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魅力ある観光地へ 屋島再生プロジェクト(香川県高松市) 魅力ある観光地へ 屋島再生プロジェクト(香川県高松市)

香川県高松市東部に位置する屋島は、古くは源平合戦で劣勢に立たされた平氏が逃げ落ち、再起しようと拠点を置いた場所。風光明媚な一帯は、1934年(昭和9)に瀬戸内海国立公園ならびに、国の史跡および天然記念物に指定され、山上からの多島海景観を楽しもうと、多くの人がやってくる人気観光地となった。また四国八十八カ所霊場第84番札所屋島寺や、半島を覆う植物などの自然といった多様な魅力も持ち合わせている。

しかし観光動向の変化などさまざまな要因により、1972年(昭和47)をピークに観光客は減少し、営業をやめた商業施設の廃屋化などが問題となっていた。

近年、そうした状況に明るい変化が現れている。その原動力となったのが、屋島活性化基本構想だ。構想に基づき進められている産官学民一体の屋島再生プロジェクトは、一定の成果を挙げ、さらに加速を続けている。

屋島の明るい未来のために、知恵を絞り、汗を流す人たちを訪ねて、屋島の新たな魅力を探っていく。

産官学民連携の「屋島会議」発足

山陽新幹線の新大阪・岡山間が開業した1972年(昭和47)、その効果か、屋島の観光客数は約246万人に達した。しかし、これ以降は1988年(昭和63)の瀬戸大橋開通、1998年(平成10)の明石海峡大橋開通時に多少盛り返したものの、右肩下がりの状態が続いた。さらに追い討ちをかけるように2004年(平成16)には屋島ケーブルが休止(翌年廃止)される。これを機に観光客数は50万人前後を推移し始めた。

こうした状況を打開するべく、2011年(平成23)に高松市が音頭を取って設置したのが、有識者による「屋島会議」だ。「メンバーは学識経験者や屋島で活動しているボランティア団体、屋島に関わる商工業者など産官学民、多様な29名。現状の問題点を洗い出し、調査・検討を繰り返しました」と説明するのは、高松市創造都市推進局観光交流課観光エリア振興室係長の原宏樹(ひろき)さん。

高松市は屋島会議の答申を基本として、2013年(平成25)1月に、「屋島活性化基本構想(以下:基本構想)」をまとめた。これは産官学民が力を合わせて44事業に取り組むものだ。併せて、廃屋の撤去やアクセスなどの課題に着目し解決方法を探り始めた。

基本構想の44事業は短期、中期、長期と実現までの期間が異なり、主体者もさまざまだ。その事業の一つが、屋島の麓にある高松市屋島競技場の整備。高松市が主体となり実施し、2017年(平成29)には屋島レクザムフィールドとしてリニューアルオープンした。また屋島の情報発信拠点として、ビジターセンターを整備することも高松市主催事業の目玉となった。

01_「歴史・文化・自然・アミューズメント。たくさんの魅力を持つ屋島は可能性の塊」と話す高松市職員の原さん(右)と田中さん(左)

02·03_車椅子使用者対応エレベーターや多機能トイレなどを備えた「屋島レクザムフィールド」は、ユニバーサルデザインに対応した施設

アクセス道路の無料化と「やしまーる」の完成

基本構想で課題として指摘されていたアクセスの問題について、高松市は大きな決断をする。自動車での唯一のアクセス道路である屋島スカイウェイ(旧:屋島ドライブウェイ)の無料化だ。自動車専用道路として1961年(昭和36)に供用を開始したこの道路は、民間が運営していた。利用料の負担がリピーターを遠ざけているのではないかという声があり、高松市は2016年(平成28)9月から12月にかけて、無料化社会実験を実施。手応えを得て、翌年7月より公道化・無料化を実現させた。屋島は『日本の夕陽百選』『日本の夜景100選』に選ばれている。「無料化により、今日は天気がいいからと景色を気軽に見に行きやすくなったという声もいただいています。」と原さん。

さらに今年の初めには、Z世代(1990年代半ばから2000年代に生まれた世代)に向けて、「#意外とすごいぞ高松」キャンペーンを実施した。「実際にインフルエンサーに高松市に来てもらい、高松市内を旅する様子を発信していただきました。多様な顔を持つ屋島が魅力的に見えたようで、可能性を感じました」と同事業を担当した、高松市文化・観光・スポーツ部観光交流課主事の田中良さんは話す。

目玉事業であるビジターセンターの整備としては、2022年(令和4)8月、高松市屋島山上交流拠点施設「やしまーる」が完成。管理・運営は指定管理者制度により、民間に委託しているが、自主事業に積極的に取り組み、評判は上々だ。田中さんのチームでは、ビジネスイベントを誘致する「高松MICE(マイス)」事業にも取り組んでおり、「近い将来、やしまーるをMICEの会場にできれば」と期待に胸を膨らませている。

※MICE:ミーティング、インセンティブ・ツアー、コンベンション、エキシビション・イベントの頭文字

「屋島スカイウェイ」は全長約3.7km。道すがら源平古戦場の舞台を見ることができる
独特の建物にも意味が!注目を集める屋島の新名所

「やしまーる」は、曲線で構成された約200mの回廊形式の建物。「ユニークな形なので、何かを表しているのかと聞かれますが、これは敷地本来の形や起伏に合わせてデザインされたものなんです」と話すのは、館長の中條(ちゅうじょう)亜希子さん。建築家の周防貴之(すおうたかし)さんが、1本も木を切らず、傾斜を切り崩すこともない建物にしたいと設計したものだ。

ホールやエントランス、カフェ、展望スペース、パノラマ展示室などが連続する建物内部には、壁による仕切りが一切ない。屋根部分には庵治(あじ)石の板瓦を貼り、壁面にはガラスを多用。周囲の自然との一体感があり、建物が視界を遮らないという唯一無二のデザインが施された建物となっている。

中條さんが集客のために力を入れているのが、イベントの開催。毎月定期開催のマルシェ「やしまーけっと」をはじめとする自主企画イベントのほか、貸館事業でもにぎわいを呼び込んでいる。

実は中條さんの前職は高松市歴史資料館の学芸員で、数々の企画展を手掛けていた。そうした経験を活かしてイベントを行い、「ここに来れば何かがある」と思ってもらうのが中條さんの理想だ。

01・02_瀬戸内国際芸術祭2022の作品の一つとしても話題になった「やしまーる」。独特の外観でありながら、周囲の景観にしっくりとなじんでいる

03_「やしまーる」前の獅子の霊巌(れいがん)からの眺め。高松市街地や男木島、女木島などを一望できる

04_「やしまーる」の中庭から展望台の方角を見れば、建物のガラス越しに広がる景観が美しい

05_「建物内部には約6mの高低差が生じていますが、電動車椅子の貸し出しをしているので多様な方々に足を運んでほしい」と話す「やしまーる」館長の中條さん

06_屋島の歴史や自然についての展示を行っているローカル展示スペース

07_庵治石のマグネットなど、香川県の素材でつくったオリジナルグッズを販売しているショップ

08_スクリーンやプロジェクターなどの設備を整えたホールは広さ約90㎡。イベントなどに使用できる

09_屋島で採取されたはちみつを使ったレモネードやレモンソーダなどで、一休みできるカフェコーナー

10_毎月開催の「やしまーけっと」は、飲食や雑貨のお店が出るマルシェ。開催日はホームページやSNSで発信

都市景観大賞へと結びついたオール屋島での取り組み

兵庫県出身の中條さんは、よそ者の視点を持っているからこそ分かる屋島の魅力を伝えることにも使命を感じている。「やしまーる」完成以前から、散歩や気分転換で屋島にしばしば足を運んでいたが、その話をすると地元の人は「何年も屋島に足を運んでいない」と答えることが多かった。「とてももったいないですよね。夏から秋にかけて、海に沈む屋島の夕日の美しさは格別。見逃す手はないと思います」と力を込める。

もう一つ、中條さんが使命として捉えているのが、近隣の施設のつなぎ役となること。「屋島寺や新屋島水族館、飲食店、宿泊施設など、山上にある施設はもちろん、麓にある四国村ミウゼアムなどと協働し、みんなで屋島を盛り上げていきたい」と目を輝かせる。

「やしまーる」誕生の前後、屋島界隈では民間も続々と、改修などの施設のテコ入れを行った。新屋島水族館や四国村ミウゼアム、れいがん茶屋のリニューアルなどだ。れいがん茶屋のオーナーである森静家(せいや)さんは、店の改装を建築家の周防さんに依頼した。「『やしまーる』と一体感のある建物にすることで、互いが盛り立て合うような雰囲気を生み出したかった」と話す。一体感は見た目だけではなく、施設の使われ方にも現れている。トークショーを「やしまーる」でレセプションはれいがん茶屋でといった、2施設を連携させたイベントを行うなど良好な関係を築いている。

右肩下がりだった観光客数は2022年度には63万人超と増加に転じており、昨年6月には高松市屋島地区が「都市景観大賞(都市空間部門)」を受賞。産官学民が連携し、観光地を再生した事例として高く評価された。

屋島を愛し、高松を愛する人たちの力で、歴史ある観光地は新たな時代を迎えようとしている。

01・02_建築家・周防貴之さんが、これまでの建物を活かしつつ改装した「れいがん茶屋」。「床の高さを上げていただき、よりくっきりと景観を楽しめます」と話すオーナーの森さん。ピザなどの食事からデザートまでメニューは豊富

03・04_四国各地の歴史的価値のある建造物33棟を移築復原した野外博物館・四国村ミウゼアム。2022年(令和4)にリニューアルし、エントランス建物「おやねさん」(03)が完成した

05_屋島に棲みつき、十一面千手観世音菩薩(屋島寺の御本尊)の御用狸を務めたとの伝説が残る、太三郎狸。屋島寺では土地の氏神様「蓑山(みのやま)大明神」として祭られている

06_マナティーやバンドウイルカ、ペンギンなどの動物と近い距離で対面できるのが、新屋島水族館の魅力

07_獅子の霊巌や「やしまーる」、「れいがん茶屋」は、8月中旬に開催される「さぬき高松まつり花火大会」観覧の特等席となる

08_高松市の大西秀人市長(右から2人目)らが参加した「令和5年度都市景観大賞」の授賞式。左は「れいがん茶屋」の森さん、右は公益財団法人四国民家博物館の加藤英輔理事長

高松市屋島山上交流拠点施設「やしまーる」
住所 香川県高松市屋島東町1784-6
電話番号 087-802-8466
営業時間 9:00~17:00(金・土曜日、祝前日は~21:00)
定休日 火曜日(祝日の場合は翌平日)
駐車場 高松市屋島山上観光駐車場を利用可
URL https://www.yashima-navi.jp/jp/yashimaru/
れいがん茶屋
住所 香川県高松市屋島東町1784
電話番号 087-841-9636
営業時間 11:00~17:00(LO16:30) ※イベント時は延長する場合あり
定休日 火曜日(祝日の場合は翌平日) ※不定期で火曜日以外も休みの場合あり
駐車場 高松市屋島山上観光駐車場を利用可
URL https://reigan-chyaya.com/
屋島活性化の影の功労者「元気YASHIMAを創ろう会」

今から約20年前、高松市屋島地区在住の岡晃一郎さんらは定年退職を迎えた。「当時、屋島はどんどん元気をなくしてきており、これから時間のある私たちに何かできることはないかと同級生に声を掛けたのが会の始まり」と振り返る。岡さんの声掛けに仲間が集まり、最初に行ったのは、荒れ果てていた遍路道の整備。案内看板を設置し、遍路道のウォーク大会を定期的に実施した。2005年(平成17)4月、「元気YASHIMAを創ろう会」としての活動をスタート。これまでに「屋島会議」への参加、JR屋島駅にある観光案内所の運営、讃岐満月まつりの実施、観光マップやパンフレットの制作など1,000以上の事業を、ほぼ手弁当で行ってきた。

同会のモットーは『できることからやろう』『楽しくやろう』『少しだけ地域のお役に立とう』。「無理をせず、楽しみながらという精神がここまで続けてこられた理由でしょう」と岡さんは話す。香川大学の学生が取り組む地域活動への協力、屋島寺でのお遍路さんへのお接待など、世代や地域を超えた多くの人との出会いや、感謝の言葉も励みとなった。その集大成として、2020年度には香川県ボランティア大賞を受賞。メンバーたちは歓喜に沸いた。

結成から20年目の今年、岡さんらは大きな決断をした。「やしまーるの誕生など、屋島活性化は新たな段階に入りました。一方でメンバーは80歳を超え、体調面に不安を持つ者も増えています」と、「元気YASHIMAを創ろう会」は今年度いっぱいで終止符を打つことに決めた。しかし岡さんらの屋島への愛は深い。「これからは『できることだけをやろう』の精神で、有志と共に活動を続けていきます」と穏やかに笑う。

「元気YASHIMAを創ろう会」に大きな拍手を贈りたい。

屋島寺門前で行うお茶のお接待。長旅で疲れたお遍路さんも、温かいおもてなしにほっと一息
手弁当で活動を続けた岡さん(左から2人目)ら「元気YASHIMAを創ろう会」のメンバー。JR屋島駅を拠点に、たくさんの活動を実践してきた