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幻の果実柚香(徳島県上勝町) 幻の果実柚香(徳島県上勝町)
10月下旬頃から色付き始める柚香。温州みかんのような形をしており、柚子よりも表面は滑らか

徳島市中心部から南西約40㎞に位置する上勝(かみかつ)町は、無駄や浪費をなくして「ゼロ・ウェイスト」に取り組む町として国内外から注目を集めている。大部分を山地が占める自然豊かな町内のそこかしこに広がっているのは、棚田や柑橘畑。果汁の酸味や果皮の香りを楽しむ香酸(こうさん)柑橘栽培が盛んで、柚子(ゆず)や酢橘(すだち)の主要産地となっている。

生産量こそそれらに及ばないものの、地元の人が昔から愛食している柑橘がある。橙(だいだい)と柚子の自然交配種とされる「柚香」だ。国内生産のほぼ100%が徳島県産であり、その大部分が上勝町産。近年は徳島大学の研究チームが明らかにした健康成分により、さまざまな機能性をもつスーパーフードであることも話題となった。

柚香は「幻の果実」とも呼ばれており、四国でもその存在を知らない人が多い。そこで、柚香にまつわる人々を訪ねて、その魅力を探った。

ひっそりと受け継がれた幻の果実・柚香

柚香の果実の大きさは、小ぶりな温州みかんほど。色合いは柚子に似ているが、表面は滑らかだ。上勝町では果実が色付いてくる10月下旬頃から収穫期を迎え、11月中旬頃まで収穫作業が行われる。「かつてはどの家庭も庭先や柑橘畑の片隅に柚香を植えていました。この辺りでは江戸時代から柚香を使っていたようです」と話すのは柑橘農家で、JA東とくしま 香酸柑橘部会柚香リーダーの山部倍生(やまべますお)さん。かつて山部家にも樹齢100年になる古樹があった。ところが1981年(昭和56)冬、徳島県山間部は大寒波に見舞われ、柑橘は甚大な被害を受ける。柚香の木も枯死を免れず、柚香畑は半減。残った柚香は、ひっそりと受け継がれていった。

柚香は枝にトゲがなく、収穫がしやすい。また酸味と甘みのバランスが絶妙で、地元では「香りの柚子、酸味の酢橘、味の柚香」と言われるほど味わいの良さは格別。さらには果肉がみずみずしく、たっぷりと果汁が搾れる。生産者からすれば魅力の多い果樹に思えるが、隔年結果(花や果実の多い成り年と、少ない不成り年を繰り返すこと[参考グラフ])が激しいという問題があった。不成り年の収穫量はグンと減ってしまうのだ。加えて柚子や酢橘に比べ知名度が低く生産量も少ない柚香は、生果玉として市場に出すことが難しく、搾汁用では価格が抑えられてしまう。こうした背景もあり、栽培に力を入れる生産者は少なく、柚香は「幻の果実」となってしまったというわけだ。

香りや酸味を程よく残すために、七〜八分程度に色付いた11月半ばが収穫の最盛期
柚香の枝にはトゲがないため、収穫作業の負担は比較的少ない
山部家では毎年、自家用に果汁を搾り、一升瓶などに入れて冷蔵で保管。寿司や鍋物に重宝しており、ドリンクとしても愛飲
秋祭りなどハレの日、山部家の食卓に並ぶのは柚香酢で味付けをした巻き寿司やボウゼ寿司(イボダイで作る郷土寿司)
[参考グラフ]柚香原料 JA東とくしま荷受け分の推移
無核の柚香を東京へ 生果玉の販売に挑戦

上勝町生まれの山部さんは、役場職員として農業振興などに携わっていたが、約20年前に早期退職をして就農した。きっかけは、少子高齢化が進む故郷の農業に不安を感じたこと。山部さんは「葉っぱビジネス(※1)」で一躍有名になった「株式会社いろどり(以下:いろどり)」の取締役でもあり、常々「いろどりと同じように、見過ごされている上勝町の資源を活かして、何かできないか」と考えていた。

そこで目を付けたのが柚香。実りの時期が、酢橘と柚子の合間というのも好都合だ。「耕作放棄地に新規就農者を迎え入れ、柚子、酢橘に次ぐ第3の柑橘として柚香を普及させよう。そうすれば上勝町ににぎわいが生まれるはず」と確信した。

さらに背中を押してくれたのは、2015年(平成27)、徳島県立農林水産総合技術支援センターから入手した無核(種なし)の柚香の穂木(ほぎ)。無核なら生果玉での流通がしやすく、生産者の利益も増える。以降、山部さんは苗木業者に穂木を送り、接木(つぎき)をしてもらった。これまでに約1,000本の無核の柚香の苗木をJAを通じて農家に行き渡らせた。

自家の畑で収穫した生果玉は、「いろどり」を通して東京にあるアンテナショップ「徳島・香川トモニ市場」へ出荷しているが、店頭に並べるとすぐに売り切れてしまう。これからも、無核柚香の普及を推し進めながら、地道に柚香のファンづくりに取り組んでいく考えだ。

※1/地域の高齢者が、自宅などで育てている葉っぱや花を「つまもの」として出荷・販売する農業ビジネス。

香酸柑橘の栽培に情熱を傾ける山部夫妻。搾汁した柑橘の皮をもみ殻と混ぜて作る堆肥を使って、柑橘を育てている
加工品を購入して柚香でブレイクタイムを

●JA東とくしま(東とくしま農業協同組合)

JA東とくしまの香酸柑橘部会の会員が育てた柚香を一次加工しているのが、2009年(平成21)、上勝町に完成した香酸柑橘専門の大型搾汁加工所。搾った果汁(柚香酢)を冷蔵・冷凍することで、一年中販売できるようにしている。また、2014年(平成26)からは、果汁を二次加工したすし酢やドリンクなどの開発・販売にも力を入れている。

現在、搾汁用の柚香は約200軒、生果玉は約40軒が出荷しており、JA東とくしま産直市「みはらしの丘あいさい広場(小松島市)」「よってネ市(勝浦町)」「とれとれ市公方(阿南市)」の3つの直売所で販売。「徳島県内の直売所で最大規模のあいさい広場には、イートインスペースのカフェがあり、柚香メニューを提供しています」と話すのは、JA東とくしま 企画広報部の森長真依さん。シロップを加えた柚香果汁を炭酸で割った「スカッシュゆこネード」は、柚香の特徴である程よい酸味がクセになると評判だ。

「柚香のやさしい酸味を味わってほしい」と森長さん
搾汁加工所では、生産者が持ち込んだもぎたての柚香を洗浄し、搾り、果汁のボトル詰めまでをスピーディーに行っている
山間部にある搾汁加工所。夏から晩秋にかけては柚子、酢橘、柚香とフル稼働する
さっぱりとした味わいが人気の「スカッシュゆこネード」
JA東とくしま産直市「みはらしの丘あいさい広場」
住所 徳島県小松島市立江町炭屋ケ谷47-3
電話番号 0885-38-0112
営業時間 8:30〜17:30
(「あいさいキッチン田んぼと畑のカフェ」は9:00〜16:00)
定休日 第3火曜日、年末年始
駐車場 あり
URL https://www.ja-higashitks.com/aisai/
ブランディングを視野に海外販路を開拓

柚香を含めた上勝町の香酸柑橘加工品を海外へ輸出しているのは、栽培から加工までを一貫して行っている「株式会社阪東食品」の阪東高英さん。標高300〜400mの南向きの斜面に分布している農地は、2003年(平成15)に徳島県で初めて有機JAS認証を取得した。

阪東さんは大学卒業後、OA機器メーカーの営業職や輸入車の販売職に就いていたが、農園を営む両親から「有機JAS認証の取得を手伝ってほしい」と頼まれた。それをきっかけに2007年(平成19)、阪東食品に入社した。

「どうせやるなら面白いことに挑戦したい」と、海外に売り出すことを思い付く。「売り上げを求めるための海外取引ではなく、話題性を生み出すことで、ブランディングにつながるのではないかと思ったんです」と阪東さん。2010年(平成22)、中国で開催された展示商談会への出展を機に、2012年(平成24)より輸出を開始した。その後も継続的に海外の展示商談会に参加し、ハラール認証の取得によって取引先を拡充。現在は欧米やアジアなど27カ国と取引を行っており、総販売額に占める輸出比率は約7割にまで成長した。

左側の果実のように種が全くないか、右側のように種が少ないのが無核の柚香(山部さん提供)
「ブランディング目的の海外進出でしたが、結果的に売り上げにも結び付きました」と阪東さん
大きな可能性を秘めた世界の「YUKO」

世界に広がった阪東食品の香酸柑橘加工品だが、取扱量が圧倒的に多いのは柚子。その10分の1以下の取扱量ではあるが、柚香の評判はフランスで良い。パリの最高級ホテル「フォーシーズンズ・ホテル」のパティスリーでは、生地に柚香の果汁やジャムを使ったケーキが提供されている。また別の星付きレストランの料理人からは「柚香は素晴らしい。タイミングが来たら使いたい」というお墨付きをもらった。柚香が世界の「YUKO」となる日を待ち望む阪東さんだ。

一方で課題は、生産量が少ないこと。生産者の高齢化が進み、耕作放棄地が増えていくことは確実だ。海外売り上げのなかで柚香が占める割合は1割程度であるため、現時点では品不足の心配はない。しかし柚香のファンは必ずや増えるであろう。「だからこそ生産量と消費量を、少しずつ伸ばしていくことが大切。また就農希望者と耕作放棄地のマッチングなど、やるべきことは見えている」と阪東さんは力を込める。

小さな山間の町で、柚香にまつわるプロジェクトは地道に、少しずつ進んでいる。それぞれ立場は違うが、関係者の「柚香愛」は同じ。その尽力は、いつの日か大きな実を結ぶはずだ。

パリの展示会の様子。阪東さんを囲むのは、徳島県産の香酸柑橘を評価してくれているお客さま
懇意にしているパリのレストランでは、さまざまな料理に徳島県産の香酸柑橘が使われており、現地の方の舌にもなじんでいる
パリの最高級ホテル「フォーシーズンズ・ホテル」の厨房で作られたケーキ。手前のチョコレートケーキには柚香の果汁を入れたジャムを使用
情報を収集し、海外で開催される食の展示会に積極的に参加。多彩な日本産の食材とともに香酸柑橘をPR
柚香果汁を使用した阪東食品の商品。左はゆこうぜリー。中央のぽん酢と右のドリンクは柚子、酢橘、柚香の果汁をブレンドし、有機醤油や有機砂糖を加えている
収穫期には搾汁作業がピークとなる。自社農園の収穫分に加え、近隣の農家からも持ち込まれる
株式会社阪東食品
住所 徳島県勝浦郡上勝町生実字上野63-1
電話番号 0885-46-0822
営業時間 9:00〜17:00
定休日 土・日曜日、祝日
URL http://bando-farm.com/index2.html
柚香が秘めたパワーを明らかにして国際特許出願

●徳島大学大学院医歯薬学研究部 代謝栄養学分野研究チーム

柚香の秘められた機能性に着目したのは、徳島大学大学院の阪上(さかうえ)浩教授と堤理恵講師(当時・※2)の研究チーム。研究の発端は、堤さんが幼い頃、祖母が手料理で使っていた柚香の食文化を残したいという思いだ。また柚香には「秋に収穫し、春まで腐らない」「木の根元に置くと害虫避けになる」などの民間伝承もあり、何かしらのパワーが秘められているのではないかと考えた。

そこで成分を研究したところ、他の香酸柑橘より糖度が高く、たくさんのアミノ酸を含んでいることや、通常果皮に多く含まれているフラボノイド類が、果汁にも多く含まれていることが分かった。さらにマウスを使った動物実験では抗肥満作用を有する成分が出現し、「腸内細菌叢(そう)の是正化、口臭成分や歯周病菌の減少などが示されました」と阪上教授。この成果をもって、2018年(平成30)、徳島大学は柚香がもつ抗菌性、整腸または静菌作用について特許を出願した。同時に徳島県は国際特許も出願。機能性食品として、柚香は一躍スポットライトを浴び始めた。研究は現在も継続しており、抗腫瘍効果なども期待されている。

※2/現在はサントリーグローバルイノベーションセンター株式会社主任研究員

阪上教授(中央)と学生たち。「地域色があり、多くの人の健康に寄与する研究を進めたい」と話す