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肱川(ひじかわ)のほとりのサステナブルな観光地大洲(愛媛県大洲市) 肱川(ひじかわ)のほとりのサステナブルな観光地大洲(愛媛県大洲市)
1688年(元禄元)創業の老舗料亭「いづみや」の別館であった建物を改修した、「NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町 TUNE棟 いづみや別館」。歴史的資源を活用し城下町を再生させる観光まちづくりの取り組みにより、持続可能な観光地として高く評価されている

愛媛県大洲市は、かつて伊予六万石の城下町として栄えた歴史をもつ。一級河川・肱川の中流域に位置する旧城下町は、藩政時代の風情を色濃く残している。江戸時代に作られた木組み模型などをもとに木造で復元された大洲城、肱川に浮かべた屋形船で楽しむ鵜飼(うかい)、明治時代に建てられた国指定重要文化財・臥龍山荘(がりゅうさんそう)などは、長らく観光客を惹きつけてきた。

一方、20数年前から城下町の町並みは過渡期を迎える。風情を漂わせる古い建物の保存が難しくなってきたのだ。そうした状況を乗り越えるべく、城下町の再生プロジェクトが始動。その取り組みは、今年、世界的なコンペティションで高い評価を受けた。城下町の再生はどのように進んだのか、その発端から現在までを紹介する。

01/水郷・大洲の象徴、肱川。かつて産業を支え、水運の要所であった流域には屋形船が舫(もや)われている。鵜船と屋形船が並走する「大洲のうかい」は夏の風物詩
02/大洲藩主加藤家の居城であった大洲城。現天守は2004年(平成16)に竣工。史実に基づき往時の姿を正確に復元した、珍しい木造天守である
03/「おはなはん通り」に和傘が映える。大洲まちの駅「あさもや」内の大洲観光総合案内所で和傘を貸出中。日除けはもちろん、記念撮影のアクセントに最適
04/「NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町 ATU棟」にある「うみとカモメ山下別邸」では、旬の瀬戸内の果実を使った宝石のような瀬戸内フルーツサンドが絶品

消えかけた町並みに危機感を募らせた人々

大洲市の旧城下町にあたる肱南(こうなん)地区は、戦災を逃れたことから藩政時代の町割り※が残っており、風情ある建造物も多い。特に観光客に人気なのは、1966年(昭和41)に放映されたドラマ『おはなはん』のロケ地になった「おはなはん通り」。通りのある志保(しほ)町や比地(ひじ)町界隈には、江戸から昭和初期に建てられた武家屋敷や町家が集中しており、タイムスリップしたような気分を味わうことができる。かつてはどの建物にも人が住んでおり、暮らしの息遣いが感じられることも魅力だった。

ところが建物の老朽化や所有者の高齢化などを理由に空き家が増え、取り壊しを余儀なくされる建物も出てきた。もちろん大洲市もただ手をこまねいていたわけではなく、1999年(平成11)の「おはなはん通り」の町並み景観保全を皮切りに、景観条例の制定などに取り組んだ。しかし、状況を一気に好転させることは難しく、2017年(平成29)には、複数の大型の建物が一気に取り壊されてしまう。これに危機感を募らせたのが、大洲市の若者を中心に結成されたNPO法人「YATSUGI(やつぎ)」。

「所有者の方に話を伺うと、決して建物を壊したいわけではないんです。維持管理の負担の大きさや自身が大洲市を離れているなどの事情から、やむなく手放すという選択をしている方が多かった」と話すのは、「YATSUGI」のメンバーで一般社団法人キタ・マネジメントの井上陽祐さん。最初は無住の建物の清掃や空気の入れ替え、障子の張り替えなどにより建物の命をつなごうとしたが、これはあくまでも延命措置。次世代に受け継ぐためには建物を活用しなければならない。飲食店や雑貨店、宿など活用法は色々と想定されるが、まずはこの地で商売が成り立つことを証明しなければと考えた。そこで計画したのが「城下(しろした)のMACHIBITO(まちびと)」と題したイベントの開催。2017年から3年間実施し、最終年には18棟の町家を活用。100以上の出店者で賑わった。着物などレトロファッションをまとった出店者や来場者も多く、双方が古い建物の魅力を存分に味わった。

※町割り:城郭を中心に構成された都市計画のこと。近世は武家地、町人地、寺社地に分かれ、街路が整備されていた。

左/往時をしのばせる志保町通り。かつては宇和島街道から松山街道へと続く、城下町で最も繁栄した通りといわれる。肱南地区にはこのような趣ある古い町並みが多く残っている
右/100年前の大洲の賑わいを再現した「城下のMACHIBITO」の様子
官民が手を携えてプロジェクトを始動

「YATSUGI」が動き始めた年、大洲市役所職員と地域金融機関行員は、町並み保存のための勉強会を立ち上げた。全国を視察し、まち全体をホテルに見立ててホテル機能をまちに分散配置する構想で成果をあげていた、兵庫県丹波篠山市での事業に着目。その運営会社の協力を得ながら、歴史的建造物を活用したまちづくりの仕組みを模索した。その結果、2018年(平成30)4月に大洲市と、金融機関を含む三つの民間企業が連携協定を締結。井上さんら「YATSUGI」のメンバーは、町家・古民家の改修や賃貸、管理業務を担う株式会社KITA、観光施設の指定管理や旅行商品の開発、物販などを担う一般社団法人キタ・マネジメントを設立。点在する町家や古民家を改修してホテルや飲食施設、土産物店として活用し、まち全体で観光客を出迎えるという「NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町」のプロジェクトを始動した。

建物の良さを引き出し秘められた物語を商品に

建物の改修費用は、国や市の補助金のほか、ファンドも活用し10億円を調達。KITAが改修にあたって大切にしたことがある。それは、「快適で使いやすい建物に生まれ変わらせるにあたり、残せるものはしっかりと残す、直すにしても材や技術を昔に倣うということです」と井上さん。関係者の「町並みを残したい」という思いから始まったプロジェクトゆえの譲れない点だ。

もう一つ、基本的に建物を期限付きで所有者から借りるという仕組みも特徴的。「買い取りをすると大家さんと建物の関係が途切れてしまいます。関係人口を増やしたいという私たちの思いに背きますから」と言う。

古い建物であれば、どれでも良いわけではない。建物の歴史、そこで紡がれた物語も含めてマネタイズしようと考えているため、事前に綿密な調査活動を行う。そこで力を発揮しているのが、キタ・マネジメント建築文化研究所のディエゴ・コサ・フェルナンデス所長。スペイン出身のディエゴさんは、建築学の学位を取得し、京都の大学に留学。2012年(平成24)に初めて大洲を訪問し、この地に惹かれた。「私の博士論文のテーマは『水と建築、歴史』。それを体現した大洲市に惹かれて、しばしば研究のために足を運んでいたのです」とディエゴさん。やがて井上さんらの取り組みに共鳴し、建物の調和や活用方法でその知見を活かし始めた。

ディエゴさんが仲間に加わり、インバウンド(訪日外国人旅行)戦略にも明るい光が見えた。海外出身で、世界各地を飛び回っていた彼のアイデアは、おもてなしや商品開発など多方面で活かされることとなった。

「おはなはん通り」に集まった「キタ・マネジメント」のメンバー。左から企画課の伊賀綾乃さん、井上さん、ディエゴさん、久世雄也さん。久世さんは大洲市環境商工部観光まちづくり課と「キタ・マネジメント」を兼務している
コロナ禍でも予約は堅調 城での宿泊も話題に

2020年(令和2)7月、全8棟11室で「NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町」が開業した。コロナ禍真っ只中の船出だったが、話題をさらったのは「大洲城キャッスルステイ」、通称・城泊(しろはく)。1泊2食付きで110万円(2名分)という驚きの料金設定だが、内訳を聞いてみれば納得できる。初代藩主の入城シーンを再現したり、現代流にアレンジした殿様の料理でもてなしたり。国指定重要文化財の高欄櫓(こうらんやぐら)や臥龍山荘(がりゅうさんそう)で飲食もできる。初年度から3年が経ち、これまでに26組94名が宿泊した。

現在、宿泊棟は全26棟31室に増えているが、「コロナ禍にあったこの3年間で、約12,000人をお迎えしています」と話すのは「NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町」の稲尾侑紀支配人。宿泊者はフロント棟でチェックインし、散策をしながら宿泊棟へと移動する。食事も専用棟で行うため、自ずと町並みと親しむ機会が増える。また、アメニティにはかつて養蚕が盛んだったこの地の歴史に着目して、大洲産の繭を原料としたコスメを採用。「他にも大洲和紙、和ろうそく、砥部焼など、大洲藩の時代から歴史を持つ特産品を、しつらえやもてなしに取り入れています」と稲尾さん。目に、手に触れるもの全てで、大洲の歴史文化を体感できるというわけだ。

01/木造天守で、一夜を過ごす「大洲城キャッスルステイ」は、直に文化財に触れ、往時の歴史体験ができるプランだ
02/「NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町」のフロントがある「OKI棟」。木蝋(もくろう)業を営み初代大洲銀行頭取であった実業家、村上長次郎邸を改修した
03/広い土間に格子状のカウンターが、旅籠の帳場を思わせる風情のフロント
04/「心がけているのは、お客さまにまちの魅力を伝えていくこと」と言う稲尾支配人
05/村上邸の木蝋の材料庫であった土蔵を改修した「MUNE棟」客室。土壁とむき出しの垂木、太い梁が土蔵の面影を残す
06/「MUNE棟」にはゲスト専用の中庭があり、自由に楽しめる
07/パウダールームには大洲の養蚕農家が手がける繭を使用した、天然シルク由来のコスメを常備。洗面ボウルは砥部焼だ
08/客室には大洲和紙の襖や障子、和ろうそく、絹のタペストリー、砥部焼の花生けなど、調度品には地域の特産品が使用されている

愛媛県南予地方唯一のクラフトビール醸造所

宿泊棟とともに増えていったのは、飲食施設や土産物店などのテナント。近年、20軒以上の店舗が開業し、まち歩きの楽しみとなっている。築100年以上の繭の蔵を改装して、昨年春から本格始動したのは「臥龍(がりゅう)醸造」だ。ここは愛媛県南予地方唯一のクラフトビール醸造所で、出来たてのビールを味わえるバーやパン工房を併設している。

「大洲は盆地なので、夏はとても暑くなります。まち歩きの途中に冷えたクラフトビールで一息つけたら最高だろうな、というのが発想の原点」と話すのはマネージャーの梶原玉男さん。経営母体の株式会社アライは、食品容器製造で全国にシェアを誇っている。障がい者雇用も積極的に行っており、その活躍の場づくりというのも開業の理由の一つだ。

「もちろんこの素晴らしい煉瓦(れんが)造りの建物を活かしたいという思いもあります」と梶原さん。人気のクラフトビール醸造家の指導を受けて、現在造っているビールは6種類。大洲の産物を活かした新商品の開発にも積極的に取り組み、今年6月にはシルクのパウダーを使った「大洲シルクエール」を売り出した。「大洲は農産物が豊富。それらを活かした商品をどんどん開発したい」と梶原さん。

今夏から宿泊者用レストランでの商品の提供も始まり、”大洲の味”としての人気の高まりに期待が寄せられている。

1906年(明治39)に建築された製糸工場の繭倉庫を改修した「臥龍煉瓦倉庫」。その1階が「臥龍醸造」だ。中庭には開放感溢れるテラス席もある
倉庫2階は軽食も楽しめるタップルーム(ビアバー)。イギリスのパブをイメージした内装にはアンティークを使用している
マネージャーの梶原さん。地域の特産品を副材料にしたクラフトビールを開発したいと語る
タップサーバーから直に注がれるクラフトビールの味は格別
世界的な評価を糧に 止まることのない歩み

大洲市では「再生」をテーマとした新たな名所も話題となっている。2021年(令和3)5月から一般公開されている「盤泉荘(ばんせんそう)(旧松井家住宅)」だ。ここは明治から大正時代にかけて世界を股にかけて活躍した、大洲市出身の松井國五郎が建築した建物。國五郎は兄の傳三郎とともにフィリピンで貿易会社や百貨店を経営し成功した。傳三郎は故郷に別荘の建築を計画していたが、志半ばで他界。その遺志を受け継いだ國五郎が、1926年(大正15)に完成させたのだ。

数寄屋造や書院造など純和風のしつらえでありながら、レッドカーペットのように南洋材を敷き詰めたり、高い天井やバルコニーを取り入れたりした設計はとても興味深い。海外生活で身につけた習慣と日本文化への思慕が渾然一体となった、唯一無二の建物だ。

今年3月、大洲市に嬉しいニュースが舞い込んだ。オランダの国際団体が選ぶ「世界の持続可能な観光地」文化・伝統保全部門において、大洲市が世界1位に輝いたのだ。井上さんら関係者は歓喜しながらも、「アフターコロナのこれからがまちづくりの本番」と気を引き締める。官民が一体となって取り組むプロジェクトに、これからも注目したい。

新たな観光施設として再生した「盤泉荘(旧松井家住宅)」。前庭では、幻の焼物「新やなせ焼き」のライオン像が出迎える。貿易商らしい趣向だ
当時の日本家屋には珍しいバルコニーがあり、肱川や冨士山、大洲の町並みを眺望できる
南洋材「イピール」を丁寧に仕上げた長大(2.5m×1.0m)な一枚板が20枚連続する廊下
非常に格式の高い、伝統的な書院造の形を表している1階座敷。和の様式にもこだわった別荘だ
鬼瓦には松井國五郎のイニシャル「K.M」が用いられている。松井の国際性の豊かさがのぞく
現地周辺で切り出した「伊予の青石」をX状にリズミカルに積み上げたデザイン性の高い石垣
NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町 ホテルフロント
住所 愛媛県大洲市大洲378
電話番号 0120-210-289
URL https://www.ozucastle.com
臥龍醸造 – GARYU BREWING –
住所 愛媛県大洲市大洲98-1(臥龍煉瓦倉庫内)
電話番号 0893-23-9190
URL https://www.garyu-brewing.com
営業時間 11:00~18:00(LO17:00)
定休日 月・火・水曜日(その他長期休業あり)
盤泉荘(旧松井家住宅)
住所 愛媛県大洲市柚木317
電話番号 0893-23-9156
観覧時間 9:00~17:00
定休日 無休
観覧料 大人550円、小人220円