メニュー

掌(てのひら)から生まれる灯(あか)り〜手仕事を訪ねる二つの旅〜(愛媛県内子町・高知県いの町) 掌(てのひら)から生まれる灯(あか)り〜手仕事を訪ねる二つの旅〜(愛媛県内子町・高知県いの町)
右_大森和蠟燭屋の10匁(もんめ)の和蠟燭。和蠟燭の炎は丸みがあり、油煙やススが出にくいのが特徴。燭台も内子町内の職人が手がけたものだ
左_mowcandleのキャンドル「JEWEL」。岩や鉱石をモチーフとした多面体の表面が艶やかで、光の反射で色味が変化するところは名前のとおりに宝石のよう

クリスマスといえばケーキ、ケーキに欠かせないものといえば蠟燭(ろうそく)。日本では7世紀頃から、蜜蠟を原料とした蠟燭が使われ始めたと記録されている。古くは実用的な灯(あか)りとして重宝されていたが、近年は装飾品、アウトドア用品、防災用品として使われている。そんな蠟燭にスポットライトを当ててみれば、まず珍しいのは愛媛県内子町にある「大森和蠟燭屋」。芯も蠟も植物を原料としており、200年前から変わらぬ材料と製法を貫いている。

一方、高知県いの町で、2008年(平成20)からキャンドルを作っているのはmowcandle(モーキャンドル)。独自の製法を生み出し、高知の自然をお手本にした作風で多くのファンを魅了している。

対極にあるような和蠟燭とキャンドルだが、工房を訪ねてみればどちらも掌から生み出された、手仕事の結晶であるという共通点があった。癒やしの灯りの力や、作り手の思いを紹介していく。

天然素材と手業が冴える伝統を灯す和蠟燭 大森和蠟燭屋 愛媛県内子町
木蠟(もくろう)と和紙の町で守り続ける江戸時代の製法

愛媛県内子町は、木蠟と和紙の生産で栄えた歴史をもつ。木蠟はウルシ科のハゼノキの実を原料とし、それを蒸した後に搾って抽出した脂肪分だ。搾ったそのままのものを生(き)蠟、干して漂白したものを晒(さらし)蠟または白(はく)蠟と呼び、こちらは医薬品や化粧品の原料としても重宝されていた。江戸後期から大正時代にかけての内子町は、国内屈指の木蠟(晒蠟)の生産地。海外にも輸出され、品質の良さから高い評価を得ていた。

町の中心部、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている八日市(ようかいち)・護国の町並みは、南北約600mの街道。かつて製蠟で財を成した豪商の屋敷など90軒以上の古い建物が軒を連ねている。町並みを少し下ったところにある「大森和蠟燭屋」は、蠟燭職人が江戸時代後期に開業した小さな店だ。

薄暗い土間が売り場となっており、壁際の棚にはうぐいす色をした大小さまざまな和蠟燭が並んでいる。帳場の奥で手を動かしているのは、大森亮太郎(りょうたろう)さん。「大森和蠟燭屋」の七代目だ。

蠟燭作りは一貫した手作業。まず竹串に和紙と灯芯草(とうしんそう)(い草の髄)をぐるぐると巻き付け、真綿で固定して芯を作る。串を抜いた芯に炭火で溶かした生蠟を手でかけて、乾かし、またかけてという作業を繰り返して少しずつ太くしていく。この製法を「生(き)掛け」という。十分な太さになったら、約50℃の蠟をかけてツヤを出す。和蠟燭の原料は植物なので、表面が木のような質感になるように仕上げるのが大森流。最後に上部を温めながら切り落とす「芯出し」を行い、長さを切り揃えたら完成だ。出来上がった和蠟燭の底を見れば、木の年輪のような層ができている。これは生掛けならではのもので、製法は200年前から変わっていない。大森さんの親戚が焼いている木炭など、昔ながらの原材料も伝統の継承を下支えしている。

「生掛け」の作業を行う七代目の亮太郎さん。約45℃の蠟を幾度となく素手で芯にすりつける。指先から伝わってくる感触で蠟の状態を見極めながら丁寧に仕上げていく
ある程度の太さになると、約50℃の蠟で表面にツヤを出す
炭火で熱した包丁で先端を切り落として灯芯を出す「芯出し」
木蠟の原料であるハゼノキの実(左)と、灯芯の原料である蚕の繭の真綿(右)、い草の髄の灯芯草(下)。すべて天然の素材ばかり
和蠟燭特有の円錐形の太い灯芯は内部が空洞になっている。蠟が吸収されやすく、空気が供給されるため消えにくい強い炎となる
木蠟や包丁を温める熱源は木炭。これも内子町で作られたもの
重要伝統的建造物群保存地区の八日市・護国のそばにある大森和蠟燭屋。店頭には蠟燭の絵を染め抜いたのれんと提灯が掛かっている
八日市・護国にある「木蠟資料館 上芳我(かみはが)邸」。上芳我家は国内最大規模の製蠟業者・本芳我家の筆頭分家であり、製蠟で財を成した豪商でもあった。現在は資料館となっており建物内部の見学も可能
家業の価値を再認識し後継者となることを決意

亮太郎さんが家業の継承を決意したのは、松山市のアパレルショップで働いていた14年前。それまでも漠然と考えたことはあったが、まだまだ先のことと捉えていた。背中を押してくれたのは、お客さまや取引先の人たち。「実家のことを知っている方が多く、『200年以上も続いている職人なんて滅多にいないよ』と言われ、ハッとしました」と振り返る。祖父(故・彌〈や〉太郎)や父の太郎さんが手で蠟をすくい取り、ひたすら作業をする姿は子どもの頃から見慣れており、その価値を改めて考えることなどなかった。しかし言われてみれば、生掛けで蠟燭を作り続ける工房の数は全国でも片手にも満たない。どうせやるなら早い方がいいと23歳で太郎さんに弟子入りし、職人として修業を始めた。

実際にやり始めてみると、難しさに四苦八苦する日々。何より大変だったのは生蠟の温度管理だ。木蠟は、一般的な蠟燭の原料であるパラフィン蠟よりも、冬はすぐに固まりやすく、急激な温度変化によりひび割れが起きてしまう。一方で夏は固まりにくく、乾かすのに時間がかかる。一冬、一夏では、季節によって違う作業の勘所(かんどころ)を理解することは難しい。「この世界に入るとき、一人前になるのには10年かかると言われましたが、やり始めてその言葉が身にしみました」と笑う亮太郎さん。職人となり14年目となる今年、師匠である太郎さんは、多忙な時期だけ作業を行うようになった。「ようやく認めてもらえたのかな」と頬を緩める亮太郎さんだ。

親子で黙々と作業する様子は、週末のみ見られる。父の太郎さんは高度な技術や技法を保持する「えひめ伝統工芸士」に認定されている
帳場に座り店舗を切り盛りするのは、亮太郎さんの妻の祥子さん。和蠟燭の扱い方などを説明し、丁寧に接客をしている
人と人、建物と人を楽しみながらつなぎたい

近年、内子町の風情を気に入って移住する人が増えてきて、八日市・護国の町並みにはゲストハウスやカフェなどの新しい施設が開業した。そうした店主たちと世代が近いこともあり、親しく付き合うことで刺激を受けた亮太郎さん。職人としての責務を全うしつつ、何か新しいことはできないかと考えていたとき、妻の祥子さんから「人と人、町と人とのつなぎ役をしたら楽しいんじゃない?」と勧められた。そこで、今年から工房の中庭を活用したギャラリーイベントなどを開催し始めた。「自分自身も楽しいし、町の人、訪れる人にも喜ばれる。一石二鳥です」とほほ笑む亮太郎さん。

和蠟燭に灯りを点(とも)すように、こうした取り組みで多くの人の心に感動を点したいと願う日々だ。

今秋、風情あふれる町並みで開催された「八日市町並観月会」。軒先に置かれた住民手作りの行灯の中には蠟燭。ほのかな灯りが美しい
大森和蠟燭屋の中庭はイベントスペースとして活用。「八日市町並観月会」では県外の作家による作品を展示した
大森和蠟燭屋
住所 愛媛県喜多郡内子町内子2214
電話番号 0893-43-0385
営業時間 9:00〜17:00
定休日 火・金曜日(臨時営業あり)
駐車場 近隣に公共駐車場あり
URL https://omoriwarosoku.jp
高知・吾北の自然を映すハンドメイドキャンドル mowcandle 高知県いの町
身近にある材料で始めたキャンドル製作

「mowcandle」の村山匡史(まさし)さんが、蠟燭とクレヨン、タコ糸、紙コップを使って最初にキャンドルを作ったのは2008年(平成20)。当時、勤めていた会社を辞めたばかりで、モノづくりを仕事にしたいと考えていたという。それまでキャンドルに興味はなかったが、インターネットでたまたま作り方を見つけ、「材料も身近にあるものだったので、これなら自分にできるかもしれないと軽い気持ちでした」と振り返る。出来上がったキャンドルに点火したとき、「自分で灯りを作れた!」と胸の中にも灯りが点ったような感動を得た。そこからキャンドル作りにのめり込んだ村山さん。溶かした蠟燭に、染料となる粉状にしたクレヨンを混ぜ、牛乳パックやトイレットペーパーの芯などの型に流し込み、気付けば40個以上のキャンドルが出来上がっていた。

うれしくなった村山さんは友人を招いて、自宅でキャンドルパーティーを開いた。すると普段は無口な友人が、その夜は雄弁に語り始めた。何とも言えない喜びや灯りがもつ不思議な力を感じ、「これが自分の道だ!」と業務用のパラフィン蠟や型、顔料などを仕入れて、キャンドル製作に本腰を入れた。そして出来上がったキャンドルをリュックサックに詰め込み、高知市内の雑貨屋や飲食店に持ち込んで販売先を開拓。その年の秋には「竹林寺音楽祭」に参加するなど、キャンドル作家として精力的に活動を展開していく。「自分で振り返っても、あの頃のパワーは凄かった」と笑う。

当時、イベントの演出でキャンドルを使用することは珍しく、口コミで評判が広がって、イベントのオファーが面白いように増えていった。

アトリエの一角にはパラフィン蠟を湯煎で溶かすため、複数のクッキングヒーターを置いている。こうした手法は試行錯誤の末に生み出した
数色の色鮮やかな蠟のブロックを容器に詰め込み、透明なパラフィン蠟で固めた土台を作成。そこから芯入れまでの一連の製作工程。カットしたり、こねたり伸ばしたりと工程ごとに変わる表情を見極めながらの作業は、蠟が固まるまでの時間との勝負
高知の自然を手本に生み出したオリジナル作品

製作とイベントに追われて心身ともに疲弊していた2009年(平成21)冬、とにかく休みたいと、息抜きのために祖父が住んでいた家(現在のアトリエ)に足を運んだ。目の前には仁淀川が流れ、山の木々も間近に迫っている。その環境に癒やしを感じた村山さんは製作の拠点をここに移し、ゆっくりとキャンドルに向き合おうと決意。「それまでの自分は流行りの作品を後追いしていただけに過ぎない」と思い至り、オリジナルの作品を生み出そうと考えたのだ。テーマは高知の美しい自然。彼を癒やしてくれた目の前の風景を作品に投影しようと試行錯誤を始めた。

「これが大変でした。僕は独学で始めたので、技術がなかなか追いつかなかったんです」。独自の技法で「JEWEL(ジュエル)」と名付けた作品を生み出したのは、2012年(平成24)。岩や鉱石をモチーフとした多面体のキャンドルで、使用するのはパラフィン蠟と8色の顔料。顔料の組み合わせで多彩な色を生み出し、蠟の温度管理をしながら自身の手で仕上げる独特の形状により、「mowcandle」の作風を確立させた。その後も「石」「空」「木」など、自然をお手本にした作品が次々と誕生した。

右から「JEWEL」「木」「MARU」「石」「空」、そして新シリーズの「花」。すべて手作りであるため、同じものは1つもない
左_色付き蠟のブロックを使ったモビール。美しくやさしい風合いの蠟はインテリアとしても映える。常に新しい試みを行っている村山さんだ
右_「火を点し、灯りが揺らめいた時に初めて完成するのがキャンドルアート」と村山さん。日常生活でその魅力を味わってほしいと願っている
子どもたちが教えてくれた楽しさがモノづくりの原点

2017年(平成29)、「キャンドルの魅力を多くの人に知ってほしい」とワークショップ「mowさんのキャンドル教室」を始めた。ところが、「教える」ことで、逆に「教えられる」ことがたくさんあったという。特に子どもたちの自由な発想、決まりにとらわれないやり方は、村山さんの目に新鮮に映った。「大人はきれいなモノを作ろうとしますが、子どもたちは楽しさを優先します。作り手のワクワク感が作品の魅力につながっていると感じました」。

その経験から、2020年(令和2)に生まれたのが新シリーズ「花」。端材を使って表現したのは、今にも散りそうな不揃いな花びら。ふと見つけた盛りを過ぎた花に、心を惹かれたことから夢中で作った作品だ。折しも新型コロナウイルスの流行により、ブライダルやイベントの仕事がすべてなくなっていた時期。精神的なストレスにも苛(さいな)まれていたが、新しい作品は彼自身の希望となった。

自己流で生み出したキャンドルの灯りに導かれて、今や四国を代表するキャンドル作家となった村山さん。これからも仁淀川のほとりで、高知の自然をキャンドルに投影していく。

顔料の量や組み合わせにより、あらかじめ多彩な色付きの蠟を作っておく。これを組み合わせることにより生まれるデザインは無限。常に新たな発見と感動を得ているという
アトリエでは「mowさんのキャンドル教室」を開催。事前予約制となっており、教室で作ったキャンドルは持ち帰ることができる
ギャラリーには自然からインスピレーションを得た各シリーズのキャンドルが並んでいる
アトリエの前には国道を挟んで清流・仁淀川が流れる。キャンドルアーティストとしての新機軸を開いてくれた美しい自然が広がる
mowcandle(モーキャンドル)
住所 高知県吾川郡いの町下八川乙404-13
電話番号 088-855-9508
営業時間 予約制
定休日 不定休
駐車場 あり
URL http://mowcandle.com
備考 「mowさんのキャンドル教室」
1人2,800円(予約は2名以上)
時間は10:00、13:00、16:00の3部制(各回定員6人)