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ノスタルジックな港町三津浜(みつはま)そぞろ歩き(愛媛県松山市) ノスタルジックな港町三津浜(みつはま)そぞろ歩き(愛媛県松山市)

愛媛県松山市の西部に位置する三津浜地区は、もともと小さな漁村だった。江戸時代、松山城を築いた加藤嘉明(かとうよしあき)が水軍の根拠地とするために港湾を整備したことから、この地区に賑わいが生まれた。港は参勤交代のための御用船の基地となり、城下町・松山の海の玄関口として発展したという歴史の面影は今も残っている。

波穏やかな湾に漁船が係留され、入り組んだ路地沿いに商家や土蔵が建ち並んだ界隈は、ノスタルジックな雰囲気。その風情に惹かれたのか、10数年前から店舗が続々と開業。長年変わらない老舗とともに地区を盛り上げている。さらに近年は「ここで暮らしたい」という移住者も増えてきた。

そこで三津浜地区が人々を惹きつける理由を探った。

01_三津浜に根付いている伝統芸能「伊予源之丞」。保存会のメンバーが公民館で練習に励んでいる
02_100年以上の歴史を誇る醤油蔵「田中屋」
03_しばしば行列ができることもあるベーカリーカフェ「N's Kitchen**& labo」
04_ワーケーションやお試し移住などさまざまな利用が期待されるコワーキングスペース「iroiro三津浜」
05_地域猫がのんびりと歩く姿も三津浜地区の日常風景
06_穀物倉庫をリノベーションして開業した「港の食卓 mesa」
07_大正時代に建てられた旧濱田医院の庭園に置かれている「おたぬきさん」。“他抜き=人より抜きん出る”ことから、隠れたパワースポットといわれている
三津浜MAP
港に近い立地と良水が育んだ醸造蔵

かつての三津浜港は、荷揚げ港であり、積出港でもあった。その時代の名残りが、地区内にある醤油蔵。「港の近くにあれば原料を荷揚げしてすぐに製造でき、製品の出荷も楽。だから酒蔵や醤油蔵は港の近くにあることが多く、三津浜も例外ではありません」と話すのは、1905年(明治38)創業の「田中屋」三代目・田中一生さん。戦前の三津浜には醤油蔵だけではなく、酒蔵や造酢蔵も複数あったそうだが、それを支えたのは港の近さだけではない。三津浜一帯には地下水脈があり、良質な水に恵まれていたことも理由の一つ。「今もこの狭いエリアに、うちも含めて4軒の醤油蔵が残っています。三津浜は醸造の町でもあるんです」と田中さん。

田中屋の看板商品は約2年かけて長期熟成した純正醤油。時間をかけることで、丸大豆に含まれている油分も、菌や酵素の働きで旨味成分に変わっており、味わいはまろやか。田中さんは伝統を守るだけではなく、新たな挑戦も行っている。その一つが搾りの工程で圧力を一切かけず、自然に滲み出た醤油の一部だけをボトリングした「田中屋・Premium 百年蔵醤油」。100㎖ 1,080円(税込)という価格ながら、三津浜の名物として売れ行きは好調だ。

1930年(昭和5)頃の三津浜。中央付近に見える円形の建物は魚市場だ(提供/ミツハマル)
藩政時代に掘られ、昭和初期の上水道整備まで使われていた辻井戸跡。周囲は憩いの公園になっている
01_昔ながらの製法を守り続ける「田中屋」の作業場
02_リノベーションした蔵は「第10回まつやま景観賞」で大賞を受賞
03_圧力をかけずとも滲み出る醤油
04_右が「田中屋・Premium 百年蔵醤油」、左は「田中屋・純正濃口醤油」
05_「Premiumは海外からも引き合いがあります」と話す田中さん
田中屋
住所 松山市三津3-1-33
電話番号 089-952-2252
営業時間 8:30~17:00
休み 土・日曜日、祝日
明治時代に始まった三津浜の人形浄瑠璃

港は、人や物だけではなく文化の入り口でもある。人形浄瑠璃(じょうるり)も海を渡って三津浜に入ってきた。発端は享保(きょうほう)年間(1716年~1736年)、三穂(みほ)神社(現在の三津恵美須(えびす)神社)の祭礼で、淡路島の一座を招いて人形浄瑠璃を上演したこと。明治時代になり、地元民が自前の一座「宝来座」を立ち上げた。一時期は九州や上海で巡業を行う人気一座となったが、1923年(大正12)に行った朝鮮巡業に失敗。一座は解散してしまう。

しかし、これを惜しむ人たちが、1935年(昭和10)に一座を再結成した。このとき、座名を「伊予源之丞(げんのじょう)」とし、現在は「伊予源之丞保存会」がその技を伝承している。会長の岡田正志さんは、「宝来座時代から使われていた人形の頭(かしら)は50点以上。衣裳や小道具も当時のものが残っています」と話す。

毎年、三津恵美須神社の祭礼で奉納し、出張公演も行っている。岡田さんは「今年、短時間で演じられるオリジナル演目も制作しました。いろいろな場所で、三津浜育ちの芸能を披露したい」と話す。

「伊予源之丞」の人形は大型で、3人1組となり1体の人形を遣う「三人遣い」で上演する。頭は徳島の人形細工師・甘利洋一郎氏に修理を依頼して使用
伝統を受け継ごうと奮闘する伊予源之丞保存会のメンバー。右から3人目が会長の岡田さん
1958年(昭和33)、代々の人形役者たちの追善芝居が行われた際の木製看板
カラクリにより狐娘に早変わりした町娘
所有している人形の中でも、特に貴重な九尾の狐
古き良き三津浜を探して
小さな渡し船は市道の一部
住民の足「三津の渡し」
船上から見られる松山城の雄姿

三津浜と港山の二つの地区の間の内湾約80mを結ぶのは「三津の渡し」。市道高浜2号線の一部であり、文字通り「海の道」だ。渡船としては室町時代からの歴史があり、小林一茶も乗船したといわれている。地元の人が通学や通勤など日常の足として利用しているが、近年はテレビ番組や雑誌で紹介されることも多く、観光客が乗船して風情を楽しむ様子も見られる。また対岸の港山には港山城跡があり、山頂からは三津浜地区や瀬戸内海の多島美が一望できる。

運航は年中無休(荒天時運休)で乗船料は無料。年間約4万人が利用している。

お問い合わせ

松山港務所
電話番号 089-951-2148
空き家を活用して三津浜で新規開業を

戦災に遭わなかった三津浜地区には、江戸時代から昭和初期に建てられた商家や民家が多く残されている。その一部は空き家となっていたが、2009年(平成21)頃からポツポツと新規開業する店が出てきた。2011年(平成23)に、築40年の金物屋を改装して、ベーカリーカフェ「N's Kitchen**& labo(エヌズ キッチン アンド ラボ)」を夫とともに開いたのは小池夏美さん。

「当時の商店街は閑散としていて、『ここでお店を開いても人は来ないよ』と心配されたものです」と振り返る。それでも、港町の佇まいや昔ながらのご近所づきあいが残る町の雰囲気が気に入り、三津浜での開業を決意した。

先に開業していた「練や 正雪[しょうせつ](練り物屋)」や「島のモノ 喫茶 田中戸(たなかど)」の存在も心強かったという。

市街地から移転して、昨年4月に「港の食卓 mesa(メサ)[イタリア料理店]」を開業したのは岡田圭太さん。「知人が2019年(令和元)に三津浜でクラフトビール醸造所を開業。遊びにきたとき、穀物倉庫だったこの建物に出会ったんです」と振り返る。移転の理由は建物の風情に惹かれたことで、三津浜に対して強い思い入れがあったわけではなかった。「むしろ、移転してから町の良さに気付きました。市場(松山市公設水産地方卸売市場)がすぐそばにあり、新鮮な魚を仕入れることができます。海までは店からほんの数分。この環境で仕事ができて幸せです」とほほ笑む。お客さまにもこの町を気に入ってもらいたいと願う岡田さん。小池さんや岡田さんら、魅力的な店主との出会いも三津浜散策の楽しみといえよう。

夏美さんが研究に研究を重ねて開発した商品が並ぶショーケース
店内のイートインスペースでは夫の哲さんが淹れたコーヒーとともにパンやケーキ(写真は濃厚ガトーショコラ)が味わえる
ふわふわ食感のN'sかすていら(プレーン)、合鴨ハムと大葉パプリカチーズパニーニ
笑顔で客をもてなす小池さん夫妻
N's Kitchen**& labo
住所 松山市住吉1-3-33
電話番号 090-8979-1520
営業時間 12:00~17:00 ※売り切れ次第終了
休み 日・月・木曜日
残されていた格子や土壁を活かした「港の食卓 mesa」の店内
盛りだくさんの前菜やパスタなどがセットになったランチコース
「移転して知れば知るほど三津浜が好きになりました」と話す店主の岡田さん
「港の食卓 mesa」では三津浜にあるクラフトビール醸造所の製品を料理とともに味わえる
港の食卓 mesa
住所 松山市住吉2-12-19
電話番号 089-989-7470
営業時間 11:00~15:00(LO13:00)、18:00~22:00(LO20:00) ※昼夜ともできれば予約を
休み 日・月曜日
三津浜商店街東口にある「練や 正雪」は2009年に酒井正雪さんが開業。三津浜の開業ブームの先鞭をつけた
「島のモノ 喫茶 田中戸」は2010年(平成22)に開業。店主の田中章友さんは、酒井さんとともに地区の結束を固めて、魅力を発信し、人を呼び込んでいる
移住者のリーダー的存在の「田中戸」では、三津浜の沖合に浮かぶ離島で収穫した柑橘のジュースが味わえる
官民が手を携えて移住や開業をサポート

旧三津浜商店街や住宅街まで、三津浜地区にはたくさんの店舗が点在している。そのサポート役となっているのが、2013年(平成25)に始まった「町家バンク(※)」事業だ。これを推進するために、空き家の再生と移住促進のための拠点「ミツハマル」が創設された。主な仕事は「移住したい、開業したい」という人と「空き家を活用したい」という大家を結びつけること。「空き家の調査をして物件情報をWebで紹介しています。紹介記事では、借り手が生活や商いを具体的にイメージしやすいような伝え方を工夫しています」と話すのは、スタッフの楠香奈子さん。

松山市内に住んでいた小池さんや岡田さんのように自分で物件を探す人もいるが、県外からの移住や出店を希望する人にとっては「ミツハマル」の存在がとても有り難い。また、三津浜出身で、「猫の通り道まで知っていることが強み」という楠さんの細やかなアドバイスも功を奏した。これまでに約100軒のマッチングを実現し、ほとんどの人や店が三津浜地区に根付いている。

※「町家バンク」は松山市が手がける地域活性化の事業。「ミツハマル」は市から委託を受けた街づくりコンサルティング「コトラボ合同会社」が運営。

「お化け屋敷のよう」ともいわれていた旧濱田医院のリノベーション後。レトロな雰囲気が魅力となり、三津浜に人を呼び寄せる施設となった
空き家の紹介や三津浜散策・視察の相談窓口となっているミツハマル
階段昇降口のホールを活用した休憩スペース
「三津浜の魅力を多くの方に伝えたい」と意気込む楠さん
旧濱田医院
住所 松山市住吉2-2-20
電話番号 080-4154-3696(ミツハマル)
その他 テナント毎に営業時間や定休日は異なる
お試し出店や移住など交流人口の拡大を

「ミツハマル」のオフィスは、大正時代に建てられた旧濱田医院の中にある。「この建物は約2年間かけて改装し、2016年(平成28)にオープンした複合施設。本屋さんやアトリエなど、多彩なテナントが入っています」と楠さん。比較的安価で借りられるため、お試し出店の場としても活用されている。

さらに今年は、コトラボ合同会社が運営するコワーキングスペース「iroiro(いろいろ)三津浜」、ゲストハウス「三津ミーツ」もオープンした。「iroiro三津浜」は築100年以上の塩元売捌所の蔵を改装し、ワークスペースだけではなく、リビングやキッズスペースも備えているのが特徴。「iroiro」の名には、「多様な使い方をしてほしい」との願いを込めている。

「三津ミーツ」は精肉店だった建物を活用しており、地元民と利用者が交流できるカフェスペースもある。「お試し移住や二拠点居住も大歓迎。これらの施設を通じて、三津浜の交流人口の増加につながれば」と期待する楠さん。

これらの事業が三津浜のハブ(結束点)となり、人や物、文化を結びつけていくはずだ。

「三津の渡し」のそばにある「iroiro三津浜」。町歩きの休憩の際に立ち寄るのにもぴったりの立地だ
三津浜地区で働く人のサードプレイスとしての利用も見込んでいる
子連れで気軽に立ち寄れるのも魅力
iroiro三津浜
住所 松山市三津1-9-23
電話番号 080-4154-3696
営業時間 9:00〜18:00
休み 不定休
古き良き三津浜を探して
親子二代で客を迎える
駅前の大衆食堂

1950年(昭和25)に開業した「日の出食堂」の加藤雅史さんは三代目。母の清子さん、妻の三重子さんと一緒に店を切り盛りしている。「カレーライスから鍋焼きうどんまで、いろいろ食べられる昔ながらの食堂です。ご近所さんに支えられてやってこられたんですよ」と雅史さん。三津浜地区には「三津浜焼き」と呼ばれるご当地グルメがあるが、この店の「三津浜焼き」はモチモチとした生地の食感が特徴。自家ブレンドしたソースは、ほんのりスパイシーでクセになる味わい。何より驚くのは、そば入り500円というその値段。「店の近くには高校があり、卒業生もよく来てくれます。なかには80歳を超える方もいますよ」と目を細める。オールドファンは清子さんとの会話を楽しみ、料理とともに「変わらない三津浜」を味わっている。

日の出食堂
住所 松山市古三津6-1-12
電話番号 089-951-0544
営業時間 11:00〜15:00
休み 水曜日