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ジャンピングふるさと
向かいの山から見た家賀地区。急斜面に沿うようにして、いくつもの民家が点在する「ソラ」ならではの景観だ

世界農業遺産となった
急傾斜地集落の再生

家賀(けか)再生プロジェクト

西日本第2位の高峰・剣山の北麓に位置する美馬郡つるぎ町。その一角にある家賀地区は標高差約400mの傾斜面に展開する国内最大規模の急傾斜地集落である。かつては100軒ほどの民家があり、独自の歴史と文化を育んできたが、現在は、その多くが空き家となり、存続すら危ぶまれるようになった。その集落を再生したいとの思いで、2018年(平成30)に誕生したのが「家賀再生プロジェクト」。昔ながらの農耕システムを活かして限界集落を再生しようと奮闘している。

「ツアーで来てくださった方がこの集落を気に入って、藍苗の定植や収穫時に応援に駆け付けてくれることもあるんですよ」と枋谷さん

「この集落を守りたい」はじまりは数人の熱意から

徳島県西部、吉野川流域の山間部では、古くから山の斜面に点在する集落を「ソラ」と呼んできた。つるぎ町貞光の山間、家賀地区は、200以上もあるという「ソラ」の一つ。周囲を森林に囲まれ、山上部に雨水を蓄える水源涵養林(すいげんかんようりん)を持ち、民家や茅場、畑地が交互に重なり「ソラ」ならではの独特な景観を創り出している。

1960年代には数百人が生活していた家賀地区も、年々高齢化が進み、現在は数十人の集落となった。家賀地区が夫の出身地だったことから、長年、事あるごとにつるぎ町内の自宅から集落へと足を運んでいた枋谷(とちたに)京子さんは、集落を訪れるたび次第に寂れていく様子に心を痛め、過疎化を止めるために何かできないかと考えていたという。

その思いを後押ししたのは2018年、家賀地区を含む「にし阿波の傾斜地農耕システム(以下:農耕システム)」が「世界農業遺産」に認定されたというビッグニュースだった。場所によっては斜度40度にもなる畑に、茅などの敷き草によって土壌流出を防ぐ農耕システムは、日本の農業の原点そのもの。「この農耕システムが家賀地区を再生するきっかけになるのでは」と考えた枋谷さんは、「農耕システム」の論文の著者であり、剣山系の農文化や阿波忌部(いんべ)(※)について研究をしている徳島県立鳴門渦潮高等学校教諭の林博章さんに相談した。大正時代から昭和初期までは、家賀地区では藍の栽培が盛んだったという話を聞き、伝統的な「農耕システム」を使って藍を栽培することを決意。思いを同じくする仲間を募って、同年「家賀再生プロジェクト」をスタートさせた。

※古代の朝廷祭祀を担当した忌部氏に奉仕した集団

家賀地区の土壌には結晶片岩が混ざっている。多孔質のため水はけが良くなり、鉄分も豊富になるという
耕作放棄地の手入れからスタートしたプロジェクト。繁殖力の強い茅を敷き草として活用するのも先人の知恵

さまざまな縁がつながり集落の魅力が伝わっていく

「貞光で生まれ育ったとはいえ、農業とは無縁なメンバーばかり。本当にできるかどうか不安だった」と当時を振り返る枋谷さんだったが、集落の人たちの助けを借りながら、標高520mの高地に初年度は8アールの斜面を開墾し、翌2019年(令和元)6月に藍の苗を植えた。ちょうどその頃、藍の抗菌作用や免疫力アップといった効果が実証されたため「食べられる藍をつくろう」と無農薬で化学肥料も使わずに栽培。粉末加工して利用を呼びかけたところ、使いたいという声が相次ぎ、「藍粉(あいこ)」として販売することに。県内の企業と連携し、「食べる藍」として半田そうめんや和菓子、ゆず味噌、ジェラートなどのさまざまな形で商品を開発し販売したところ、瞬く間に注目されるように。昨年には、シンガポールのチョコレートブランドでも藍粉を使った新商品が誕生するなど、県内外の企業との連携や協業も増えてきた。今では集落に残る茶畑を活用した新たな商品なども生まれている。

また、集落出身の方から活用してほしいと貸与された茅葺きの家をプロジェクトの拠点として、「農耕システム」を含め家賀地区の魅力を伝える観光ツアーの実施や視察の受け入れ、農福連携(農業と福祉の連携)の取り組みなど、さまざまな人たちと交流を図っている。そんな取り組みが評価され、2021年(令和3)には、地域資源を活かし、創意工夫のある活動を行っている個人や団体を表彰する「とくしま集落再生表彰」を受賞した。

「こんなに急にさまざまな方面から注目されるとは思ってもいなかった」と話す枋谷さん。最近では移住したいという相談まで受けるようになったと笑顔を見せる。「この集落では3000年も前から自然環境を最大限に活かしながら生活をしてきた。その魅力を次の世代に引き継いでいけたら」。環境と共生してきた集落に惹かれた人たちへと、歴史と文化をつなぐ活動は続いていく。

今年、定植作業を行った5月7日は、あいにくの雨。それでも大勢の人が駆け付けた
世界農業遺産「にし阿波の傾斜地農耕システム」ブランドに認証されている「藍粉」を使った商品と、家賀地区で作られている「竹筒晩茶(※)」 ※竹筒に入れて発酵させた番茶の一種
プロジェクトの拠点となっている茅葺きの家。室内には囲炉裏がある
このプロジェクトに欠かせないのは地域の仲間の存在だ

お問い合わせ

家賀再生プロジェクト
住所 徳島県美馬郡つるぎ町貞光家賀道上474
メール kekasaisei.p@gmail.com