今治市菊間町の「加茂神社」には、約600年続く伝統行事がある。地域の少年が乗り子となって神社の参道約300mを疾走する、京都・葵祭の「賀茂競馬(くらべうま)」を起源とする「お供馬(ともうま)の走り込み」。歴史ある伝統文化を守り続けるため、馬とともに暮らせる環境を維持しようと2020年(令和2)に設立されたのが「NPO法人 菊馬会」。引退した競走馬に第2のキャリアの場を提供し、馬を通じて地域貢献する人たちを取材した。
引退馬たちが活躍する
「癒やし」のまちをめざして
NPO法人 菊馬(きくま)会

引退した競走馬に第2のキャリアを

今治市の陸地部、のどかな風景が広がる菊間町。他の中山間地域と同様、近年過疎化が進み、この40年間で地域の人口は半分になった。かつては、それぞれの家庭で飼育する馬が「お供馬の走り込み(以下:お供馬)」に参加していたが、高度成長期に農業の機械化が進むと農耕馬の飼育数が減少。1975年(昭和50)に町内の馬主が「愛馬会」を結成し、北海道から馬を買い付け、それぞれ馬主として馬の飼育をするようになった。
以来、長年にわたって「愛馬会」に所属する馬主が日々の世話を担い、練習から乗り子の指導までを受け持ってきた。だが「愛馬会」会員の平均年齢が高くなるにつれ、飼育が大変になったなどの理由で馬数は減少。「このままでは伝統文化が途絶えてしまう」と危機感を抱いた「愛馬会」では、2017年(平成29)に引退馬の支援を行う「サンクスホースプロジェクト(現・サンクスホースプラットフォーム)」と連携。競走馬を引退した後に"第2のキャリア"を送れるのはごくわずかという現実を知り、引退馬の受け皿となることを決めた。
引退馬の支援により馬数は確保できたが、個人の飼育負担が大きいという課題は残った。競走馬であったサラブレッドは、日常的に運動場で走らせたり、公道を歩かせたりと運動させる必要もある。持続するには地域で馬を飼育する仕組みづくりが必要だと考えた「愛馬会」会員有志は、2020年(令和2)、地域内外の人たちに馬と親しんでもらうことで飼育環境を維持しようと「NPO法人 菊馬会(以下:菊馬会)」を設立した。


馬との暮らしをまちの魅力として

菊間町では今も、馬に乗って公道を散歩させる風景が日常的に見られる。「菊間町で生まれ育った人たちにとって、馬がいる風景は当たり前。馬の飼育を続けることは菊間町の風景を守ることでもあるんです」と「菊馬会」代表の岡本誠篤(せいとく)さんは話す。それを次の世代が無理なく受け継いでいけるよう、環境を整えていくのが「菊馬会」の役割だ。
「お供馬」を市内外に広く知ってもらうための情報発信とともに取り組んでいるのが「ホースセラピー」。引き馬乗馬や、餌やり体験などで子どもたちや高齢者、障がいのある人に癒やしを提供するプランを提案していきたいという。その準備のため、2022年(令和4)にクラウドファンディングを行ったところ、全国の競走馬ファン、乗馬愛好家から激励の声とともに多くの支援が届いた。「身近に馬がいることに慣れているのもあって、実はそこまでの反響があるとは思っていなかった」と話す岡本さん。引き馬乗馬を体験した方の反応で、馬の魅力を再確認できたという。「中央競馬で走っていた馬にファンレターが届くこともあるんです」と事務局を担う大出嘉代さんもほほ笑む。活動するうちに地域外からも馬好きな人が集まるようになり、今では市内にある岡山理科大学獣医学部の学生もイベントなどに参加してくれている。
菊間町の人たちと長く共生してきた「馬」を核に地域のつながりが深まり、新たな交流が生まれている。地域を愛する人たちは、応援したいという人たちを巻き込み、新しい形で伝統文化を受け継ぐことで、魅力あるまちの風景を持続させようと今日も走っている。





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