地帯にある野菜洗い場。収穫したての野菜を清らかな水で洗って出荷する
全工程で名水を使った酒造り 石鎚酒造株式会社
徹底した温度管理のもと、蒸米に麹菌を繁殖させる「製麹(せいぎく)」の工程では、米をほぐしたり混ぜたりする手作業が肝となっている
酒造りに使用する大量の水は全て敷地内にある井戸で賄っている
洗米、浸漬(しんせき)した水分を含んだ米を、甑(こしき)と呼ばれる蒸し器で蒸し上げる「蒸(じょう)きょう」の工程

製造工程で水を多量に使う日本酒。西条市には、2019年(令和元)に「VANQUISH(バンキッシュ)」(720㎖瓶11,000円(税込))、昨年は「INTEGRAL(インテグラル)」(720㎖瓶22,000円(税込))という高級酒で話題となった酒蔵がある。1920年(大正9)に創業した「石鎚酒造株式会社」だ。3年前に四代目に就任した越智浩(おちひろし)さんは、「うちの蔵の酒造用水はすべて石鎚山の伏流水。敷地内の井戸から潤沢に湧き出る超軟水です」と話す。

酒造用水は醸造用水と瓶詰用水から成り、前者にはできあがった日本酒の一部となる仕込み水のほか、米を洗ったり、水に浸したりする際に使う水も含まれる。後者は瓶を洗浄するための水。蔵では1日10tもの水を使用するが、全工程で名水を惜しげもなく使う、贅沢な酒造りをしている。

生き残りをかけて 家族での酒造り

日本酒の消費量は、1973年(昭和48)をピークに、年々減少の一途を辿っている。主な原因は少子高齢化による消費量の減少。若年層のアルコール離れも追い打ちをかけている。越智さんは東京農業大学醸造学科を卒業後、商社に勤務。その当時は先行きが明るくない家業を継ぐ意思は全くなかったが、1999年(平成11)、父からの要請を受けて帰郷した。「長年、蔵を支えてくれた杜氏(とうじ)が引退することになり、『蔵元杜氏となってほしい』と頼まれたのです」と振り返る。

日本の酒蔵は、蔵元が杜氏を雇い入れて、酒造り一切を任せるのが伝統。杜氏は蔵人を引き連れて、酒造りの時期(主に冬場)だけ仕事をしていた。ところが季節労働者であることなどがネックになり、次の世代の育成や確保が難しくなってきていた。三代目である父は「家族での酒造り」にシフトすることを決断。越智さんと同様に東京の大学で学び、茨城県の酒蔵で働いていた弟の稔(みのる)さんと「量より質を追求しよう」と決め、初年度から精米歩合(※)50%以下の大吟醸の醸造に取り組んだ。

※精米して残った米の割合。70%前後が一般的

20種類以上ある商品は、敷地内にある事務所で直接購入することができる
業界に新たな風 ワインのような日本酒を

酒造りを始めた越智さんは、旧態依然とした業界に新たな風を吹かせようと奮闘する。1つはブランディング。「食中に活きる酒造り」をコンセプトに味はもちろん、ラベルやボトルの形状も研究した。お手本としたのはワイン。ワインは価値があると判断されれば、どんなに高額でも買い手がつく。「日本酒もそんな風にしたい」と、越智兄弟が中心となり次の年はどんな酒を目指すのかなどの方針を検討。日本酒の価値を向上させるべく心血を注いだ。

特に大きな効果をもたらしたのは、7年前からスタートした「酒蔵デジタルトランスフォーメーション(DX)」。酒造りは経験や勘が大切と言われてきたが、それに頼りすぎず、データを基に品質の管理や向上を行うことにした。

蔵ではモニタリングシステムにより麹や酒母(しゅぼ)、醪(もろみ)の温度管理を自動化。分析室からはもちろん、出先でもスマートフォンで確認できる。しっかりと品質をコントロールした高レベルの酒で狙いをつけたのは、国内の高級料理店と海外市場。こだわりを認めてくれる全国の料理店を地道に開拓し、かつての商社勤務時代の縁を頼って海外への展開にも力を入れた。今では売り上げの1割を海外が占めるまでになった。

「石鎚山の伏流水で仕込み、この地の気候風土により醸造するという芯をぶらさず、これからも時代に即したチャレンジをし続けたい」と話す越智さんを、背後に佇む石鎚山が見守っている。

「純米吟醸 石鎚 緑ラベル」は冷酒や常温でおいしく、魚料理との相性が抜群。国際線の搭乗酒に選ばれ、欧米やアジア便のビジネスクラスで提供されたことも。新しい時代の「石鎚」を代表するお酒
石鎚酒造は、酒蔵に特化したシステムを導入している愛媛県唯一の蔵元
「石鎚山系の伏流水で仕込んだ酒を世界中の人に味わってほしい」と話す越智社長
生活や産業を支える 石鎚山系の伏流水(地下水)
西条の水マップ、うちぬき+自噴井分布エリア、地下水がたまっているエリア、周桑平野、中山川、西条平野、加茂川
西条平野の地下水の仕組み(加茂川流域)、かんがい用井戸などからの揚水、うちぬきからの自噴湧き水、山からの水、粘土層、圧力、圧力、帯水層(地下水がたまるくぼみ)、海水の侵入、この深く大きいくぼみが西条平野の特徴!

石鎚山系に降った雨は、地中へと浸み込み、西条市内に流れ込んで地下水となる。

市の中心部を流れる加茂川流域の地中は、周囲を粘土層で囲まれているため地下水に強い圧力がかかる。そのため地表から鋼管を10〜15mほど打ち込むと、水が噴出する。この自噴井(じふんせい)を「うちぬき」と呼ぶ。市内には約3,000本ものうちぬきがあり、1日に約9万㎥が湧いている。地下水は一般的な井戸でも活用されており、西条市の約半数の世帯がその恩恵を受けている。

市民の生活を支えてきた地下水は、農業、紙漉(す)き、精密機械の加工などにも役立っている。また、菓子や練り物、味噌、豆腐などの食品加工でも、うちぬき水は大活躍。JR西条駅前にある「西条市観光交流センター」では、それらを販売している。施設を運営する一般社団法人 西条市観光物産協会の藤田昭平さんは、「施設内にも、うちぬきがあるんですよ」と案内。建物の一角で湧き出す水は、ほのかな甘みを感じさせる。1985年(昭和60)に環境庁(現:環境省)の名水百選に選定され、全国利き水大会で2年連続日本一に輝いたというのにも納得だ。

「西条の名水を使用した商品は観光客に好評です」と藤田さん
そば職人となったのは「うちぬき」への敬意 西條そば 甲(きのえ)
国産の蕎麦の実を石臼で自家製粉し、その日の気温を考慮しながら手打ちする蕎麦は、香りも歯ごたえも良い
西条の伝統野菜「絹かわなす」の時期(5月下旬〜10月)だけ提供する「絹かわなすの冷やかけおろし」
茹でた蕎麦をうちぬき水でもみ洗いし、粗熱とぬめりをとる

大阪府箕面市出身で、関西のアパレル関係の会社に勤めていた荻原甲慎(おぎはらこうしん)さんは、2001年(平成13)に妻の郷里である西条市に遊びに来た。そのとき、目についたのがうちぬき。「あちらこちらで水が湧き出ていて、これは何なのだろう? と不思議に思ったんです」。湧水を口に含むと、清らかな味わいに驚いた。パッと頭に浮かんだのは、「この水で蕎麦を打ちたい」という想い。仕事の関係で東京出張が多く、いつの間にか好きになっていた江戸蕎麦。どこかで耳にした「蕎麦の加水率は約5割」という知識が頭をかすめ、「この水で打った蕎麦はおいしいに違いない」と考えたのだ。

思い立ったら即行動。会社を辞めて、山梨県の蕎麦屋に弟子入りし、職人としての道を歩み始めた。そして2005年(平成17)に「西條そば 甲(きのえ)」を開業する。「うちぬき水」を生み出した石鎚山への思いから、店の内装に山のデザインを取り入れた。味には自信があったが、開店早々から店には閑古鳥が鳴く。

「とにかくお客さまが来ない。残った蕎麦を自宅に持ち帰るのですが、子どもが『もう蕎麦は食べたくない』と言ったときには、失敗した! と頭を抱えました(笑)」。

時間はある。自分自身を見つめ直した荻原さんは、「誰のために蕎麦を打つのか」を考えた。きっかけはうちぬき水に惚れ込んだことだったが、住むほどに西条市や愛媛県の食文化に魅了されていった荻原さんは食材の見直しを行う。醤油などの調味料を愛媛県産に変え、西条産の野菜を使ったオリジナルメニューを開発。なかでも「絹かわなす」を使った蕎麦は、生産者が興味をもって食べにきてくれ、そこから口コミで評判が広がった。

カウンターと厨房の仕切りには、石鎚山系の山並みを再現したパーテーションがあしらわれている
地元の人気カレー店とコラボした蕎麦など、斬新なメニューにも挑戦している荻原さん
最終目標はメイドイン西条の蕎麦

蕎麦づくりに必要なのは、水と蕎麦の実だけ。シンプルだからこそ、水の違いはダイレクトに味の違いとなる。修業先の山梨県の水は硬水だったが、うちぬき水は軟水。最初はその違いに戸惑ったが、慣れてみれば蕎麦粉との馴染みが良く、蕎麦の香りもよく立つ。つゆも同様に、鼻に抜ける香りが爽快。かえしや出汁の仕込みはもちろん、茹でた蕎麦を洗うのにも、うちぬき水をじゃぶじゃぶと使う。うちぬき水は年間を通して温度変化が少ない点も扱いやすい。

最終目標はメイドイン愛媛、メイドイン西条の蕎麦。「可能なら蕎麦の栽培から自分でやりたい」と考えている。その手始めに2017年(平成29)に製粉所をつくり、玄蕎麦(殻付きの蕎麦の実)を自家製粉している。

「うちぬきがなかったら、ここには居なかったし、蕎麦屋にもならなかった」としみじみ。川が土地の形状に合わせて流れを変えるように、うちぬきに導かれて人生の流れを大きく変えた荻原さん。その流れの先には、うちぬき水育ちの蕎麦の実で、「100%西条産の蕎麦を提供する」という大きな夢が待っている。

西条市の契約農家がつくったトマトを使用した「ソバゲッティー」は7月上旬頃まで提供
案内人とのまちめぐりでディープな西条を知る

西条市内には自由にうちぬき水を汲んだり、水と親しんだりできるスポットが点在している。ガイドの案内を受けながらこれらを散策する「水めぐりツアー」は、西条の魅力をより深く知ることができると好評。水めぐり案内人の越智敏彦(おちとしひこ)さんは「うちぬきの仕組みや絶景スポットなど、地元民だから知っている情報とともにご案内しています」と話す。ツアーは利用の2日前の正午までの予約制で対応している(1グループ5人まで、ガイド料1人500円)。

「西条市の宝であるうちぬきの魅力を広めたい」と活動に取り組む越智さん

お問い合わせ

西条市観光交流センター
住所 愛媛県西条市大町798-1
電話番号 0897-56-2605
営業時間 9:00~18:00 (物産販売コーナーは17:30まで)
定休日 無休
駐車場 あり
URL https://saijo-imadoki.jp
石鎚酒造株式会社
住所 愛媛県西条市氷見丙402-3
電話番号 0897-57-8000
営業時間 9:00~17:00
定休日 土・日曜日、祝日
駐車場 あり
URL https://www.ishizuchi.co.jp
西條そば 甲
住所 愛媛県西条市朔日市783-6
電話番号 0897-55-7836
営業時間 10:00~14:00(麺がなくなり次第終了)
定休日 日曜日
駐車場 あり
URL https://saijosoba-kinoe.com