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地場産業+アイデアで進化する「鳴門足袋(なるとたび)」(徳島県鳴門市) 地場産業+アイデアで進化する「鳴門足袋(なるとたび)」(徳島県鳴門市)
鳴門足袋の製造元である美津菱足袋株式会社が仕立てた色鮮やかな足袋。好みの生地で自分の足型のタイプに合わせて作ることができる

足の親指と人さし指の間が分かれている足袋は、日本固有の伝統的な衣類。祭りや能、狂言などの伝統芸能の装束にも不可欠だ。靴下に比べて足の指の動きの制約が少なく、指にしっかりと力が入り、地面をつかみながら歩くことができるのも足袋の特徴。加えて足裏のツボに刺激が与えられ、むくみの防止などにも結びつくことが分かっている。

江戸時代中期から足袋の製造が始まった徳島県鳴門市は、埼玉県行田市、岡山県倉敷市と並ぶ足袋の三大産地。1955年(昭和30)頃には、市内に約40の足袋製造会社があった。しかしナイロン靴下の出現や服装の洋風化により、需要は激減。製造会社もどんどん減っていった。

鳴門市にはこの状況を打開しようと、蓄積された高い技術力と柔軟な発想で新たな需要を生み出し、地場産業を未来へつなげようとする人たちがいる。その取り組みと、足袋の可能性にスポットを当て、進化する「鳴門足袋」の姿を探った。

条件がそろい産地を形成 時代とともに歩んだ業界

京阪神に近い鳴門市の撫養(むや)港は、古くから塩や藍、木材などの積み出し港として栄えた歴史を有する。帰路に運び込まれたさまざまな物資のなかに、河内木綿(かわちもめん)があった。これを利用して江戸時代中期から始まったのが、足袋の製造。なぜ足袋だったのかについて、「原料が手に入ったことに加えて、人手があったこと、鳴門市に四国霊場第1番札所霊山(りょうぜん)寺があることも関係していると聞いています」と説明してくれたのは、「美津菱(みつびし)足袋株式会社」(以下:美津菱足袋)の廣瀬雄一郎社長。

当時の鳴門市の主要産業は製塩。塩田で働く男性に対して、妻や娘らが内職として足袋を作り始めたという話が残されている。また、江戸時代から一般化した四国遍路は多くの人を四国に呼び込み、歩き始める前に足袋を求める人が多かった。つまり鳴門市には原料、作り手、購入者がそろっていたのだ。

当初、家内工業であった足袋製造だが、江戸時代後期から明治時代初期にかけて、問屋制家内工業へと進んでいく。さらに産地として飛躍する要因となったのは、ミシンや裁断機などの機械の導入。明治20年代頃から手回し式のミシンが導入され、製造数は一気に増えていく。それまで年間30万足ほどだった製造数は、1907年(明治40)頃には300万足以上になった。機械化とともに企業化も進み、新規参入も目立ち始めた。

製造数がピークを迎えるのは1935年(昭和10)頃。鳴門市では1,000万足以上が作られていた。だが、その後、戦時下の統制経済の影響により、製造数は大きく減る。戦後、製造業者らの努力により業界は復興を果たし、1953年(昭和28)頃には、ピーク時に近い製造数に戻すことができた。その喜びもつかの間、業界に大激震が走る。化学繊維が国内に導入され、ナイロン靴下の製造が始まったのだ。「同時に服装やライフスタイルの洋風化が進み、足袋の需要は激減しました」と廣瀬社長。これ以降、鳴門市では事業縮小や閉業が相次いだという。

上_明治時代に使われたべっ甲の留具「こはぜ」
下_明治20年代に最初に輸入されたミシン。いずれも「美津菱足袋」で使用していたもので、「なると物産館」に展示されている
伝統を守ろうという熱い想いで新たな商品を開発

暗雲立ちこめる足袋業界を何とかしたいと立ち上がったのが、廣瀬社長の祖父である寛治(かんじ)さん。大手足袋製造会社で職人からスタートし、後に経営にも携わっていた寛治さんは、勤め先の事業縮小に伴い独立を決意。1955年(昭和30)に「美津菱足袋」を創業した。「これはあくまでも想像ですが、祖父は職人たちの高い技術を生かしたい、残したいと考えたのではないでしょうか」と廣瀬社長。足袋の製造は生地の裁断から袋入れまで、全13工程が必要だが、どの工程も人手がなくては成り立たない。生産性の向上のために、どの作業も専任化が通例となっていた。「今ここで踏ん張らなければ、鳴門足袋の伝統が失われてしまう」という熱い想いが起業を後押ししたのかもしれない。

とはいえ足袋業界が冬の時代を迎えた事実は変わらない。そこで寛治さんは起業から数年後、合繊ストレッチ(伸縮性の高いナイロン生地)足袋の製造を始めた。ナイロン靴下が受けた理由には履きやすさがある。ならば履きやすい足袋を作ろうと考えたのだ。合繊ストレッチ足袋には他のメリットもあった。というのも木綿足袋は5mm単位のサイズ展開が必要だが、合繊ストレッチ足袋であればS、M、Lという3種類でのサイズ展開が可能。製造効率が上がり、在庫や販売においても置きやすいし、売りやすい。これが大当たりし、しばらくは作れば売れるという状況が続いた。これを見た他社が追随し、合繊ストレッチ足袋は一般に定着した。

全13工程で製造される鳴門足袋。全て手作業の各工程で職人の高い技術が要求される。ここではその一部を紹介する
01_裁断:表地、裏地、底地をそれぞれ複数枚重ね、タガネで裁断
02_通し:留具の「こはぜ」を掛ける掛け糸を生地に通し縫い付ける
03_こはぜ付け:「こはぜ」を生地に縫い付ける
04·05_先付:繊細なシワを付け、指先のふくらみを作りながら甲部分と底生地を立体的に縫い合わせる。特に難しい工程
06_裏返しの足袋を表に返す
07_木槌で叩き縫い目を柔らかくする
08_アイロンをかけシワを取る
アイデアを形にするのは受け継がれた高い技術

20数年前、バブル経済崩壊の余波を受けて、再び足袋業界は苦境に立たされる。経営に苦慮する家業の状況に心を痛めた廣瀬社長は帰郷。「私は当時、東京でコマーシャル制作の仕事に就いていましたが、1年だけ休職し、家業をサポートしようと考えたのです」と振り返る。懸命にものづくりに取り組む職人たちの姿は、仲間とともに映像を制作していた自分と重なった。「祖父から受け継いだDNAが、天職はこれだと教えてくれたのかもしれません」と笑う。結局、そのまま後継者となった。

異業種の経験が成せる技か、廣瀬社長はレースやデニムなどの生地を使った足袋、かかとの部分にゴムを入れた半足袋、防水足袋など続々と新商品を生み出した。なかでも話題となったのは、好きな生地を選び、自分の足型のタイプに合わせて作る「足袋のオンリーワン工房」だ。「手間はかかりますが、自分だけの足袋として喜ばれています。職人の技術があるから、どんなアイデアも形にできるのがうちの強み。これからも、ものづくりの火を灯し続けたい」と言う廣瀬社長は、「日本一の足袋のヘビーユーザー」を自認。日常でも足袋を愛用しており、その心地よさを誰よりも知っているのだ。

盛夏でも涼しい「美津菱足袋」の本麻足袋は表も裏も良質な国産本麻を使用。こうした素材の目利きも足袋の良し悪しを左右する
廣瀬社長が開発したレース足袋。夏用(右)は接触冷感の機能素材を、冬用(左)は裏地にフリース生地とクッション底を使用。デザイン性と機能性を兼ね備えている
「モットーは、世界一の製品を世界一のスピードで作ること」と話す廣瀬社長は、365日毎日足袋を履いている
販売者に聞く!ふだんきものハイムラヤ 販売者に聞く!ふだんきものハイムラヤ
インターネット販売の「ふだんきものハイムラヤ」で美津菱さんの足袋を扱っています。「普段の生活で着物を楽しんでほしい」と願っている私たちが、お客さまにお勧めしやすいのが、履き心地が良くデザイン性が高い美津菱さんの足袋。指先の心地よい入り具合は、足袋初心者の方にも「足指に負担がかからない」と好評です。最近は廣瀬社長と相談をしながら、当店オリジナルの商品も作っていただいています。特に人気なのがキッズ向けの足袋。珍しいバイカラー、マスタードカラーなど、「選ぶのが楽しくなる」という声をいただいています。 インターネット販売の「ふだんきものハイムラヤ」で美津菱さんの足袋を扱っています。「普段の生活で着物を楽しんでほしい」と願っている私たちが、お客さまにお勧めしやすいのが、履き心地が良くデザイン性が高い美津菱さんの足袋。指先の心地よい入り具合は、足袋初心者の方にも「足指に負担がかからない」と好評です。最近は廣瀬社長と相談をしながら、当店オリジナルの商品も作っていただいています。特に人気なのがキッズ向けの足袋。珍しいバイカラー、マスタードカラーなど、「選ぶのが楽しくなる」という声をいただいています。
本庄 蘭 店長 本庄 蘭 店長
本庄 蘭 店長
カラフルな4点はキッズ向けの足袋。元気なカラーリングや大胆な2色使いが個性的だ。また右の1点は夏に涼しい接触冷感効果のある生地で仕立てた大人用の足袋。アイスブルーカラーは本庄さんがプロデュースし、美津菱足袋が製造した
ふだんきものハイムラヤ
住所 徳島県徳島市佐古4番町2-17
URL https://haimuraya.com
地面を咬(か)む力を育むために伝統の鳴門足袋を活用

祭礼やイベントの自粛など、コロナ禍は鳴門足袋にも多大な影響を与えた。ステイホームによる運動不足や、そこから生じる健康不安も社会問題としてクローズアップされていた2020年(令和2)、鳴門市スポーツ課が発案したのが、トレーニング用の足袋の開発。課員から「伝統産業の振興と健康づくりを同時に叶えることができるのではないか」という意見が出た。そこで鳴門市まちづくりアドバイザーで、体幹トレーニングの第一人者である木場克己(こばかつみ)さんに相談。「近年、扁平足や外反母趾、また浮き指(足の指が地面に接地しない)が原因となり姿勢やバランスの悪い人が増えているが、足袋は改善に効果的」と開発協力を快諾してくれた。

浮き指は「地面を咬む力(足の指で地面をしっかりとつかみ取るような動き)」が足りない状態。特に子どもや高齢者が咬む力を付けることで、体幹の強化が図られ、転倒防止にもつながる。「私たちスポーツ課にとって、意義のあるプロジェクトとして期待が高まりました」と吉田真紀子副課長は説明する。

屋内用トレーニング足袋
ナルトレタビ
くるぶしまでの高さで足首が動きやすい
かかと部分がゴムだから脱着がしやすい
指先でしっかりと地面を咬むことができるように先端をカット
凸型の形状が中足骨のアーチを整え距骨(きょこつ)を支える
中のポケットがインソールのズレを防ぐ
01_足指を意識するために先端がカットされているインソール。土踏まず部分のアーチを整える効果もある
02_体幹トレーニングの第一人者である木場トレーナーが監修した、屋内用トレーニング足袋「ナルトレタビ」。柔らかなデニム素材はお洒落なだけではなく、丈夫さも魅力だ。家庭で洗えるのも嬉しい
ナルトレタビを裏返してみれば、つま先部分の丁寧な縫製が分かる
かかとのタグには「メイドイン ジャパン」の文字。確かな品質を物語っている
「ナルトレタビはキッズサイズもあるので、ぜひ家族で取り入れてください」と話す鳴門市スポーツ課の吉田副課長
2つの課題を解決する一石二鳥のプロジェクト

開発は鳴門市スポーツ課、木場さん、そして美津菱足袋の廣瀬社長が主体となって進められた。画期的なのは咬む力を養うために、インソールの先端を取り払った独特の形状を生み出したこと。インソールは香川県の日本ケミフェルト株式会社が担ってくれることになり、土踏まずを形成するアーチの形や高さなど木場さんの徹底したアドバイスをもとに試行錯誤が繰り返された。

また先端のないインソールをずれないように収めるため、廣瀬社長は裏地にポケットを付けることを提案。足首が動きやすいようくるぶしまでの高さにし、かかと部分にゴムを入れた着脱のしやすい足袋のデザインができ上がった。小・中学生や40歳前後、60歳前後の市民の協力を得て、試作品の効果検証を行った。木場さんが考案したトレーニングを実施してもらったところ、約1カ月で浮き指の改善などの効果が確認された。

木場さんの専門的な知識と廣瀬社長のアイデア、美津菱足袋の卓越した縫製力により、約1年の開発期間でトレーニング用の足袋「ナルトレタビ」が完成する。2021年(令和3)7月に100足を先行発売したところ、約1カ月で完売。関係者らは手応えを感じた。「全国放送の情報番組に取り上げられた際には、1週間で100足以上を売り上げました。ふるさと納税の返礼品として、ナルトレタビを選んでいただくことも多いんですよ」と吉田さんは顔をほころばせる。

現在、ナルトレタビは返礼品のほか、鳴門市スポーツ課やインターネットで購入できる。また木場さんが考案した「KOBA★トレ」を動画配信し、ナルトレタビを着用したトレーニングを紹介しているが、広報や販売方法などにはまだまだ拡充の余地がある。

「日常生活で履くだけでもいいし、私はスポーツジムで着用してトレーニングしています。お洒落なデニム生地が目を惹いて、尋ねられることもありますよ」と吉田さん。嬉しいことに今年7月、魅力ある県産品を徳島県知事が認定する「とくしま特選ブランド」に選ばれた。伝統産業の活性化と市民の健康増進に寄与する一石二鳥のプロジェクトは、まず足元をしっかりと固めて、地道にゆっくりと歩んでいく考えだ。

開発者に聞く!
鳴門市まちづくりアドバイザー
木場克己トレーナー 開発者に聞く!
鳴門市まちづくりアドバイザー
木場克己トレーナー
「トレーニング用の足袋の開発に協力してほしい」と聞いたとき、まず思い出されたのは阿波おどりをしたときのこと。踊った翌日、ふくらはぎの筋肉がきちんと使われていたことに気づいた経験から、「絶対よいものが作れる」と快諾しました。開発中は何度も試作品を送ってもらい、細かい注文を出しました。ナルトレタビのトレーニング法は、誰もがトライしやすく複雑な動きはありません。それなのに正しい方法でやると、確実に体幹が鍛えられます。実はオリンピックに出場したトップアスリートも、ナルトレタビの愛用者なんですよ。 「トレーニング用の足袋の開発に協力してほしい」と聞いたとき、まず思い出されたのは阿波おどりをしたときのこと。踊った翌日、ふくらはぎの筋肉がきちんと使われていたことに気づいた経験から、「絶対よいものが作れる」と快諾しました。開発中は何度も試作品を送ってもらい、細かい注文を出しました。ナルトレタビのトレーニング法は、誰もがトライしやすく複雑な動きはありません。それなのに正しい方法でやると、確実に体幹が鍛えられます。実はオリンピックに出場したトップアスリートも、ナルトレタビの愛用者なんですよ。
木場トレーナーが考案したナルトレタビのトレーニング動画はこちら 木場トレーナーが考案したナルトレタビのトレーニング動画はこちら

「ナルトレタビ」トレーニング https://youtu.be/JbUCYd7sars?feature=shared

市内の中学生を木場トレーナーが直接指導
木場トレーナーが開発したファンクショナルマットを使用したトレーニング法
ナルトレタビの実物を確認したい場合はNARUTOスポーツコミッションへ。対面販売をしており、試着や商品に関する質問が可能だ

お問い合わせ

NARUTOスポーツコミッション(鳴門市役所スポーツ課内)
住所 徳島県鳴門市撫養町南浜字東浜170
電話番号 088-684-1302
URL https://narutosc.jp/
営業時間 8:30~17:15
定休日 土・日曜日、祝日
鳴門市うずしお観光協会 なると物産館
住所 徳島県鳴門市撫養町南浜字東浜165-10
電話番号 088-685-2992
URL https://www.naruto-bussan.jp/
営業時間 9:00~17:00
定休日 年末年始
※鳴門市うずしお観光協会 なると物産館では、各種鳴門足袋の販売もしています