磯貝家の農地は斜度15度と傾斜は比較的緩やかだが、作業の負担は決して小さくない。まず農地整備をするためには、畝(うね)にカヤをすき込まなくてはならない。専用の畑であるカヤ場で栽培したカヤは表層土の流出を防ぎ、畑の保湿や保温、遮光などの役割を担い、肥料としても作物の役に立つ。一般に保湿などの目的で敷くマルチシートは、使用後は取り除かないといけないが、自然素材であるカヤはそのままにしておいても土に返る点がメリットだ。加えてカヤ場は野草や昆虫、鳥類など多様な動植物を育み、山の生態系を維持するのにも貢献している。
傾斜地農業は多品種を少量ずつ栽培するのが基本。多くの作物では自家採種を行うため、昔からその土地で育てられてきた在来種を代々引き継ぎながら守ることにもつながっている。
「とにかく手間がかかりますが、環境への負荷を最小限に抑えて、自然と共生する農業。作業をするたびに先人の知恵に敬服します」と一幸さんはほほ笑む。
多品種のうちの一つであるたかきびは、スーパーフードとして注目され始めたことから、取引は増加傾向にあった。しかし栽培が難しく、一幸さんの周囲の人たちは、収穫量を増やすことに二の足を踏んでいた。一番のネックとなるのは3m以上にもなる草丈。また実入りがバラバラなので、暑さが厳しい8月末に1株ごとに確認をしながらの収穫は、時間も労力もかかる。
ところが2年前、そんな苦労が吹き飛ぶようなうれしい話が舞い込んできた。徳島市でたかきびの加工食品づくりに取り組もうと考えていた株式会社ふじやから、「ぜひ、にし阿波の傾斜地で育ったたかきびを商品に生かしたい」というオファーを受けたのだ。一方で課題は次々と襲いかかる。昨年は酷暑や小雨の影響を受けて収穫量が激減。今年は灌水のタイミングなどを工夫。「しっかりと収穫量を確保したい」と意気込む一幸さんだ。
08_畝にカヤをすき込むのも手間暇がかかる作業。カヤは肥料としても有効であることから、この地方では「コエ(肥)」とも呼ばれている
09_一口に「傾斜地」と言っても、高度や日照条件により、育てる作物、種まきや収穫の時期は大きく異なる。磯貝家の畑は、「ヒノジ」と呼ばれる南向きの斜面
10_金時豆は、次の栽培に使うために乾燥させて種を取る
11_磯貝さんの自宅や農地は、山の稜線を見下ろす場所にある。のどかな風景でありながら、そこで営む農耕は試練が多い
12_町内には江戸時代末期に整備された「端(はば)四国」の札所がある。これは多忙な農作業の合間にお参りできるようにとつくられたミニ四国八十八カ所。磯貝家の前には第二十三番みきとち堂がある