瀬戸内海に面した松山市北条は、市街地から近いリゾートエリアとして人気の地区。近年は穏やかな海景色に魅力を感じて、移住してくる人も多い。この地区の象徴ともいえるのが、北条港の沖合400mに浮かぶ鹿島だ。その名の通りに、県の天然記念物に指定された鹿が生息しており、海水浴場やキャンプ場も整備されている。島内にひっそりと佇(たたず)んでいるのは、武甕槌命(たけみかづちのみこと)、経津主神(ふつぬしのかみ)、事代主神(ことしろぬしのかみ)を祭った鹿島神社だ。
この鹿島神社と深い関わりがあるのが、松山市の郷土料理として知られる「北条鯛めし」。米の上に真鯛を丸ごとのせて炊き込み、炊き上がったら真鯛の身をほぐして飯に混ぜ込んだものだ。鯛めしについて地元に伝えられている逸話を教えてくれたのは、太田屋旅館七代目の岩渕貴之(いわぶちたかゆき)さん。
「弥生時代(3世紀)、三韓征伐に向かっていた神功(じんぐう)皇后が鹿島に寄港し、鹿島神社に戦勝と道中の安全を祈願したといわれています。その際、地元の人たちが、米の上に真鯛をのせて炊いたものを献上しました。それが鯛めしの始まりとされています」。
醤油の原形とされる醤(ひしお)が生まれたのは奈良時代(8世紀)とされる。当然のことながら、その当時は現代の炊き込みご飯に付き物である醤油は使われず、海水で炊いたと考えられる。以降、北条地区では、祝いの席の料理として鯛めしが受け継がれてきた。