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讃岐伝統野菜「香川本鷹(ほんたか)」物語(香川県)

「香川本鷹」は、幻の唐辛子とも呼ばれる香川県の伝統野菜。文禄・慶長の役で活躍した塩飽(しわく)水軍が、豊臣秀吉から恩賞として賜ったと伝えられている。薬草などに詳しかった香川県出身の平賀源内の著書にも、その名は登場している。

昭和初期までは塩飽諸島や荘内半島で盛んに栽培され、国内需要に加えて海外にも輸出されていたが、第二次世界大戦以降は海外産唐辛子に押され生産量は激減。やがて生産者もいなくなってしまった。

絶滅したと思われていた香川本鷹だが、2006年(平成18)に香川県と生産者が「香川本鷹復活プロジェクト」を立ち上げ、複数の農家が生産に取り組み始めた。付加価値の高い加工品づくりでも話題となっている、香川本鷹を盛り上げる人たちを訪ねた。

手島 塩飽諸島 荘内半島 香川県
香川本鷹の美しさに魅せられて島に移住

丸亀市の沖合に浮かぶ手島は、周囲約11㎞の小さな島。「人口は20人足らずですが、近年は私のような移住者もいますね」と話すのは、香川本鷹の栽培農家「手島香辛庵」の高橋周平さんだ。善通寺市出身の高橋さんは、武蔵野美術大学在学中に「HOT サンダルプロジェクト(※)」に参加。初めて訪れた手島で出会ったのが、香川本鷹の生産者の故・高田正明さんだ。高田さんは「香川本鷹復活プロジェクト」に参加した、20軒の農家の一人。香川本鷹の栽培の難しさから、栽培をやめてしまう人が相次ぐ中、高田さんは黙々と栽培を続けていた。

香川本鷹は、日本の唐辛子の最高品種ともいわれており、長さは8㎝ほどにもなる。濃い赤みも特徴で、「私が島に滞在中、本鷹畑は収穫の時期を迎えました。青空のもと、色づいた香川本鷹の美しさに魅せられた私は、それをモチーフに絵を描くことにしたんです」と高橋さん。種まきから収穫まで、たゆまずに手をかける必要がある香川本鷹。高田さんは畑仕事をしながら、栽培方法などを話してくれた。高橋さんは「目の前にある美しさは、自然と人の共同作品なのだ」と感じたそうだ。

大学院修了後、アートペイント職人として働いていた高橋さんは2020年(令和2)、高田さんが亡くなったことを知った。残された妻が畑を続けようとしていたが、高齢であったこともあり難しくなったと聞いた高橋さんは、「このままではあの美しい手島の情景がなくなってしまう」と危惧。2021年(令和3)9月に手島に移住し、香川本鷹の栽培農家となった。

※丸亀市が主催するアートプロジェクト。夏休みに美術大学生が塩飽諸島に滞在し、島民と交流しながらアート作品を制作する

01_学生時代、日本画を専攻していた高橋さんは、香川本鷹にも美しさを求めている。「色や形など綺麗に仕上げることにこだわっていきたい」と話す

02_のどかな手島の風景。平家の落人が逃げ延びて、集落をつくったとの伝説もある。丸亀港から定期船が就航

03_収穫期を迎えた高橋さんの香川本鷹畑。手作業で丁寧に摘み取っていく

試行錯誤しながら手島ならではの栽培を

香川本鷹は2〜3月に種をまき、双葉の間から本葉がしっかり確認できるようになったタイミングでポットに移植。その後20㎝ほどに成長したら畑に定植。地温を上げ、雑草を防止するためマルチシートをかける。その後、支柱を立て、株元近くの枝をかき取る。7月に入ると緑の実が実り始め、8月初旬頃から赤く色づく。お盆前後から一番果の収穫が始まり、12月頃まで収穫作業が続く。収穫期には並行して乾燥など一次加工も行わなければならず、一息つけるのは年初のひと月だけだ。

移住1年目は約800株、2年目は約1,000株、3年目は約1,200株と収穫量を順調に増やしてきたが、「一人での作業は、この量が限界」と高橋さん。農薬を使わず栽培しているため、施肥(せひ)や毎日の状態チェックは欠かせない。また唐辛子はたくさんの枝が出てくるので、整枝作業の負担も大きい。「端から順番に整枝して、ようやく終わったと思ったら最初に切った枝がもう伸びているんです。成長期は雨が多かったり、日照りがキツかったりするので肉体的な負担も大きいですね」。香川本鷹の栽培方法は、その土地毎のやり方があり、「これが正解」というものはない。特に師匠をもたない高橋さんの苦労は尽きず、試行錯誤の連続。だが、「手島の香川本鷹の品質を落とすわけにはいかない」という強い覚悟をもって作業している。

この3年間で、独自のこだわりも確立しつつある。一つは乾燥に強くするために、灌水(かんすい)は必要最小限に抑えている。そうすると、作物は水を求めて、どんどんと根を張っていく。加えて水をやり過ぎると、辛味がぼやけてしまうのだ。ただ手島の土壌は小石や砂が多く、保水力が低いため、灌水なしでは枯れてしまう。「その見極めは経験していくしかないです」と高橋さん。実の摘み取りや乾燥の仕方にも工夫を凝らした高橋さんの香川本鷹は、透明で鮮やかな色を帯び、乾燥してもふっくら感があるほど肉厚。通常の唐辛子の3〜4倍の辛さがあり、うま味成分のグルタミン酸は約4倍も含まれているそう。「ぜひ店で使いたい」と声をかけてくれる飲食店も増えてきたが、これに満足することはない。「経験値を高めながら、理想を持ってより良いものをつくり続けたい」と意気込む。

そして、高橋さんには夢がもう一つある。「学生時代には高田さんら先人がつくりあげた手島の美しい景色をスケッチしましたが、今度は自分が生み出した手島の景色を絵画作品にしたい」。香川本鷹を通して、瀬戸内の島の情景を残したいと考えている。

04_木槌を片手に支柱を地面に突き立てていく。香川本鷹はこの支柱に沿って、成長していく

05_マルチシートで地面を覆うことで、地面の温度を上げていく。これにより健やかに成長する

06_6月上旬以降、白い花が咲く。愛らしい花の姿を見ると、大変な作業の疲れもしばし遠のく

07_空に向かって実が伸びるのが香川本鷹の特徴。日照時間によっても、色の鮮やかさは変わる

08_ヘタは枝に残すようにしながら一つずつ手摘み。本鷹の刺激で涙やくしゃみ出ることも

09_大きさや色、形によって選別し、重ならないように網に広げて乾燥。乾いても肉厚に仕上がっている

本場で身につけたドイツ食肉マイスター

三木町の「香川の小さなドイツ村 グリュースゴット」は、ドイツソーセージとドイツ伝統菓子を製造する小さな工房。ソーセージは冨田秀樹さん、お菓子は妻の裕子さんが担当している。秀樹さんは関西、裕子さんは関東の出身だが、二人が出会ったのはドイツ。秀樹さんは「大学卒業後、食品関係の仕事に就き、精肉部門の担当になったんです。そこで精肉加工に興味を持ち始めて、せっかくなら本場で勉強しようと渡独しました」と話す。ドイツには伝統的な産業や技術を守り、継承するためのマイスター制度が確立している。製パンや食肉加工、木工家具など手工業で94業種、電気整備士や情報技術者など工業で300業種ほどがこれにあたり、ドイツの産業はマイスターによって支えられていると言っても過言ではない。

マイスターになるためには、まず国家資格であるゲゼレを取得し、その後試験を受けて合格する必要がある。秀樹さんは語学研修、職業学校を経て、家族でソーセージ工房を営む親方のもとで修業。約3年の期間をかけて、ドイツ食肉マイスターの資格を取得した。同様に現地でドイツ製菓の修業をした裕子さんもゲゼレを取得した。

10_辛さだけではなく、青い香川本鷹の爽やかな風味が楽しめる「香川本鷹のチョリソー」。ふるさと納税でも人気

11_冨田さんは完熟の香川本鷹でも試したそうだが、このような青い状態のものが良いという結論に達した

12・13_香川本鷹ピクルスをみじん切りにし、粗びきの豚肉にしっかりと混ぜ込む。手作業で天然腸に詰め、スピーディに茹で上げる

夫婦二人三脚で営む小さなドイツ村

帰国後、香川県内の食品関係の企業に就職した秀樹さん。裕子さんと結婚し、約10年間、会社員として働いた。やがて「ドイツで学んだ技術を活かした、自分ならではのものづくりをしたい」という思いが湧き上がり退職。2019年(令和元)にソーセージづくりを始めた。

実は裕子さんは、ひと足先に菓子製造をビジネスにするために2015年(平成27)に起業し、自宅新築の際に工房を併設していた。当初はシュトーレンをメインに製造。ふるさと納税の返礼品として採用されるほどの人気となった。自宅には秀樹さん用のキッチンもあり、休日にはソーセージづくりをしていたそう。秀樹さんは「会社としては妻が社長で、私は雇われているんですよ」と笑う。

14_ドイツで修業をした冨田夫妻。小さな工房だが注文は全国から寄せられる

15_ドイツの最高の職人資格であるマイスター取得を証明する証書

地域内循環を形成し持続可能な社会づくりへ

冨田夫妻のものづくりは、「できるだけ香川産の素材を使う」というのがポリシー。「地元にいいものがあるなら、わざわざ他所から取り寄せる必要はない」と考えてのこと。ドイツでは生産者と製造者、消費者が食品の地域内循環を形成していた。地域内で経済を回すと、いろいろな無駄を排除することができ、技術や文化が蓄積されて持続可能な社会づくりへとつながる。「私たちのビジネスは小さなものですが、そうした考え方を大切にしたい」と話す。その一つである「香川本鷹チョリソー」は、ジューシーなオリーブ豚を粗びきにし、香川本鷹のピクルスを効かせた逸品。香川本鷹は盛夏に色づく前の緑色の状態のものを仕入れて、ピクルスにする。緑の唐辛子は爽やかな辛味が特徴で、程よい苦みや酸味がある。これがアクセントになることが、濃厚なうま味をもつオリーブ豚の味わいを引き立てる秘密だ。収穫時期が限られている色づく前の香川本鷹、しかも肉厚なものを選ぶのが秀樹さんのこだわり。「私たちの仕事は食材ありき。生産者の苦労を少しでも知ることができれば」と、今年は香川本鷹の栽培にも挑戦している。

「香川本鷹チョリソー」は今年4月、日本経済新聞社が主催した「ご当地ソーセージランキング」で堂々の1位を獲得。その効果もあり早々に完売してしまった。緑色の香川本鷹が収穫され次第、ピクルスを製造。10月頃には商品が出来上がる予定だ。

香川本鷹の収穫を、誰よりも心待ちにしている秀樹さんだ。

16_4月に高松市で開催されたイベントでは、対面で香川本鷹を使った商品をお客さまに販売

17_同イベントで大人気だった「香川本鷹チョリソー」を使用したアスパラとソーセージのキッシュ

18_自家製の香川本鷹のピクルス

19_「香川本鷹チョリソー」

グリュースゴットのソーセージは三木町のふるさと納税や下記店舗で購入可能

古今惣菜(IDO MALL内)
住所 香川県木田郡三木町井戸2316-4
電話番号 087-891-0181
営業時間 11:00〜20:00
定休日 月・火曜日
駐車場 あり
ヒサモト(株式会社 久本酒店)
住所 香川県高松市上天神町768-2
電話番号 0120-111-167
営業時間 10:00〜19:30
定休日 第2火曜日
駐車場 あり
香川の小さなドイツ村 グリュースゴット
住所 香川県木田郡三木町
URL https://gruess-gott.kagawa.jp

※工房での販売は行っておりません

香川本鷹の応援団!地域商社「OIKAZE」

「手島香辛庵」の香川本鷹を通町商店街に構えた実店舗とオンラインショップで取り扱っているのが、丸亀市にある「OIKAZE」。丸亀産の食品や工芸品を首都圏に流通させる地域商社として、2017年(平成29)に設立された株式会社OIKAZEが運営している。代表の相原しのぶさんは、地域資源を掘り起こしていた時に生前の高田正明さんと出会い、「香川本鷹を継いでいくお手伝いをしたい」と強く思った。そこからさまざまな商品開発を行い、現在は「手島香辛庵」と取引を行っている。クラフトビールにアイスクリーム、調味料など香川本鷹の加工品は多種多彩。昨年はいろいろな飲食店が考案した香川本鷹メニューが登場する「本たか祭り」を開催するなど、香川本鷹の応援団として旺盛に活動中だ。

左_大きさが不揃いな香川本鷹のホールは、量り売りで販売。1g25円、だいたい10本で10gが目安

右_100年以上の歴史を持つ大阪の「やまつ辻田」で加工した香川本鷹の一味唐辛子など、店頭には多彩な香川本鷹商品が並ぶ。クラフトビールやアイスクリームなどの変わり種も

OIKAZE SHOP
住所 香川県丸亀市通町35-2
電話番号 0877-58-1088
営業時間 11:00〜17:00 (水~金曜日は20:30まで)
定休日 火曜日
駐車場 なし
URL https://oikaze-mg.com