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私たち四国人 伝統を未来へとつなぐ人たち 私たち四国人 伝統を未来へとつなぐ人たち

海外から四国へ移住してきた人たちの活躍は、ダイバーシティ(多様性)の象徴ともいえる。なかには、日本特有の伝統文化や精神性の継承に取り組む海外出身者も増えてきた。

人形浄瑠璃(じょうるり)一座「徳米(とくべい)座」を率いるマーティン・ホルマンさんは、人形浄瑠璃に魅せられて徳島県へ。現在は伝統を重んじつつ、新たなファンづくりのために力を尽くしている。一方、愛媛県で古武道の師範として後進の指導にあたっているのはベンジャミン・グロスさん。パートナーの昌美さんと共に、民宿「おめぐり庵」も経営しており、農業を基本とした営みの大切さ、昔ながらの日本の食についても多くの人に伝えている。

二人を四国へと導いたものは、なんだったのか。話を伺い、その思いを探った。

人形浄瑠璃 Traditional Japanese Puppet Theater
「日本での居住歴は通算で20年を超えました」とホルマンさん
古武道 Traditional Japanese Martial Arts
「自然のなかで生きる豊かさを感じる毎日です」とグロスさん
阿波人形浄瑠璃 徳米座(とくべいざ)
繊細な動きに魅せられ人形浄瑠璃のとりこに

江戸時代初期に大阪で発祥したとされる人形浄瑠璃は、太夫(たゆう)(語り手)と三味線弾き、人形遣いが繰り広げる舞台芸術。その伝統は各地で受け継がれているが、国の重要無形民俗文化財に指定されているのが、徳島県の「阿波人形浄瑠璃」。現在、県内で20座以上が活動している。

そのなかで異彩を放っているのが徳米座。座長はアメリカ出身のマーティン・ホルマンさんだ。「私は子どもの頃からマリオネットなどの人形劇が大好きでした。大学、大学院では日本の現代小説を中心に研究していました。在学中に授業の一環で近松門左衛門の『曽根崎心中』の映像を見て、繊細な動きや人形の美しさに魅了されました」と話す。

学生時代には2度にわたり来日。大学院生だった1983年(昭和58)には初めて徳島を訪れ、農村舞台(※1)で歴史ある一座「勝浦座」の公演を観た。感動のあまり言葉を失い、「いつかは自分も人形を操りたい」との思いを募らせたという。大学院終了後は教職に就き、ミズーリ大学などで日本文学を教えた。

1989年(平成元)、ホルマンさんは、滋賀県とアメリカ・ミシガン州の姉妹提携20周年を記念して設立された「ミシガン州立大学連合 日本センター」の所長として滋賀県彦根市に着任。自宅近くに人形浄瑠璃「冨田(とんだ)人形」の一座があることを知り、稽古を見学。座長に頼み込んで弟子入りし、3年間にわたって人形浄瑠璃を学んだ。1994年(平成6)には外国人として初めての人形遣いとして、日本の舞台に立った。

帰国後は大学で教鞭を執りつつ、人形浄瑠璃を学ぶための講座を立ち上げ、現地の学生を率いて日本での人形浄瑠璃研修を実施。2004年(平成16)には講座の修了生とともに「文楽・ベイ・人形劇団」を結成し、34州で合計200回ほどの公演を行った。

※1:歌、踊り、芝居などを神様に奉納するための屋外にある舞台

01・02_座長の人柄に惹かれて集まった座員たちには、子どもや未経験者も多数。また留学や仕事の都合で徳島に住んでいる海外出身者も集まってくる。「留学を修了して自国へと帰ってしまう人がいるのは寂しい。でも、その人たちが各国で人形浄瑠璃を広めてくれたらうれしいですね」とホルマンさん
映像や英語を駆使して人形浄瑠璃の魅力を発信

2017年(平成29)に大学を退職したホルマンさんは、2年後に徳島県へ移住した。大学院生時代に来訪した際、海もあり、山もある徳島の豊かさを肌で感じて、「いつかここに住もう」と考えていたのだ。「とりわけ、私を惹きつけたのは『徳島県立阿波十郎兵衛屋敷』です。他県でも人形浄瑠璃を上演している施設はありますが、毎日上演しているのは、世界でもここだけ。このまちで、人形浄瑠璃をライフワークにしようと決めました」。

2019年(令和元)10月、徳島と米国から1文字ずつ取り、徳米座と名付けた一座を立ち上げた。座員が集まり、本格的な活動を始めた矢先、コロナ禍により、上演はおろか稽古もできなくなった。「何のために移住したのか」と落ち込んだが、すぐに前を向いたホルマンさん。「今やれることを」と、マスク着用をテーマにした人形たちのコミカルな映像作品や、徳島のPRにつながる英語の番組などを動画サイトに投稿した。いずれも反響は大きく、「かえって自分の世界を広げることができました」とほほ笑む。こうした取り組みが評価され、2021年(令和3)、徳島県観光ユニバーサル大賞活動部門で、徳米座は表彰を受けた。

03_座員の8割は日本人だが、口をそろえて「川端康成や井上靖の小説を英訳した座長は私たちより知識が豊かで、言葉の壁もありません」と話す

04_人気演目の「えびす舞」に登場する鯛を巨大にしてアレンジ。観客に大ウケの仕掛けだ

05_今年2月、鳴門市にある大麻比古(おおあさひこ)神社での奉納という大役を任された徳米座。緊張する座員の気持ちをほぐすホルマンさん

伝統を掛け合わせて生み出す新たな価値観

現在、徳米座は定期公演のほか、県内外からの公演依頼にも応えている。『三番叟(さんばそう)』や『えびす舞』、『夫婦獅子舞』などをレパートリーにし、人形も40体ほど所有。なかにはホルマンさん自作の人形もある。それらを引っ提げて、今年は徳米座として初の農村舞台での上演も果たした。

ホルマンさんが今、取り組んでいるのはオリジナル演目への挑戦。「今、稽古をしているのは狂言の『雷(※2)』。人形浄瑠璃と狂言という異なる伝統芸能を掛け合わせて、何が生まれるか。私自身、とても楽しみ」と話す。また、子どもたちに親しみを持ってもらいたいと、おとぎ話『笠地蔵』の人形芝居も進行中だ。

「人形浄瑠璃は3人で1体の人形を動かします。首の角度、指先の動き、足の運び方などを美しく見せるためには、技術だけでは無理。座員の絆が大切」と力を込めるホルマンさんは、共に取り組む仲間を増やしたいと願っている。未経験でも、何歳でも、外国人でもいい。「人形浄瑠璃を愛する人と一緒に、この芸能を世界に広げたい」と夢を膨らませるホルマンさんだ。

※2:旅の途中、目の前に落ちてきた雷様を、薬師(医者)が治療する話

06_ルーマニア大使館で行われた阿波人形浄瑠璃公演で通訳・解説員を務めたホルマンさん

07_徳島県立阿波十郎兵衛屋敷で行われる定期公演「傾城阿波の鳴門 順礼歌の段」は、ホルマンさんの翻訳により英語字幕付きで公演

08_昨年2月、徳島県庁・県議会ロビーで徳米座が人形浄瑠璃を披露

09_3人が息を合わせることで、人形は命あるものかのような動きを見せる

徳米座(加茂コミュニティセンター)
住所 徳島市北田宮町4丁目-6-60
電話番号 080-4562-8319
Facebook https://www.facebook.com/tokubeiza/
備考 毎週日曜日17:30から練習を行っている。座員募集中。
神伝武術 自然道(じねんどう)
自然体に生きられる場所を探して愛媛県へ

自然豊かなアメリカ・ペンシルバニア州で育ったベンジャミン・グロスさんが、幼少期から興味を持ったのは日本の武道。空手や居合、柔術拳法などに夢中になり、2009年(平成21)には武道修行のために日本へ。「根源的な武道である古武術を学びたい」と古武術道場・竹内流備中伝京都道場に入門した。古武術とは剣術や柔術、居合術など日本古来の武技の総称。真摯に鍛錬に取り組んだグロスさんは、道場の師範代になるまで内弟子として修行を重ねた。また、修行中、師匠の親戚の昌美さんと出会い、お互いの考え方に共感。交流が始まった。

修行を突き詰めていくうち、何よりも大切なのは『自然体であること』という考え方に至ったグロスさん。昌美さんも「豊かな自然のなかで、四季に寄り添って暮らしたい」と考えており、結婚を機に二人は移住を計画。2016年(平成28)11月、移住先探しの手始めに、昌美さんの出身地である愛媛県西予市へ出向く。すると最初に見せてもらった家が気に入り、すぐに契約。敷地内には2棟の家があったため、1棟を住まいに、もう1棟を自分たちでリフォームし「おめぐり庵」という民宿をオープンした。古武術や自給自足に興味を持つ人から、ファミリーまで、故郷に帰ってきたかのような温かさで迎え入れている。

10_「どう生きていくかを考えたとき、愛媛のこの場所が私たちを導いてくれました」と話すグロスさん。昌美さんも含めて、周囲の人たちは親しみを込めて「ベン」と呼んでいる

11_自宅とおめぐり庵は道の駅「どんぶり館」に近い便利な場所にある。それでいて、のどかな風情を満喫できる

12_山奥にある一軒家を紹介するテレビ番組でも取り上げられた「神験草庵」。周囲の田畑では米や野菜などを栽培

修行を通して学ぶ日本人の精神性

古武術だけではなく修験道などさまざまな修行を行ったグロスさん。移住の目的の一つは、自身の流派・手氣之内(たけのうち)流 愛宕大明神直傳(あたごだいみょうじんじきでん)武術の修行場として自然道を創設すること。「自然道とは、再生や循環を適える生き方の探究。武術だけではなく食や農業、森づくりなど、人間としての営みに必要な事象が含まれます。これにより生きる力や体の使い方を身に付けることができるんです」とグロスさん。

昨年春、山裾に自然道の修行道場「神験草庵(しんけんそうあん)」が完成した。職人の指導のもと、グロス夫妻や仲間たちの手で建てられた道場は、萱葺き屋根を載せた円錐形が特徴的。建物に使われているヒノキや竹、萱は近隣の山から切り出したもので、材料集めに4年、施工に2年を費やした。

道場の周囲には田畑や山林が広がり、調理のための「山のキッチン」、コンポストトイレ(※3)を整備した。自然道の理念に共感し、入門者も増えてきた。武術の稽古体験、薪割りや農作業も含めた泊まり込み稽古も受け付けている。

※3:水や電気を使わず、微生物が排泄物を分解するトイレ。「バイオトイレ」とも呼ばれる

手氣之内(たけのうち)流とは

グロスさんは、土台となる竹内流と司箭(しせん)流の流祖と同じく、断食しながらの修行に臨んだ。「手氣之内流は心身を鍛え、精神的成長を促す修行法。その根幹には『陰陽』の哲学があり、体の動きが自然の法則と調和することを目指しています」と話す。伝授する技法は、剣術、棒術(5種類)、鎖鎌術など多岐にわたっている。それぞれが体と心を磨くための術であり、グロスさんは「武の技を通して己と対峙し、陰陽を体現する道」と考えている。

13・14_グロスさんは、古武術の体得には自然と共に生きる、昔ながらの暮らしが欠かせないと考えており、農具の手入れなど、何事も自らの手でこなしている
自らが創設した自然道修行道場も自分たちの手で

神験草庵には、昔ながらの先人の知恵が施されている。道場の中央には囲炉裏があり、グロスさんは毎日の火入れを日課としているが、これは茅葺きを長持ちさせるため。煙で燻すことで、乾燥させ、虫除けの効果も得られるのだ。「かつて日本人は自然を愛でつつ、人間も自然の一部であるという自然観を持ち、自然との調和や共生を図ってきました。自然道を通して、そんな素晴らしい日本人の精神性を伝えることができれば」と話すグロスさん。

ほら貝や尺八を巧みに吹き、毛筆の扱いもお手のもの。自然豊かな西予市の山中、そこでは現代日本人が忘れつつある、日本の魂がしっかりと継承されていた。

15_「神験草庵は修行と生活の場であり、自然と一体となるなかで心身を磨く道場です」とグロスさん

16_普段はフレンドリーな二人も、草庵での修行中は真剣そのもの

17_自然道と手氣之内流の創始者であるグロスさんは、武術家・書道家として誠山一草 (せいざんひぐさ)の名前も持っている。

18_鎌と鎖、重りを組み合わせた鎖鎌を巧みに操るグロスさん

おめぐり庵
住所 愛媛県西予市宇和町稲生325-2
電話番号 090-2829-4360
URL https://www.omeguri.com/