江戸時代初期に大阪で発祥したとされる人形浄瑠璃は、太夫(たゆう)(語り手)と三味線弾き、人形遣いが繰り広げる舞台芸術。その伝統は各地で受け継がれているが、国の重要無形民俗文化財に指定されているのが、徳島県の「阿波人形浄瑠璃」。現在、県内で20座以上が活動している。
そのなかで異彩を放っているのが徳米座。座長はアメリカ出身のマーティン・ホルマンさんだ。「私は子どもの頃からマリオネットなどの人形劇が大好きでした。大学、大学院では日本の現代小説を中心に研究していました。在学中に授業の一環で近松門左衛門の『曽根崎心中』の映像を見て、繊細な動きや人形の美しさに魅了されました」と話す。
学生時代には2度にわたり来日。大学院生だった1983年(昭和58)には初めて徳島を訪れ、農村舞台(※1)で歴史ある一座「勝浦座」の公演を観た。感動のあまり言葉を失い、「いつかは自分も人形を操りたい」との思いを募らせたという。大学院終了後は教職に就き、ミズーリ大学などで日本文学を教えた。
1989年(平成元)、ホルマンさんは、滋賀県とアメリカ・ミシガン州の姉妹提携20周年を記念して設立された「ミシガン州立大学連合 日本センター」の所長として滋賀県彦根市に着任。自宅近くに人形浄瑠璃「冨田(とんだ)人形」の一座があることを知り、稽古を見学。座長に頼み込んで弟子入りし、3年間にわたって人形浄瑠璃を学んだ。1994年(平成6)には外国人として初めての人形遣いとして、日本の舞台に立った。
帰国後は大学で教鞭を執りつつ、人形浄瑠璃を学ぶための講座を立ち上げ、現地の学生を率いて日本での人形浄瑠璃研修を実施。2004年(平成16)には講座の修了生とともに「文楽・ベイ・人形劇団」を結成し、34州で合計200回ほどの公演を行った。
※1:歌、踊り、芝居などを神様に奉納するための屋外にある舞台